ハニーシュガーとシナモン、そして素敵な何か

未来を着せ替え過去へ戯れそういうもので今を抱きたいの後日談、新婚旅行終了後)
※トウヤとトウコが双子設定、Nとトウコ間でのそういう行為を仄めかす発言があります

新婚旅行を終えて1か月が経った頃、実家住まいのトウヤが「とにかく早めに来てくれ」などと電話口でまくし立て、私とNを呼び出した。
彼から声が掛かることなど滅多になかったため、何か困ったことがあったのではないかと案じながら私とNは慌ててトウヤの元へ向かったのだが、
当の本人は焦り顔の私達を揶揄うように笑いながら、嬉々としてタブレット端末を差し出してくるのみであった。
紛らわしい呼び方をしないでほしい、と思ったけれど、それでも弟から私達を呼んでくれたことはそれなりに嬉しかったので、怒る気にはやはり、なれなかった。

右の眉だけを器用に釣り上げた、彼の得意気な顔に少々の疑念を覚えながらも、特に拒む理由も見当たらず素直に端末を起動させれば、
何処かで見たことのある二人の子供が、私を見上げてヒラヒラと手を振っていたので、何が起こっているのか分からず「は?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ほら、新婚旅行に持って行ったスケッチブック、あれに二人が描いていた子供の絵を参考にしたんだ。
原画をスキャンして、イラストにして、3D化して、簡単な動作をプログラムして……とまあ、随分時間が掛かったけれど、申し分ない出来にはなっていると思うぞ」

驚きと抗議を上げることさえ一瞬忘れて私は絶句した。なんてことをしてくれたのだ、我が弟は!

偏食かつ引きこもりがちであった彼は、屋外で遊ぶよりも屋内でパソコンと戯れることを子供の頃からずっと好んでいた。
そのせいで虚弱体質は今もろくに治っていないままだが、コンピュータ関連の技術に関しては秀でたものがあり、プログラムやデザインに関する資格を幾つも持っている。
仕事道具であり遊び道具でもあるそのコンピュータ機器は、デジタルに疎い私やNでは想像もできないようなものを頻繁に生み出し、私達を驚かせる。こんな風にだ。

「……や、やってくれたわね、随分悪趣味な暇潰しじゃない! それに、よりにもよってどうしてこの絵を選んだの!」

「どうせ脳内お花畑な新婚夫婦よろしく、未来の子供の妄想でもしていたんだろう?
二人の下手な絵じゃこの子供達の魅力があまりにも分かりにくかったもんだから、こうして第三者にもちゃんと愛されるように組み直してやったんじゃないか」

彼の言い分は相変わらずよく分からなかった。
彼のコンピュータを使った暇潰しに私達の絵が使われたことに対して文句を言い続けるべきなのか、
それとも私達の拙い妄想の産物を此処まで精巧かつ息を飲む程の可愛らしさでタブレット上に再現してくれたことに対してお礼を告げるべきなのか、
……そうしたつまらない葛藤に終止符を打ったのは、隣でタブレットに釘付けになっているNの「凄いじゃないか!」という歓喜の大声であった。

「凄いよ、本当に凄い、ボクが想像していた通りの姿をしている!」

称賛の言葉を贈られたことに気を良くしたらしいトウヤは、それでもまだ足りないらしく「もっと褒めてくれてもいいんだぜ」などとニヤニヤしながら告げてくる。
おそらくその「もっと」は、Nによる更なる称賛ではなく、私のお礼の言葉を指しているのだろう。「トウコも俺に感謝してくれ」と言っているようなものだ。
けれども私はそこまで気を良くすることはできないし、Nもそこまでトウヤの心を読める訳ではない。
Nは彼の言葉を言葉の通りに受け止めて褒め言葉を編み続ける。私は苦い顔で沈黙を貫き続ける。

「こんなにも素晴らしいことができるのはトウヤくらいのものだと思うよ、羨ましくなるくらいの才能だ。
……ねえ、この画面の中にボクとトウコの姿も一緒に入れることはできないのかい?」

「おいおい、何を言っているんだ。その幸せな家族の風景は俺じゃなくて、Nとトウコの二人で作るものだろう?
寂しい独り身の俺とは違って、折角、ちゃんとした人間の形をした相手がいるんだから、もっと沢山愛されることを覚えちまえよ」

「愛されることを覚えると子供が出来て、幸せな家族になれるのかい? それなら、ボク等はもうとっくにそうなっていなければいけないはずだけれど……」

しまった、と思った時には既に遅く、頭の回転だけは無駄に早いこの弟は何かを察してしまったらしい。
自身の、少し尖った形の顎を左手でさすりながら、「へえ、そうかそうか、成る程なあ」などと不敵に笑っている。
私は分かりやすいように大きな溜め息を吐いて「変なことを口走ったら容赦しない」という圧を彼に示してみる。
……効果があるかどうかは、分からないけれど。

「そうなっていないっていうのなら、それはきっと、まだNの知らない愛が何処かに隠されているってことなんじゃないか。お前とトウコもまだまだってことだ」

「へえ、そうだったんだね。ボクは今のままでも十分に幸せだから、そうしたものを探そうとさえ思わなかったよ。
でも楽しみだな。きっとトウコとならその愛というものもすぐ見つけられるに違いないからね」

息をするように紡がれるこいつの強烈な信頼の音にはもう慣れたものであったはずだ。だからこのような台詞に顔を赤くしそうになるなんて間違っているのだ。
間違っている、はずだ。

タブレットを手にしたNは、期待するような表情で私の方へと振り返る。タブレットの中にいる二人も、私を見ている、ような気がする。

トウコもそう思うだろう?」

そうよ。私もそう思っている。私だって、貴方とできることであるならばどんなことだって嬉しい。
この世のありとあらゆる手段、ありとあらゆる行為、ありとあらゆる言葉が、私にとっての貴方の唯一性を証明してくれるものであればいいと思っている。
そんなこと、そのような当たり前のことなど、もうずっと前から私の真実として此処に在る。

表出させることが躊躇われる程の、暴力的で衝動的な愛しさが私の喉を痺れさせた。麻痺した声帯は同意の声も照れ隠しの音も震わせてなどくれなかった。
スケッチブックに未来を描いたあの夜のような、温かく優しい幸福が胸を支配した。この感覚は嫌いではなかった。
けれどもその感覚を与えたのが、このお調子者の弟であるということがどうにも癪であったため、
私は無言のままにずかずかとトウヤの元へと歩み寄り、一瞬の隙を突いて得意の足蹴を食らわせる他にない、という有様であった。
カーペットの上へ綺麗にひっくり返る弟。驚きの声をあげるN。肩を震わせて笑う私。電子化された未来は可愛らしい笑顔で私達を見ている。

長くなりすぎたのでそのうち短編化させたい。

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