(サイコロ番外「零度の花」に類似した設定(ミヅキ20歳)ですが特にこの二人との関連性はない)
「もう私のこと、嫌いじゃありませんか?」
背を伸ばし、髪を伸ばし、目を品良く細めてみせる彼女を「子供」と形容することはもう不可能に近い。
時は平等に流れる。カントーの小石にもアローラの宝石にも、それらの意思など構いもせず、無慈悲に冷酷に進んでいく。
食べ物の好みに強烈な偏りを残したまま、自らへの滑稽な卑下は治らぬまま、ウルトラスペースへの家出癖も手放せぬまま、彼女は大きくなってしまった。
それらの歪な個性は、アローラの陽気で穏和な大人達であっても肯定し難いものである。「仕方のない子だ」と笑って許されるようなそうした時期は、過ぎてしまった。
「何のことやら。わたしが本気で君を嫌ったことがあったとでも?」
「あれ? ……ふふ、あはは! 言葉の通りに捉えちゃったんですね。違うんですよ、そうじゃないってことくらいは分かっているつもりです」
「ではどういう意味です? 愚鈍なわたしにも分かるように言いなさい」
男の発言の何処かに気に入らない部分があったのか、それとも端からこうする気であったのかは分からないが、
彼女はソファに浅く腰かけていた男を柔らかな背もたれへと押し倒し、顔をぐいとその大きなサングラスの前へ押し寄せて不敵に笑った。
この女性が、客観的に見ればおそらく彼女こそが「宝石」であると思わせる程に美しく成長してしまった彼女が、
このような至近距離で自身に跨り笑っているという、これまた客観的に見れば「危うい」状況を認め、男は苦笑しつつ細く長く息を吐いた。
やれやれまったく、この「小石」は何をしようとしているというのか。
「今日のザオボーさん、本当に面白いですね。それとも忘れっぽくなってしまったんですか?」
「何のことやら」
「ふふ、いいですよ。それじゃあ鈍いザオボーさんにも分かるように言いますね」
ね、と揶揄うように語尾を上げて首を傾げる、その動作を男は「美しい」と思う。美しいという事実を事実としてだけ受け止めて男は彼女の言葉を待つ。
凛々しくなってしまった、と思う。美しくなってしまった、と思う。だからといって彼女が魅力的な「宝石」になっているかと問われれば間違いなく「否」である。
男を訪ねる彼女は「宝石」ではない。このような男を今でも慕う彼女が「宝石」であっていいはずがない。
「貴方が好ましく思ってくれていた私の歪な個性は、今でも貴方にとって好ましいままですか?」
「……ほう」
男はこの「小石」のことを知っている。
男は「小石」がまだ「小石」であるからこそ、彼女自身がそう思っているからこそ男の元へ訪れるのだということを知っている。
彼女が男にとって魅力的な、素晴らしく立派な「宝石」となったその暁には、その「宝石」は自身のことなど忘れて遠く高く羽ばたくのだろうと心得ている。
その姿を、彼女の輝きを、このような至近距離で見ることなど叶わないのだろうということなど、もう何年も前から覚悟している。
「貴方はまだ、その皮肉めいた貴方らしさで私を救ってやろうと思ってくれる?
それとも、もう私に貴方は必要ないんだって、本気でそんなめでたいことを、正しいことを、考えている?」
『喜びなさい、君は宝石だ。君は宝石になる価値のある人間だ』
男はずっと前から彼女を宝石だと思っている。そしてその認識は何も男に限ったことではないのだろうということも分かっている。
更には彼女がその事実を認めない限り、彼女が宝石として大成することなど叶わないだろうということも分かっているし、
……挙句、彼女に自らの輝きを認知する力が欠片もないことだって、分かり切っている。
この男と「お揃い」である歪な個性を愛し続けている限り、彼女はずっと「小石」のままであるのだと、彼はほぼ確信してしまっている。
「ああ、やはり君の本質は子供のままのところにあるんですねえ」
「あれ、答えてくれないんですか?」
「答える必要もありませんよ、そもそも主体を間違えているのですから。わたしに「救ってくれ」と乞うのも、わたしを「必要ない」とするのも、君の方なのですから。
わたしは君のことをわたし自身の次くらいには可愛く思っているのでね、君の指示ひとつでどうとでもしてあげられるんですよ。知らなかったのですか?」
君が、よりにもよってこの大きな小石がわたしの機嫌を疑うなんて、それこそ、らしくないことだとは思わないか。
*
そのうち短編化(マーキュリーロード番外編として更新)するかもしれないけれど今のところは此処で止めておこうとおもう