5度の無垢、30度の粋

「ホワイトレディ」

「ブラックルシアンにしようかな」

思わずメニュー表から顔を上げて声の主を確認してしまった。私と目を合わせた彼女が、小首を傾げて「何?」と微笑む。
何でもないよと告げながら、それでも強烈な違和感は拭えなかった。

お酒に強い二人がのっけから高度数のものを口にすることは別段、不自然なことではない。
饒舌になりこそするものの大して悪酔いもしないこの二人が、少しずつ出来上がっていく私をニコニコと眺め続けているという図式も、慣れっこであった。

ただ、私の聞き間違いでなければ、彼女がホワイトレディを、そして彼がブラックルシアンを注文したはずだ。
ゼクロムを連れ、黒いダイヤモンドの結婚指輪を嵌めた彼女が白いカクテルを、レシラムを連れ、白いダイヤモンドを身に着けた彼が黒いカクテルを頼んだ。
互いの色を奪い合うような注文の仕方に、私は少なからず驚いた。けれどもその色の奪い合いを指摘することは憚られた。
そういうこともあるよね、と、その疑問の落としどころを私の中で見つけてしまう方が「上品」であるような気がしたからだ。

「ファジーネーブルを下さい」

「俺はチャイナブルーで」

「ふふ、ジュースみたいなのを頼むのね。いつものことだけれど」

トウコちゃんは常に大人っぽいけれど、お酒の席ではその程度が増す。
カクテルグラスを指で摘まんで目を伏せるところなんか、ドラマに出てくる女優のようだと思う。
そして彼女をよく知る私の目には、名前さえしらない遠い地方の女優よりも、彼女の方がずっと美しく、色っぽく映る。今日の彼女も相変わらず、眩しい。

彼女より2年遅れて、私とシルバーもお酒を飲めるようになった。
……けれども私もシルバーも、まだこのお酒というものに慣れていない。4人で飲むこの時間には慣れても、お酒の味にはまだ親しみを覚えられていない。
トウコちゃんやNさんが「美味しい」と呟くそれと同じ感想を、私はまだ、心から紡ぐことができていない。
けれども何となく、美味しいと思っているふりをしたくなる。慣れているふりをしていたくなる。いつもの子供っぽい私を隠して、二人の雰囲気に合わせてみたくなる。
勿論そのような虚勢は、私がカクテルを2杯も飲めば呆気なく崩れてしまうのだけれど。
そうした「ふり」が暴かれてしまうことも含めて、私はこの4人での場にはもうすっかり、慣れてしまっているのだけれど。

いつか、心から「美味しい」と言えるようになれたなら素敵だと思う。その「美味しい」を一番に聞くのが此処にいる3人であったなら、とても嬉しいと思う。

「お待たせしました」

ホワイトレディとブラックルシアンが運ばれてくる。
Nさんはそれを右手で受け取りカウンターに置いてから、指輪の嵌められた左手でそれを持ち直した。
トウコちゃんは右手にそれを持ったまま、左手の薬指をそのカクテルグラスにそっとかざした。

「互いの色にかざすと、よく映えるように造ってあるんだな、その指輪」

「……あっ」

「今日は二人とも、相手の色を飲みたい気分なのか? 珍しいじゃないか」

チャイナブルーを受け取りながら涼しい顔をしてシルバーがそう告げる。
こんな大人の場で、相手の気分を暴くような真似は無粋だよ、と、肩をつついて指摘しようと思ったのだけれど、
トウコちゃんが嬉しそうにへにゃりと、まるで酔っぱらった私のような笑顔で「ええそうよ、いいでしょう」と歌うので、
虚勢とか、上品さとか、そういうことの全てがもうどうでもよくなってしまったのだった。

「いいなあ」

私もそう続けて、ファジーネーブルに口を付ける。不思議だ。今日はいつもより少し美味しいと感じる。

雰囲気だけ楽しんでいただければと思います。ワカラナイ……オサケワカラナイ……。

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