(片枝と黒翼で遅れてきた二人組の会話)
「キミは本当に素敵な人だと思うよ、シルバーが好きになるのも分かる気がする」
小石の一切がない大通りで私は躓いてしまった。べしゃりと糸が切れたように崩れ落ちた私に彼は慌てていた。
「大丈夫かい」と焦ったように言う彼は、彼の言葉こそが私の「小石」になったのだということにおそらく気が付いていないのだろう。それ程に彼の言葉は衝撃的だった。
彼がポケモンのことを褒め称える言葉はこれまで幾度となく耳にしてきたけれど、彼が「人」を手放しで称賛することなど、滅多になかったからだ。
とりわけ、その「人」が私であるのだから、それは……驚いて、ないはずの小石に躓いて然るべきだろう。
「どうして急にそんなことを言うの? Nさんに感動してもらえるような凄いこと、今まで私、してきたかな?」
「勿論だよ、キミとチコリータの間に芽生えた絆は素晴らしいものだ。トレーナーとしてのキミを見たら、誰だってボクのように感動するはずだよ。
それにキミは明るく元気だけれど、その実とても謙虚に振る舞っているよね。トウコにはないところだ。
……いや、もしかしたらキミとトウコがあまり似ていなくて、トウコにないところがとてもキラキラして見えるから、一層、素敵だと思うのかもしれないね」
「わ、分かった、分かったよNさん! だからもうやめて!」
数学や物理の話をするときのような、あまりにも眩しい目をしてものすごいスピードでまくし立てる彼の口に、私は大きく×を付けたい気分になってしまった。
ああ、私の背がもう少し高ければその口に、手の平を押し当てて塞ぐことができたのに。
「どうしたんだい? もしかして「恥ずかしく」なってしまったのかな。そういうのもトウコにはないところだね」
「……ねえ、もしかして、トウコちゃんと喧嘩でもしたの?」
ふと思い至って私はそう尋ねてみた。
彼女にない私の一部を褒め称えたくなる程に、何かうんざりするようなことが起きたのかもしれない、と邪推してしまったのだ。
いがみ合うように隣に立つ二人だけれど、私とシルバーのような関係では決してないけれど、それでも二人は互いにとってかけがえがなかったはずだ。
「隣に立つ相手は、キミ以外には在り得ない」「私は隣にあんた以外を置くつもりはない」
二人で一つの形を取る彼等は、白と黒の両翼を広げてイッシュを舞う二人は、誰よりも輝いていた。少なくとも私にとって、彼等以上の二人組などいるはずもなかった。
そんな彼が、私を褒めている。片割れにないところを見つけては笑顔になっている。そうした彼の姿は私を少しばかり不安にさせた。
まさかこの比翼の間に不穏なことなど起こるはずがないと思いながら、それでも、何かあったのだろうかと考えてしまったのだった。
けれども彼は驚いたようにその目を見開き「喧嘩? していないよ」と告げてくれたので、そして彼が嘘を吐かないことをとてもよく知っていたので、
私は「なあんだ」とすっかり安心してしまって、それならば先程のそれはこの不思議な人の気紛れに過ぎなかったのだろう、と結論付けることができた。
「叱られたり蹴られたりすることはあるけれど、それが二人の間に亀裂を生んだことはなかったはずだ。今だってそうだよ」
「それならよかった。ねえ、私に今したように、トウコちゃんにもトウコちゃんの素敵なところをいっぱい伝えてあげてね。きっと喜ぶから」
「……どうかな、キミにするようにはできないかもしれない」
それでも、彼らしくない小さな声でゆっくりとそう発せられたのを機に、再び私の不安はぶり返してしまう。
私は縋るように、隣を歩く彼を見上げて、どうして、と尋ねようとして……。
「……」
彼が口元を抑え、顔を赤くして眉根を下げているところを見てしまった。
この人は、この人は。
自分が先程、どれだけ恥ずかしいことを口にしていたのかということを、相手をトウコちゃんに置き換えなければ理解することができないのだ!
私には躊躇いなく淀みなく告げていた称賛の文句を「同じように」「トウコちゃんへ」告げることがどうしてもできないのだ!
想いが過ぎて、気恥ずかしくなってしまうのだ。彼にとってトウコちゃんはそれ程の相手であり、それこそが、私になくてトウコちゃんにあるものの全てなのだ!
彼の顔色がその事実をあまりにも雄弁に示していた。ちゃんとこの人の片割れは他の誰でもない彼女なのだと確信できてしまった。
私はそれがどうしようもなく嬉しかった。嬉しかったのだ。
「あれ、どうしたの? もしかして「恥ずかしく」なったのかな」
先程の台詞をそっくりそのまま返してみれば、嘘を吐けない彼は口元を覆っていた手を頭の後ろに回して、照れたように笑いながら「よく分かったね」と返した。
ああ、こんな彼を知れば、トウコちゃんはどんな顔をするだろう。