失格の烙印をどうぞこの満面の笑みに押し付けてくれ

(「地獄の紅色」のもうちょっとだけ後)

お父様はジムリーダーをしていらっしゃるのですって。お母様は? 家庭に入っているはずですよ。
他に子供はいらっしゃらなかったの? 皆、断ってしまったそうです。まあ、それであの子が? 可哀想に……。
でもいいところへお嫁に行けてよかったじゃありませんか。元のお家にいたままでは、とても今のようには。
奥さん、それ以上はやめておきましょうよ。あんまりに騒ぎ立てては聞こえてしまいます。ほら、こっちを見ている。

カツカツと高いヒールが石畳を叩く。銀髪の青年は苦笑しつつ、美しいドレスを身に纏った花嫁の後をそっと歩く。純白のドレスをたくし上げ、彼女は恭しく一礼する。
カロスの王族も驚くほどの、非の打ち所がない完璧な仕草であった。彼女はその表情に、所作に、指の動き一つに、美を内包するのがとても得意であった。

そんな彼女を前にして、三人の婦人は顔を見合わせつつぎこちない挨拶を返す。少女は可愛らしいソプラノでふふっと笑う。
ああ、毒を吐くときの笑い方だ。青年がそう思い身構えるのと、少女が口を開くのとが同時だった。

「ごきげんよう、奥様方。随分と趣味がよろしくていらっしゃるのね?」

「……あら、いやだわそんな」

「私の家族を好き勝手に査定しないでくださる? ほら、あちらにいらっしゃるわよお父様。媚を売りに行けばいいじゃないの。低俗な貴方達にはそれがお似合いだわ」

手酷い言葉を置き捨てて、少女はくるりと踵を返し、スキップでもするかのような軽い足取りでその場を去る。
彼女は再び、会場であるこの広い中庭を駆け回り始めた。それは冷たい水場を探す鳥ポケモンのようにも、着地する場所を探している蒲公英の綿毛のようにも見えた。

この、彼女を祝うための空間において、最も不安そうな心地でいるのが彼女であった。

だから青年は少女を追う。愕然とした表情の婦人達に頭を下げることさえせずに、駆け足で彼女の隣へと並ぶ。
毒を吐く罪くらい、共に被ってやろう。彼はそうした気概であった。そうして悪事を働いた先に辿り着く場所が、……そう、たとえ地獄であったとしても構わなかった。
何処に迎え入れられることになったとしても、隣に彼女がいさえすればそれでよかったのだ。

「どう? 花嫁失格かしら? きっとお父様に叱られてしまうわね」

「結構なことじゃないか。皆が君を嫌ってくれたなら、その分、ボクが君といられる時間が増えるだろう? お父様、に叱られる時はボクも一緒だ」

「まあ可哀想。私の罪なのに、貴方も一緒に罰を受けるなんて」

「それくらい、どうということはないよ。それに……君のお父さんやお母さんや友人は、君の失格の如何にかかわらず、君の結婚を祝福してくれると思うけれど?」

彼女は立ち止まった。
淡い、本当に淡い、注視しなければ分からない程の淡い緑が差した透明のベールが、まるで彼女を想うようにふわり、ふわりと揺れていた。
赤い宝石が僅かにあしらわれた美しいティアラが、振り向きざまにそっと瞬いたような気がした。
彼女はソプラノをくすくすと震わせた。これは嘘ではない、本音を零すときの笑い方だ。

「それじゃあ失格が良いわ。だってこの烙印があれば、私の本当に大切な人にだけ祝福してもらえるのでしょう? それって、ねえ、願ってもないことよ」

彼女は噴水へと駆け寄る。身を乗り出して覗き込む。緑のベールに赤いティアラを付けた純白の花嫁が、その水に向かって「おめでとう」と言う。

地獄は遥か遠くに。

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