「何かする必要があるんですか?」
極めて純な問い掛けに男は少々面食らう。さて、この少女をどう説得したものか、と悩んでみる。
何もしない、という行為は男にはたいへん難しく、思考の凪ぐ瞬間は「僅か」であるからこそ尊いものであった。
けれども少女にとっては、何かする、という行為こそが困難を極めるものであり、思考を慌ただしく巡らせることは「僅か」でも苦痛であるらしかった。
彼女は叶うならばこのままずっと、彼と向かい合ったままで体を、心を、凍り付かせていたいのだ。それこそが紛うことなき彼女の至福であった。
「何かしたいことは?」
「ありません」
「わたしに、何かしてほしいことは?」
「……私の傍にいてください。それだけで十分すぎる程です」
少女にとってはそれが簡単なこと。男にとってはそれが困難なこと。目を見張るほどの対局性は、しかしこのひと時に始まったことではない。
二人の相似はあまりにも数少なく、こんなにも「共に生きる」相手として不適切な相手は、男にとってほかにいないように思われた。
そう、途方もない不適切さが二者の間に在った。
「ではそうしよう。わたしは常に君の傍にいるとも。
だがわたしは君が傍にいてくれるだけでは少々、物足りない。君が傍にいてくれているという実感を絶えず得ていたい」
だからこそ男は歩み寄ることを止めないのだ。
「……実感。とても、難しいことのような気がします」
「そんなことはない。君はわたしに声を聞かせてくれるだけでいい。内容は問わない。君のものであるなら、何でも」
鉛色に淀んだ、凪ぎ過ぎた暗い瞳がほんの一瞬だけ、煌めく。
「そんなことでいいなんて」と自らの無欲を棚に上げて小さく笑い、そのぎこちない笑顔のまま、少女は調子外れの歌を細い喉から引っ張り出した。
この子供っぽい旋律こそが、今日の少女の精いっぱいの歩み寄りであり、故に男がその音を喜ぶように笑ったのも至極当然のことだったのであろう。
さて、彼女の勇気に報いなければならないな、と思い直し、男は慣れない「何もしない」を試みるために目を閉じる。
目蓋の裏に降りた夜の中、二人は確かに繋がっている。