天使とは?(1)

「えっ何です、貴方は天使のような人ですねとでも言ってほしいんですか?」
「ふふ、今夜の言葉はちょっと尖っていますね。そんなにパスタの茹で時間を誤ったのが悔しかった?」

 やわらかいパスタも私は好きですよ、と付け足して彼女は本を片手にソファへ体を沈める。ソファのカバーは落ち着いたモスグリーンだったのだが、つい先日彼女がそこへコーヒーをこぼしてしまい、クリーニングへ出している。
 代用品として購入したカバーは純白の薄いシーツ状のもの。言ってしまえば安っぽく、腰掛けた際のシワもかなり目立つ。早く戻ってこないだろうかと、肌触りもよかったあのモスグリーンの帰還を二人は待ち遠しく思っている。

「アルデンテの気丈なパスタを食べたい気分だったもので」
「そんな今日のパスタがまるで腑抜けだったみたいに」
「そうでしょうとも。冷水に晒して少し気を引き締めてもらうべきだった。惰性でペペロンチーノの即席ソースをそのままかけたばかりに」

 本を開かずに胸元で抱いたまま、ずるりと姿勢を崩し、コロコロと笑う。純白のカバーへ豪快にシワが寄る。翼を畳むことを忘れた天使が、自らの羽でじゃれているように……まあ、見えなくもない、かもしれない。

「貴方は天使という柄ではないでしょう。ただまあ、天使のように常軌を逸した存在であることは否定しません」
「じゃあ悪魔の方かしら?」
「そんなかわいらしいものでもないはずだ。幽霊よりも妖怪よりも、天使や悪魔なんかよりも、下手をすれば神よりも、貴方は」
「私は?」

 縋るでもなく試すでもなく責めるでもなく、ただ純粋な興味を映した丸い瞳がこちらを見上げてくる。

「アポロさんは、私が何者だと嬉しい?」

 にっこり。あまりに綺麗な笑い方だったため一瞬怯んでしまう。
 そのような質問は多かれ少なかれ恐怖ないし不安を伴うものだ。問いかける相手が想い人であるなら猶のこと。

「貴方、が」
「ええ、私が」
「強い存在であればいいと思います」
「えっ? ふふ、私はかなり強いと思うんだけど、まだ足りない?」

 しかし彼女の目にはそうしたネガティブな感情が滲まない。躊躇いを一切感じない、傷付くことを知らない子どもの目と何ら変わらない輝きだ。
 こちらを信頼しきっているからなのか、それともこちらがどう答えたとて、彼女はそう「成り直す」ことができるという確信があるからなのか。

「私などの意見を受けて魂の在り様を変えてしまうような、そうした優しさを持たない存在であればいいと、心から思います」
「……」
「アルデンテのタイミングを逃した私を慰めようとしてくれる、その心意気は受け止めます。ですが杞憂でしたね。私はもういつだって『嬉しい』のです。貴方が何者でも、何者でもなかったとしても」

 腑抜けたパスタを拗ねた顔で口にした今日の夕食だって、貴方の鈴のような喉をコロコロと慣らすきっかけになったのなら、もうそれだけでチャラにできてしまうのだ。

「ただ、私の好みで言うなら、貴方には黒い翼より白い翼が、鬼のツノより天使の輪が似合う気はしています」

 満足ですか、と付け足せば彼女は本で自らの顔を隠すようにして、ふふっと声を潜ませる珍しい笑い方をした。

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