「あなたがアオイさんね」 オモダカは長身を折り畳むようにして少女へと目線を合わせた。白い帽子の奥に隠れた、ニャスパーのようにまんまるな瞳がじっと彼女を見つめている。怯えも緊張もその目からは感じられなかった。子供らしい無邪気さや快活さにも乏しかった。 スランプを抱えた芸術家のやや鬱々とした色、彼女の目はそれに似ている。何かを表現したいのに表現できないことへのもどかしさに、苦しみ、苛立っているようにも思える。 この子供はやや無口であるとオモダカは聞き知っていた。けれどもオモダカには、彼女が「好んで寡黙を貫いている訳ではない」ように見えた。伝えたいことや訴えたいことは湯水のように湧き出ているのに、それを表現するための相応しい言葉が出てこない。そんなもどかしさが彼女の喉を詰まらせている。オモダカにはそう見えた。 「靴音」 こちらが一方的に話をするだけの邂逅となるのでは。そう覚悟していただけに、彼女の方から言葉が出てきたことはオモダカを多少なりとも驚かせた。けれども、靴音? 彼女は何を言おうとしているのだろう。オモダカは沈黙で続きを促し彼女を見つめ続けた。彼女も視線を逸らさぬまま、落ち着いた声で続けた。 「あなたが歩くと音が鳴る。あなたの歩くところに宝石の道が出来る」 ややあって、オモダカは彼女の言うそれが、オモダカの履く靴が立てる独特の音を指しているのだと気付いた。カツンカツンと高く響くそれをどうやらこの子は気に入ってくれたらしい。 宝石の道、とは面白いことを言う、と思いながら、オモダカは尖った靴先をちょんと出して、悪戯っ子のように笑ってみせた。ただ彼女は靴先にすっかり目を奪われてしまっているので、オモダカの表情の変化になど気付く由もなかったのだけれど。 「凄いわね、どうして分かったの? この靴の裏には本当に宝石が入っているのよ」 「……」 「見たい?」 彼女が頷くより先に、オモダカはその尖った靴を脱いで、ひっくり返してみせるつもりだった。勿論そこに宝石などありはしない。代わりに靴裏へと刻まれたブランドロゴを見せて「あなたも大きくなってこの名前の靴を履けば、宝石の道を作れるわ」と、話して聞かせるつもりだった。そんなちょっとした夢を彼女に見せてやれたなら。そんなお茶目な励ましで、このまんまるな目をした子供が少しでも優しく笑ってくれるなら。 けれどもそうしたオモダカの意図に反して、彼女は首を大きく振って拒絶の意を示した。靴へと伸ばしていたオモダカの手をぐいと掴んで引き留めさえして、焦ったような必死さでこちらを見つめてきたのだ。 「見たくない」 「どうして?」 「聞くのがいいの。あなたが作った音がいいの」 それは……どういうことだろうか。 彼女の発言の真意を図りかねてしまい、オモダカは静かな笑顔のままに「そうなの」と同意するしかなかった。けれどもその同意こそが彼女の最も欲しいものであったのかもしれない。オモダカの相槌を受けて、彼女は手をほどきつつふわりと笑ってみせたから。喉の詰まりが取れたことへの爽快感と、何かに許されたことへの安堵感を湛えた、とても子供っぽくてあどけなくて、それはそれは素敵な笑顔だったから。 「また会いましょう、アオイさん」 温かい手をぎゅっと握り締めてからオモダカは立ち上がった。帽子を目深に被った彼女とは、もう視線も交わりようがなかった。 カツカツと靴音を響かせて歩く。今、オモダカは宝石の道を作っているのだと、オモダカの歩くところに宝石の道ができるのだと、あの不思議な子が言ったから、今はそれがオモダカの真実になる。 もっと話してほしい。もっとあなたの話を聞きたい。あなたの目や耳に届くパルデアの世界がどれほど美しく素晴らしいものなのか、私にもっと聞かせてほしい。 いつか、あなたの世界にあなたの言葉が追いつくところを見てみたい。 * アオイ仮案その①(話し下手・独特の感性・強い拘り)
(塵)アオイ仮案