Afterword

「未解決事件に白旗を上げる話」これにて完結です。話数としては18話、9万1千字程の物語となりました。
完結に伴い、ユウリの「異常性(狂気性)」、および連載のテーマが選択と「愛」であることを悟られないようにするため、
連載開始時点からずっと抜き取っていたタイトルの一部「Crazy」を本日、ようやく戻しました。
Crazy Cold Caseそのままでも、CCC(トリプルシー)でも3Cでもクレコでも、どうぞお好きに呼んでやってください。

今回の連載は「マーキュリーロード」の第二章以降と同様、プロットなしで勢いのままに始めてしまったため、
話の進め方について熟考する機会を何度も設けつつ、ああでもないこうでもないと悩みながらようやく今の形を取りました。
切り捨てたエピソード、諦めたルート、棄てた台詞、沢山あります。そうした「選択」の果てにこの物語があります。
この終わり方が正しいものなのか、については、私もユウリと同様に「確信」を持つことができません。
選ぶことは恐ろしい。恐ろしいことには無理が伴い、無理を通そうとするから苦しくなり、苦しいことは往々にしてつまらない。私もそう思います。
けれども今、私は満たされています。書いてよかったなあと、思えています。

まずは感謝の言葉から。
ユウリの個性にお付き合いくださり、その選択不能性を見事な慧眼で紐解いてくださった、大好きな名探偵様。
オリーブさんやカブさん、その他大人勢に対する温かいご感想やご考察を下さった、長きに渡り当サイトにお付き合いくださっている方々。
更新がないに等しい半年間であったにもかかわらず、当サイトを訪れてくださっていた、同じく長いお付き合いとなる方々。
「吾輩はエネコである」のアイデアを私にくれて、ネズさんの話に付き合ってくれて、ユウリではなく「私」のどうしようもない選択不能性に寄り添ってくれた親友。
そして、短くはなかったこの物語に、時間を割いてお付き合いくださっただけでなく、このような稚拙なあとがきのページにまで訪れてくださった、皆さん。
本当にありがとうございました。

さて、今回も以下に長々と書かせていただきます。当然のようにネタバレを含みますのでご注意くださいね。

1、ユウリの選択不能性について、チャンピオンとしての欠落
SWSHの主人公、ユウリですが、彼女を表すキーワードを当連載では幾つか散りばめていました。

「14歳」「聡明」「好奇心旺盛」「従順」「大人びた」「聞き分けがいい」「無敗」等々……。
そうした印象をガラルに住む皆が抱いているという前提のもと、物語は幕を開けます。
それらの形容とは真逆の様相を呈する、不満と反抗心と駄々捏ねを惜しみなく披露する、お世辞にも好ましいとは言えない彼女の姿を皮切りに。

以下、頂いたご考察の中にあった文章や、彼女を示す単語の数々を【】で引用させていただきつつ、その選択不能性について言及させていただきます。
引用のご快諾、本当にありがとうございます。

後半で、彼女は「選べない」「決めてくれなければ何もできない」と何度か口にしていますが、彼女が「選べている」ものも実は少なくありません。
ポケモントレーナーになること、ジムチャレンジャーとなること、勝ち続けること、インテレオン達を大好きでいること、そして、チャンピオンになること。
他にもあったかもしれませんが、彼女が恐怖や不安や葛藤を伴うことなくすんなりと選び取れたのは、こういうものばかりです。
つまり、一般的に正しいとされている、期待され求められている、多くの賛同を得られる……といった、何らかの「確信」さえあれば、彼女は「選択できる」ということになります。

「インテレオン達のことはお好きなのでしょう。ポケモンを愛するトレーナーの姿が正しいものであると確信しているから、貴方は彼等を愛することを躊躇わなかった。
それと同じことです。貴方の愛に対する確信があれば、貴方はもっと勇敢になれる。そのためには貴方が、貴方のことを信じてやらなくては」(Case9)

これを踏まえて、彼女が選べなかったものを振り返ります。
チャンピオンとしてガラルを「自らの思想の下に」導くこと。ガラルの皆を「自分なりの方法で」楽しませること。ガラルの未来に対する「ビジョン」を抱くこと。
……これらは、期待を寄せられ求められたものであったとしても、そう簡単にできるものではありませんでした。
何故なら仮に己の思想や方法やビジョンを選択したとしても、それが本当に正しいものかどうか分からないからです。「確信」のないままに足掻かなければならなかったからです。

【「確信できないこと」に関しては非常に臆病になる】彼女が、上記のことを「できない」と判断し、それでもあくまで気丈に【確信が持てないものをあっさり切り捨てようと】した、
……その果てにあのような遺書が用意されていたことは、この14歳にとっては無理からぬことであろうと、そんな風に私は考えました。

チャンピオンの肩書きも、旅の記憶も、彼女自身の命さえ、彼女にとっては執着すべきものではありませんでした。
「私がいなくなることこそが最適」だと判断したなら、彼女は何の未練も持たずにそれを実行できるでしょう。事実、その用意の一部を遺書という形で完璧に済ませていました。
いつでも即座に最適解を取れる存在でなければならないという思いが、チャンピオンとしての彼女に、期待や執着や愛着を抱かせることを禁じました。

「愛着とか、個人的な嗜好とか、そういうものを軽率に持つと、その対象物が私の思考基準になってしまう。最適でない、最良でないもののために、生きようとしてしまう。
そんなことをしていては生産性が、社会活動における能率が、下がるんだ。それはチャンピオンになった私にとって殊更に致命的なこと、価値を失いかねない危険なことだ」(Case8)

この台詞に表れているように、彼女は本当に【誠実】に、チャンピオンとしての務めを果たそうとしていました。
強さを維持するために執着の一切を持たないようにと、常軌を逸した意識さえして、自らの価値を失わないよう努めていたのです。
【合理】を求める傾向については彼女の生来の気質ですが、それを誠実な方向へ使おうとしたのは、ガラルの世界に【不実な人間は登場していなかった】からにほかなりません。
彼女の旅の舞台は、完璧でした。ガラルに生きる良いトレーナー達から、様々な良いことを学び、吸収し、すこぶる順調に、従順に、【レール】の上を走っていたのです。

その誠実さを極めた旅路の果てに用意されたのがあの遺書です。
ひとつの、虚しい【アイロニー】の形を書けたことについて、私はとても満足しています。

2:ユウリの選択不能性について、ユウリ個人の場合
以上が、CaseXでユウリ自ら読み上げた遺書にもあった、チャンピオンとしての不適正、欠落、それらが招きかけた彼女の自死……の一部始終です。
ただ、最後までお付き合いいただいた皆さんには、彼女の欠落、そして歪みが、その程度の葛藤と諦念に終わるものではないということ、既にお分かりいただけているかと思います。

【期待や執着や愛着の多くは「何となく」から来るものです】
【彼女は決して愛着を持たない人物ではありません。ただ、それは彼女の合理が届かない場所にあるため、確信が持てなかったのだと思います】

Solutionにてネズさんが、二冊の本から今日読む方を選ぶのに数秒とかからない、と語っていましたが、これは【何となく】の選択が成功していることを意味しています。
ユウリには【何となく】という思考概念が存在しないため、二者択一であったとしても、そこに明確な理由付けができない限り「1時間を費やそうと為すことができない」のです。

「どちらでも大差ない」「【どうでもいい】」と諦めるのではなく、何とかして選び取ろうとしているからこそ生まれる苦しさ。
その苦渋から、逃れられるものなら逃れてみたいと思っていた彼女が、近い未来に想定していた「自死」。
それを呆気なく先取りしていったのが、ネズさんの愛読書に登場するポケモン、エネコです。

『無理を通そうとするから苦しいのだ。つまらない』

これは彼の愛読書(勿論、この連載内での設定であり、公式とは何の関係もありません)のモデルとなった、夏目漱石著「吾輩は猫である」の終盤、実際に登場する一文です。
これに関しては私も全面的に同意します。否定の余地のない完璧な語りであると考えます。
ただ、生きていくためにはこの一文を、ほかならぬユウリの言葉で否定してしまう必要がありました。
結果として私が選んだ彼女の言葉は「無理は苦しい。けれども無理をしたおかげでつまらなくなくなった」という趣旨のものでしたが、
あの超名作をもっと深く読み込まれた方であれば、もっと別の角度から否定に入るか、
あるいは全面的に同意しつつも死にではなく生に魅力を感じるような、そうした解釈を構築できたのかもしれませんね。

ユウリは遺書で予告していた通り、ガラルに住む多くの人のところへ通い、会話を重ねました。これが本編の「Case」の動きに相当します。
その一方でマグノリア博士の助言に従う形で、「一人だけ」とした相手のところへ頻繁に顔を出すようになっていきます。こちらが本編における「File」の動きですね。

彼女は本編内で多くの人と関わっていますが、不満を漏らし、駄々を捏ね、弱音を吐くということは誰彼構わずして回りながらも、
それを相手に聞かせてチャンピオンとしての欠落を印象付ける、もしくはそれを受けて相手からのレスポンスを得ることだけで満足し、
ネズさん以外の特定の誰かに対して、自らの異常性の片鱗を積極的に開示したり、それに対する意見を求めたりはしませんでした。
本編内でユウリが何度も口にした「貴方だけ」の根拠としては、これだけでも十分すぎる程ですが、
「何故、彼だったのか?」という疑問を完全に払拭するために、マグノリア博士のあの舵取り台詞を挟んでいます。

「その相手がきっと、貴方のかけがえのない人になる」(Case0)

自分よりもずっと頭の良い、経験豊富で情緒を多分に解する博士から差し出された「選び方」。
それに則ることは、ユウリにとって至極正しいことのように思われたのでしょう。その言葉に縋る形で彼女は「一人だけ」の名前を弾き出しました。
けれどもマグノリア博士自身も言及しているように、その「選び方」に適合する人物など、ガラルには大勢いたことでしょう。
それでも、ユウリはネズさんの名前を一番に思い付きました。その時点で、彼女にはネズさんという人物に対する、無意識的な期待や執着や愛着があった、ということになります。
博士の「選び方」という舵の助けを借りなければ為せない選択ではありましたが、彼女が彼女の意思で選んだのは、紛うことなき彼でした。
ネズさんの「君が為したその選択を、おれは愛と定義します」に基づくなら、先に愛したのは、彼女の方だったのです。
彼女自身は、最後まで気付くことがありませんでしたが。

そういった具合でスパイクタウンの家を訪ねるようになったユウリを、ネズさんがどのように認識し、少しずつ開示されていくその歪な個性にどのように絆され、
その結果どのような心地で彼女を引っ張り上げようと考え、どういった形で実行に移したのか……。
それらについては本編のFileA~Fなどで余すことなく書いてきたつもりですので、こちらでの記載は不要でしょう。
彼の、ユウリに対する誠意や情熱や愛といったものが、読んでくださった方に分かりやすい形で出力されていることを願うばかりです。

確信がなければ選択に至れないなどという、厄介な気質を抱えた彼女が最後の最後に救いとしたのは、確信に至ることが最も困難であるはずの「愛」でした。
ひとつの、優しい【アイロニー】の形を書けたことについて、私はとても満足しています。

長くなりましたが以上であとがきを締めさせていただきます。ありがとうございました。
次のページには、連載執筆中の裏話やちょっとした小ネタの解説などを、少々緩い文体で気ままに書かせていただいています。
目次にはリンクを貼っていない、所謂プチ隠しページですので、大した情報はございませんが、暇つぶしにでも使っていただければ嬉しく思います。

では、また次の物語で会いましょう!

2020.6.8 藤 葉月

I will never give up on writing words, as long as you keep on walking with me.

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