Afterword:サイコロを振らない

サイコロを振らない、全79話にて完結です。
アピアチェーレ、片翼を殺いだ手、サイコロを振らない……この全てを合わせると150話を超える大長編となりました。
彼等と一緒にイッシュでの2年間を生きてくださり、本当にありがとうございました。

この連載も片翼と同様に、2013年度に初めて執筆し、2015年度に加筆修正と追加エピソードの記載を行い、
そして今回の引越に伴いまた少し修正……という経過を経ており、今回を含めて3回「執筆」を行ったことになります。
それに伴い、後書きについても大幅な修正を施しています。修正、というよりも、余分な文言を7割程度削除した、と書いた方が正しいかもしれませんね。

今回の後書きは2ページありますが、前半では、2015年度に新しく挿入したエピソード「最愛の人に嘘の話」について少し言及し、
後半では全体の振り返りを簡単にさせていただけたらと思っています。
また、今回の引越に伴い、目次ページを大改造いたしましたので、この英文の日本語訳(意訳)も何処かに盛り込めればと思っています。


さて、4部構成であるサイコロの中編にあたる「最愛の人に捧げた嘘の話」ですが、
これは今まで傲慢かつ強欲に走り続けてきた主人公、シアへの「強欲の代償としての罰」であり、
また、彼女が今後も同じ力を奮い続けられるかどうか、その資格の有無を確かめるために何処かから課された「試練」である、と考えることができるかもしれません。

彼女の傲慢、彼女の強欲、これについては今更詳しく記載することは控えますが、その傲慢と強欲がこれまではいい方向にばかり作用していました。
それは彼女に「これからもきっと上手くいくのではないか」という、驕りを抱かせるに十分な展開であったと推測します。
そんな彼女に「運命」が「驕るなよ」と囁いた結果として、このような事故が起きたのですが、
その事故を、記憶喪失めいた混乱に設定した一番の理由は「この強欲な主人公は、何を失った時に最も揺らぐのか」と考えたからでした。
そんなの、記憶に決まっていますよね。

記憶を失い、恐怖も罪悪感も不安も全て忘れ、あのまま平穏に生きることだってできたかもしれない彼女が、
自らの過ごしてきた過去のアイテム「苺の紅茶」に触れて再び苦しむことを選んだ……。
その貫徹した覚悟と相変わらずの強欲に「やれやれ畏れ入った」と運命が首を垂れる瞬間があったとするならば、それは間違いなく、この時であったのではないでしょうか。

そうそう。
シアが「苺の紅茶」の香りによって失われた記憶を取り戻したという描写について少し明記しておきたいことがございます。
「香りを認識する脳領域と記憶を保持する脳領域が隣接しているがために、両者はしばしば色濃く連動する」というような脳の特徴による想起……。
これを「プルースト現象」と呼ぶ、という情報は、当サイトに長らくお越しくださっていた大好きなお姉さんより頂戴したものです。この場を借りて今一度、お礼申し上げます。

ところで35話以降、彼女は「ゲーチスさん」のところへ通うのですが、その時の会話や心情などは、アピアチェーレで彼女が感じ、経験したものと意図的に重ねています。
シアは強欲の代償として「記憶」を失いました。けれどその記憶を失くしたシアを、果たして「シアではない」と言うことができるのでしょうか。

私達は長い時間を経て、数多くのことを経験します。それは記憶という形で私達の脳に留まっています。
それを失うということは、自身の成長の記録が途切れてしまうということ、すなわち私が私でなくなってしまうことを意味しているのだと、私は今まで思っていました。

けれど、必ずしもそうではないのかもしれない。私達の人格、及び成長を司るのは、「記憶」だけではないのかもしれない。
記憶がなくなり、あの時に経験した感情が消え失せたとしても、此処にいるのは紛れもなく「私」であり、記憶がなくとも、その本質は何も変わらないのかもしれない。
……少なくともこの物語の中では「そうであってほしい」。
その願いを織るように、私はもう一度「アピアチェーレ」でのやり取りを、文章の形で再現していきました。

「私達が再びこの時間を愛するには、ただ私達が出会うだけでよかった」(40話)

と、このように私個人の「夢」のようなものを、この中編には投入させていただいている、という開示を、この場でこっそりとしておこうと思います。


さて、以下は大幅にリニューアルした目次の日本語訳(意訳)です。
一部の語り手、特定の形容が差す人物なども、無粋かもしれませんが記載させていただいております。

前編
・緑の海による罰
・嘘か真実か見抜く方法
・黒の箱庭
・幻痛の薬
・愚かなふたつの翼
・色鉛筆の壊れる音
・「絆される」ということ
-これら全て、革命の序章に過ぎない。

中編
トウコの言葉)
「1年前の演奏者(記憶を失ったシアのこと)はその旋律を知らない。
大きすぎる愛が彼女の記憶を奪ったのかもしれない。
でなければ、このような悲しい嘘が生じるはずがないのだ」

(??の問い)(おそらく「読み手」)
「それは罰だったの? それとも作為的な犯行? あるいは、愛の証左だった?」

シアの言葉)
「どうか教えてくれませんか。
私は誰のために血を流しているのですか。私は誰のために嘘を吐いているのですか。
私が落としてしまった大切なものは何処にあるのですか。
私のしたことで誰が傷付き誰が悲しんだのですか。
私は本当に間違っていないのですか。
私が間違っていたとして、それでも貴方は私を支えようとしてくれるのですか」

(??の答え)(おそらく「書き手」)
「ううん、それは彼女に課せられた試練に過ぎなかったの」

後編
「不条理に反逆せよ」と運命がささやいている。
世界を変える機会が訪れようとしている。
未来に夢を見る子供達は力を出し合い、悪い大人に勝利するための作戦を練る。

とある「姫」(トキ)はこの子供を糾弾し、
とある「空」(クリス)はこの子供への信頼を語り、
とある「英雄」(トウコ)はこの子供を支援し、
とある「花」(シェリー)はこの子供に出会い、
とある「片翼」(ゲーチス)はこの子供への肯定を沈黙で示し、
とある「旋律」(メロエッタ)はこの子供に愛を説いた、
そしてその子供、「海」(シア)は自らの両翼を殺いだ。

多くの祈りと一つの供物のおかげで彼等の願いは叶う。
全てが在るべき場所へと戻ってくる。

「彼女」はもう、その旋律を「自由に」奏でることができる。
(斜体で表記した「a piacere」はイタリア語の音楽記号であり「奏者の自由に」の意味を持つ)

後日譚
シェリーの言葉)
「もし私が貴方の誠意に殺されてしまったとしても、
私は……貴方に出会えたことを決して後悔したりしないよ」

2019.11.13

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