Please look at me, not M(USUM・未定)

Insomnia of Obsidianの翌日)

心臓が張り裂けそうな程に大きく震えていた。どくどく、という音が胸を突き破り、外まで聞こえてきてしまいそうだった。
思わず胸に手を当てた。掌を叩くその鼓動は確かに私のものだった。服の上から爪を立てても、手懐けるように鷲掴みにしてみても、鎮まらなかった。
どうして、と呟いたはずの言葉は音にならなかった。頭も心も弾け飛んでしまいそうな程に、私は混乱していた。

ミヅキはこんなところで、こんな人に出会ったりしなかった。ミヅキの心臓は、この村の入り口でこんなにも高鳴ったりしなかった。
この二人をミヅキは知らない。ミヅキが踊るあの夢の中に彼等はいない。
ならばどうして、どうして彼等は私の前にいるのだろう。私はどうして、彼等と出会おうとしているのだろう。

貴方達は、誰なのだろう。

「これが……祭りというものか! なんと華やかな……いや……そうではない、呑気なものだな!」

「無理しちゃって! 興味あるくせに?」

リリィタウンの前に立つ、背の高い男性と小さな女の子の会話が私の耳に届く。私の耳にだけ届く。ミヅキではなく私が、私だけがそれを聞いている。
不思議なスーツとヘルメットに身を包んだ彼等は振り返り、私を見る。私だけを見る。
アローラでの挨拶を真似るように、無機質な色の手が角張った動きで黄昏の涼しい空気を割く。その挨拶は私に、私だけに為されている。

「お前も……アローラの人間ではなく、遠くから来たのだな」

彼等はまるで示し合わせたかのように、全く同時に一歩を踏み出す。瞬きさえ忘れた私の前を、あまりにも静かに通り過ぎていく。
彼等は、口元以外を全てその無機質な装甲で覆っていて、私には彼等が何者なのか、どんな姿をしているのか、どんな瞳で私を見ていたのか、何も分からなかった。
そう、分からなかったのだ。これまでの私には「分からない」などということ、アローラに来てからは一度も、ただの一度もなかったのに、それが起こってしまった。

「待って! 待ってください!」

努めて作っていた乱暴な言葉も、誰も彼もにぶつけていた「大嫌い」も、私の頭の中から消し飛んでいた。
そうした、ミヅキが眠らないために必要であったはずの全ての装甲を投げ捨てて、背の高い男性の腕、不思議な素材に覆われたその腕を掴んだ。
光を遮るように作られたその生地はとても冷たく、夕日に焦がされた私の手はその温度に驚いて大きく震えた。

「どうした?」

貴方は何故、私がアローラの人間ではないことに気が付いたのか。貴方は何の目的で、何処からやって来たのか。何故、私だけが貴方に出会うことができたのか。
それらを問うにはあまりにも早すぎて、それらの疑問を諦めるのはあまりにも遅すぎた。
他にも、この人に訊きたいことは沢山ある。湯水のように際限なく溢れてくる。けれども私はそれを喉元に押し留めてたった一つだけ彼に問う。

「貴方は誰ですか?」

どうして運命とかいうものは、こうやって気紛れに希望を持たせようとしてくるのだろう。
どうしてこの世界は、今更私に「私」としてこのアローラを旅するように促してくるのだろう。

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