0.6(C)

フラダリさんの捜索を、警察はいつまで経っても始めようとしなかった。それには大きな理由があった。
最終兵器としてセキタイタウンに咲いたあの花は「よくない光」を放っている。それ故にずっと地下に封印されていたのだと、フレア団の科学者が説明したらしい。
死んでしまったポケモンを蘇らせる機械。一瞬でカロスの戦争を終わらせた凄まじい兵器。そんなものが人体に無害である筈がない。
どんな影響があるのかは明らかにされなかったが、とにかく「人体に悪影響があるため」という理由で、地下に生き埋めになったフラダリさんの捜索はされないままだったのだ。

私はそのことを、カロスのニュースで見て知っていた。
フラダリさんの捜索に赴いた人達に何かあってはいけないからと、その捜索の打ち切りをもっともなことだと思う反面、
生き埋めになったのがフラダリさんではなくシェリーだったなら、皆は諸手を挙げて捜そうとしたのではないかと少しだけ思ったのだ。

カロスは、とても美しい土地だ。けれど同時に、美しくなければならない土地でもあった。
そんなカロスにおいて、美しくないものは排斥されてしまう。なかったことにさせられてしまう。
そんなこの土地に住まう人々の風土を、彼等の暗黙の了解を、私はその捜索の打ち切りにおいて目の当たりにし、そして、その違和感に愕然とした。

カロスの人、一人一人はとても温厚で、優しい。
新米トレーナーにローラーシューズをプレゼントしてくれる気前の良さや、困っている人に迷いなく手を差し伸べるその精神に、当時の私は感動していた。
けれど彼等が集団で行動する時、とりわけ、カロスという土地の美しさを守るために行動する時、その温厚さからは考えられない程に冷酷で無慈悲な面が覗くことがある。
それこそ、カロスを脅かしたフラダリさんの捜索を、簡単に諦めてしまえるような冷たい面が。

イッシュの人間には、カロスの人程の団結力はない。皆がそれぞれに異なる文化、異なる考えを持っている。
けれど、だからこそ何色にも染められることなく、自由に生きることが許されているように思えたのだ。少なくとも、この美しい土地よりはずっと息がしやすいと感じていた。
私はカロスのそうした面を知ってから、この土地に少しの苦手意識を抱いていた。
そして、この不思議な連帯感を持ったカロスという町で最後まで旅を続けたシェリーのことを、密かに尊敬してもいたのだ。
……それが、まさかこんなことになっているなんて、どうして想像できただろう。

「……シェリー、それが危険なことだって解らないの?どうしてフラダリさんの捜索が打ち切られていたのか、知っているんでしょう?」

「うん、知っているよ。でも大丈夫なのにね。あの花に近付いて、その輝きに触れようと手を伸ばすくらいのことをしないと、その光を浴びることなんかできないのにね」

ガツンと頭を殴られたような心地がした。
もう、私はこの残酷な問いに結論を出さなければいけない時に立っているのだと確信させられたからだ。
嫌だ、嫌だと心が悲鳴を上げていた。けれど彼女の言葉から逃れる術を私は持たなかった。


「命の焦げる音がしたのよ、シア


そのソプラノで紡がれた言葉が決定打だった。私はその場にわっと泣き崩れた。
みっともなく涙を拭いつつ泣き続ける私を、シェリーはただ穏やかに見ていた。その静けさに益々居たたまれなくなって、私は嗚咽を止められなかった。

どうして、どうしてそんなことをするの。
あの危険な花のある場所に近付くだけでは飽き足らず、どうしてその花に手を伸べたり触れたりしたの。
それがどんなに危険なことか解っていた筈なのに、どうしてそんな緩慢な自殺をしてしまったの。
自分の命が削り取られていったその様を、どうしてそんなにも楽しそうに話すことができるの。
シェリー、貴方は何をしようとしているの。貴方は、本当は何を望んでいるの。

シア、泣かないで。私は自ら望んで死ぬのよ。人間がしたことへの責任を、この命をもって償うの」

とても嬉しそうにそう告げた彼女に、私は最後の力を振り絞って涙を止めた。
そして震える声を落ち着かせるように、長い息を吐いて、それから彼女に向き直り、きっぱりと紡いだ。

「ふざけないで、シェリー

それでもその音は震えていて、私は嗚咽を噛み殺すので精一杯だったのだけれど。
彼女は少しだけ驚いたようにその鉛色の目を見開いた。
シェリー、私を誰だと思っているの。私は貴方の親友なのよ。

「貴方はそんな理由で命を、半生の時間を他者に捧げられるような人じゃない。私の知っているシェリーは、絶対にそんな理由で命を投げ捨てたりしない」

「……」

「それは建前で、きっと本音は別のところにあるんでしょう?貴方は何を望んでいるの?本当は何のために、そんなことをしたの?」

『嘘か真実か、見抜くんだ。君が大切な人を守りたいと思うのなら。』
いつか、ホウエン地方で教わった言葉を噛み締め、私は彼女の目をしっかりと見据えた。

何のために。
そんなことは解りきっている。彼女は死にたかったのだ。だからイベルダルにその命を捧げ、その花に命を焦がし続けていた。
人間がしたことへの責任を取る、だなんて、そんなものは彼女の建前に過ぎなかったのだ。彼女は死のうとしていた。彼女はただ、死にたかった。
だから自らの命を擦り減らすための手段として、イベルダルを利用したのだ。
そうして自らの自殺を「責任を取る」という英断に見せかけ、自らの生涯を「カロスの救世主」として閉じようとしているのだ。

私が知りたいのは、シェリーにそんな選択を選ばせた理由だ。
彼女がどうしても死ななければならなかったのとして、こんな緩慢な自殺を選ばなくてはならなかったのだとして、その理由がどうしても知りたかった。
彼女はとても優しくて、親切で、人やポケモンの気持ちを推し量ることが得意で、けれど臆病で、努力が苦手で、卑屈なところのある、私のかけがえのない親友だ。
そんな彼女をみすみす失いたくはない。何か手段があるなら、今からでも彼女を救いたい。
そのために、今の彼女を囲むその考えを、私はどうしても知っておかなければならなかったのだ。

彼女は肩の力を抜くように深く溜め息を吐いた。
いつ運ばれてきたのか解らないコーヒーは、もうとっくに冷めてしまっていた。

シア、今の私をどう思う?」

ぽつりと問われたその言葉に、私は少しだけ驚いた。
どうして、そんなことを聞くのだろう。その質問には、どのような意味が隠れているというのだろう。
けれど今の私には、それを見つけるだけの力はなかった。だから素直に、応えることにした。

「この広いカロスを隅々まで巡って、フレア団と戦って、チャンピオンにまでなったシェリーのことを、私は尊敬していたわ。
……でも、今のシェリーのことは、よく解らない。貴方が何を考えているのか、何を目的にこんなことをしてしまったのか、どうしても解らないの」

ここまで心が疲れ果ててしまう前に、一度、駆けつけてあげたかった。
何もできることなどなかったのかもしれないけれど、せめて寄り添いたかった。その心と共に揺れてあげたかった。
けれどそんな私の自責を許すかのような微笑みで、シェリーはその澄んだソプラノで残酷な言葉を紡ぐのだ。

「それじゃあ、今の私を知らない人は、私のことをどんな風に見ていると思う?私には、どんな肩書がついていると思う?」

「どんな……?」

彼女を表現する言葉なら、それこそ、いくらでも思いつくことができる。
フレア団を倒した英雄、カロスを守った救世主、カロスリーグの新しいチャンピオン……。
今やシェリーは一躍、カロスの時の人となっていた。誰もが彼女を褒め称えている筈だ。これ以上の賞賛があるだろうか?

そこまで考えて私は息を飲んだ。
……まさか、この少女は。この臆病で卑屈なところのある、私の大切な親友は、まさか。

シェリー、私は、」

「解っているよ、シアはそんな人じゃないよね。貴方は私がチャンピオンであろうとなかろうと、フレア団を倒そうと倒せまいと、変わらないのよね。
貴方は私が私として此処にいるだけでいいのよね。シアは何があっても、私の親友でいてくれるのよね」

「……」

「でもね、シア。世界は私とシアだけじゃないの。世界は、シアのような優しい人ばかりで溢れている訳じゃないの」

彼女が何を言いたいかを、私はもう察することができていた。私は何も言うことができず、ただかぶりを振って否定の意を示した。
違う、違うのシェリー、そうじゃない。貴方は大切なことを計り間違えている。そうじゃないの、シェリー
言葉にならない訴えが届く筈もなかった。言葉にしたところで、届く筈もなかったのだけれど。

シアは何があっても、私の親友でいてくれるのよね。』
彼女の言葉が冷たい刃となって私の心臓を貫く。
お願いだから、これからもずっと親友でいさせて。こんなに早くいなくなったりしないで。そんな道を、笑顔で選んだりしないで。

シェリー、私の言葉を聞いて、お願い。


2015.3.30

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