19:Letter-F

※曲と短編企画2、参考BGM「The Beast」

君が手紙を書いていたことをもう少し早く知れたなら、私も君に手紙を読ませてあげられたかもしれない。先ずはそれを詫びさせてもらおう。すまなかった。

私は君の目にどう映っていたのだろう。愚かな男だと、それでいて強情で歪な人間だと思っていたのだろうか。
もしそうでないならば、光栄なことだ。もしそうなら、それでも私と時間を重ねてくれた、君の愛とも呼べそうなその想いに感謝することにしよう。

5年前のあの日、君が一緒に生きてくださいと懇願したあの日、私は君のことをどうかしていると思った。
あの騒動を通じて、自分は全ての人間に見限られていた筈だった。そして、それは君にも当て嵌まることだと思っていた。
私を罵倒し、憎しみの視線を向けることこそすれ、まさか寄り添い、共に生きることを願うなど在り得ないことだと思っていたのだ。
それ故に、その「在り得ない」感情を私に向けた君に対して、私はあろうことか狂気を当て嵌めようとしていた。
この少女は狂っているのだと。私が狂わせてしまったのだと。

思えばあの時、君の本音に気付くことができていればよかったのかもしれない。しかし私はあの日を経て、あまりにも変わり果ててしまっていた。
自分の変化すらも受け入れることに躊躇していたのだ。どうして君の想いを拾い上げることができただろう。

そう、私は君が思っているよりもずっと脆弱な人間だったのだ。
君に伝えたかったことの大半を告げられず、こうして白い紙に書き連ねることしかできない私をどうか許してほしい。
君は私のしたことを最後まで許さなかった。それでも許してほしいと懇願することくらいは許してほしい。
君だって、30年の約束を破ったのだ。私も少しくらい不正を働かせてもらうよ。

そんな訳で、君と重ねた長い時間、その大半を私は大きな誤解のままに過ごしていた。
すなわち君は精神を病んでしまっていて、その道連れとして何もかもを失った私を選んだのだと思っていた。
臆病で卑屈な君が、私だけはと我が儘に欲張った結果だったのだと思っていた。
事実、君が初めに私に投げた言葉は、私を凌ぐほどに傍若無人なものだった。

『フラダリさん、貴方は私に負けたんです。だから貴方は私の言うことを聞く義務があるんです。なぜならそれが貴方の理論だから。』
あの時、私は少しだけ笑いたくなってしまった。
力を持っていた筈の自分と、無力であった筈の少女の天秤が、あの事件をきっかけに大きく逆の方向へと傾いてしまったことに気付いたからだ。
確かにそうだ。私は君を、君の住む世界を大きな力で変革しようとした。
だからこそ、少女はさらに大きな力で私を打ち負かし、その力のままに私のこれからを縛ろうとしたのだ。
だからこそ、私は君と契約を交わしたのだ。力を持った少女が、それを私だけに行使し続けるその理由をどうしても知りたかった。
その返事がまさか「私と生きてください」などというものだとは思いもしなかったが。

敗者として、君のような若く幼い少女の傍で大人しくしていることが、私にとって少なからず屈辱であったことは否定しない。
けれどその屈辱は、君と過ごした時間が溶かしていった。
どのみち、私には他の何処にも居場所などなかった。何処へ行っても自分は一人なのだと、私は君との時間の中で少しずつ理解していった。
それなら、いいのではないか。一人よりは二人の方が、孤独が紛れていいに決まっている。何より、そうあることを君が望んでいる。
私は少しずつ、奇妙な懇願から始まったこの関係を受け入れ始めていた。君と出会って1年が経とうとしていた。

自分の命が歪な形に書き換えられていることに気付いていたのは、この頃だ。

君との時間に、私は愛着なるものを感じ始めていた。それと同時に、君との別離を思って少しだけ胸が痛んだ。
普通なら、残されるのは君の方である筈だった。けれど私に課された宿命は、その当然の節理を大きく歪めた。
君が気付いているとは思わなかった。いずれその時はやって来ると覚悟を決めなければならなかった。
私が老いないこと、私の時計に永遠が組み込まれていることを、君はいずれ知ってしまう。
けれど、私は絶望することも、慌てることもしなかった。寧ろその運命に感謝をしたのだ。

看取られるのは、私ではなく君の方である。何故なら私の身体には永遠が組み込まれているから。
その残酷な事実は、しかし少女を残して自分が消えることはないということを示していた。だからこそ私は寧ろ安心したのだ。
君が私に向ける想いの正体にはまだ気付いていなかったが、少なくとも、私がいなくなれば悲しむだろうということは容易に想像できたからだ。
君を一人、残していかずに済む。その事実に私は安心した。安心してから、そんな自分をひどく滑稽だとも思った。

君は私と共に生きるにあたって、君の周りにいた友達、両親との連絡を完全に絶っていた。
だからこそ尚のこと、私が君を置いていく訳にはいかなかったのだ。たとえ私が君を愛していなかったとしても、それくらいの思い遣りは為されて当然だとも思っていた。
カロスで出会った友達やプラターヌ博士だけでなく、君をここまで育ててくれた両親の前からも姿を消した君が、一体、彼等にどのような感情を抱いていたのか。
私はそれを想像することしかできない。

私にそこまでの価値があるとはとても思えなかった。
君が、君を構成する人物を全て忘れたように生き始めたことは、私に少なからず驚きの感情を与えた。
文字通り「私だけ」に君の時間は捧げられていた。最初こそそれを訝しみ、君の正気を疑ったりもしたが、それらは時間が洗い流してくれた。
私はこの、穏やかに過ぎる時間を愛し始めていた。君のことを何も解らないままに、君に愛着めいたものを抱き始めていた。

だからこそ、そんな君が『この手の温度はずっと消えないんですよね。』と、暗に私の時間の永続性を指摘した時、私は息が止まりそうな程の衝撃を受けた。
いつから知っていたのだろう。それすらも尋ねることができなかった。
もしかしたら、最初から知っていたのだろうか。それともこれまで積み重ねていた時間の中で、立てた仮説がようやく確信を得るに至ったのだろうか。
君とは5年の時間を共に過ごしていた筈なのに、そうした大切なことは悉く会話を濁して、他愛もない言葉ばかりを重ねていたような気がする。
つい最近までは、そうした重要なことを話さなかった時間を悔いたりもした。
しかし今はただ、それが私達の時間「らしい」からいいのだと受け入れるに至っている。……そう告げれば、君は笑うだろうか。

私は君がこの5年間書き溜めていた手紙を、私と同じ永遠を有した男から受け取った。
その時に、君がずっと隠していた真実を男から教えてもらった。

シェリー、君はカロスに存在する全てのものを拒み、許せずにいるのだと思っていた。
愛するポケモンのために多くの命を犠牲にしたあの男のことも、その兵器を使ってカロスを一掃しようとした私のことも、
君を無条件に称え、慕ったカロスの人々のことも、君の旅に関わり、君の旅を支えた全ての人のことを、君は拒み、憎んでいるのだと思っていた。
だからこそ、君は私と彼以外の全ての人間との関係を絶ち、私と彼とを自らの命をもってして責め続けているのだと。君はその全てに我々への憎しみを宿しているのだと。

しかし、真実はそうではなかった。
君は自らをもってして私の寄り添い、その命をもってしてフレア団の愚行をイベルタルに償っていたのだ。
カロスの人を許してほしいと、君があのポケモンに懇願したのは想像に難くない。
君は自らの身を文字通り犠牲にして、その上で全ての人間を責め続けていたのだ。けれどその叱責は、我々への憎しみによるものではなかった。
寧ろ、逆だったのだ。それは君が旅したこの土地への、愛とも呼べる感情によって為されたことだったのだ。

見事だ、シェリー。私や彼は、君のことを永遠に忘れないだろう。
献身的と呼ぶにはあまりにも大きすぎるその自己犠牲を、私と彼が犯した過ちをその身をもってして償った優しすぎる君のことを、私も彼も、きっと忘れることはないだろう。
我々だけではない。君が連絡を絶った全ての人間が、君を案じ、今も君を探し続けているだろう。
彼等が君のことを覚えている限り、君の存在は永遠に風化されることなく残り続けるのだ。
現に、世間から忘れ去られることを願ったような君の行動は、逆に君を探す人々によって、永遠に忘れられることなく残り続けている。
君を知る全ての人々、すなわちカロスに住む全ての人々が、君の失踪に心を痛め、君の存在を語り継ぐだろう。
忽然と姿を消した、愛すべきカロスの英雄として、君の名はこの美しい土地に刻まれ続けるのだ。


シェリー、君はこれが目的だったのではないか?


君は愛されたかったのではないか?君が愛した全ての人に、君は忘れ去られたくなかったのではないか?
『私を忘れないで。』という君のあの言葉は、それだけの重さを持っていたのではないか?
だからこそ、君は愛されたままに、その存在を永遠のものにしようと思っていたのではないか?
そしてそれは、永遠の美しさを求めた私や、永遠の命を求めた彼への、最後の抗議だったのではないか?

永遠など要らないのだと、そんな終わりのない時間は悲しいだけなのだと、君はその身をもってして私に訴えたのではないか?
そして、それでも求めてしまう人間の、彼や私の悲しい性を、君は許してくれたのではないか?

君は最初から、私を許すつもりだったのではないか?

私は君に愛されていたのではないか?

……君に聞きたいことがこんなにもあったのに、私達は大切なことを何一つ話さないままにその時間を閉じてしまった。
けれど、悲しむことなどきっとないのだろう。その方が私達「らしい」し、私の永遠はあと25年経てば君が迎えに来てくれる。
それまで私は、君が愛されたいと望んだ、君が愛したいと願ったこのカロスを見て回ることにしよう。

ああ、けれどもう少し、君を。


2015.3.16
娘もどきさん、素敵な曲のご紹介、ありがとうございました!

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