9:Letter(60通目)

ごめんなさい。
こんな筈じゃなかったんです。もう少し長く、貴方と一緒にいられる筈だったんです。
本当にごめんなさい。

貴方が手に入れた永遠の命は、人間の構造を大きく変えてしまうものです。それ故に、どうやっても元に戻すことができない。
私のこれも、そうした類のものでした。だから治らないことは解っていたんです。解っていて、私は貴方を探し続けていたんです。
けれど、こんなに早いとは思っていませんでした。早くても10年は、貴方と時間を共にできると思っていました。
私がいなくなってしまうとして、永遠の命を持つ貴方と生を共有できる時間が本当に少ないとして、けれどそれは少なくともあと数年は続いてくれる筈でした。
けれど、それは何の根拠もない推量だったんです。私は人体や医学の知識に長けている訳ではありませんから、10年という月日は完全に私の勘だったんです。
私の臆病な勘が外れた、ただそれだけのことだったのかもしれません。後悔なんて、少しもしていないけれど。

チャンピオンになってから、私はAZさんと話をしました。彼に聞けば、あの美しい花の仕組みが解ると思ったんです。
しかし教えてくれたのは二つだけでした。
彼自身が兵器の力で永遠の命を手に入れてしまったこと、そして兵器はその莫大なエネルギーの為、地下深くに埋められていたこと。
死んでしまったポケモンを生き返らせる不思議な装置です。戦争を一瞬にして終わらせた凄まじい兵器です。
そんなものが埋まっている場所に何日もいれば、少なからず影響があるだろうということは私でも予想できました。

私が貴方に30年という月日を提示したのは、それまでには何らかの異常が確認できると思ったからです。
逆に言えば、元々、30年も生きられるなんて思っていなかったんです。
馬鹿だと笑いますか。私を責めますか。それでもいいと思います。
それは貴方のエゴであって、それはどう足掻いても私に干渉することはできない。だって、それが貴方の教えてくれた理だから。
でも、ねえ。解ってもらえなくてもいいから、聞いてください。

貴方は自分の未来の為に、大切な人を捨てることができますか。自分の理想のために、大切な人を殺すことができますか。

5年前の貴方にはそれができた。私にはどうしてもできなかった。
そう考えると、私達は何処までも相容れなかったのかもしれませんね。
あれから5年が経とうとしている今でも、私は貴方のあの思想を許せてはいませんし、きっと貴方も私のことを許さないでしょう。
私達はきっと何処までも相容れない。私達はお互いを許し合うことができない。

でも私は知っています。
4番道路でお花畑を見た時に、貴方が私の隣で頷いてくれたこと。
バトルに勝って子供みたいにはしゃいだ私の頭を優しく撫でて、君のおかげだと笑ってくれたこと。
イッシュで過ごしたあの夜に、私のことを忘れないと約束してくれたこと。

貴方とは相容れなかった筈の私の世界を、貴方は受け入れてくれたでしょう。一度は拒んだ私の価値観に、貴方は共鳴してくれたでしょう。
嬉しかったんです。ありがとう、本当にありがとう。

予定していた30年よりずっと短い時間だったけれど、それでもやっぱり、貴方といられてよかったなって思います。
それにね、フラダリさん、貴方は醜いものが嫌いでしょう?
永遠の命を持つ貴方の前で、きっと何も変わらない貴方の前で、私ばかりが変わっていくことが恐ろしかったんです。
だから、こうして早めに終わることができたのも、それはそれでよかったのかな、なんて。
私の価値観に共鳴してくれたと確信できたのに、それでも私はまだ貴方を信じられていなかったんですね。

貴方は私に「大切なことを言わない」と怒っていましたが、それは貴方にもきっと言えることだったんですよね。
そして、人間には、言葉にしないと届かない思いが確かにあるんですよね。
だからこそ、私は真実を言葉にしませんでした。私の臆病で卑屈で、それでいてとても欲張りな本音を、決して口にはしませんでした。
貴方が何も気付かないままにいなくなってしまえること、それは私の誇りです。こんな私でも、一つのことを成し遂げることができた。
何もかもが中途半端な私でも、この思いをさいごまで貫くことができた。
私は今の私を誇りに思っています。

……ただ、勿論、怖くなかったわけではありません。
自分の身体の変化に気付いたのは、2年前のことです。体温調節が急に出来なくなって、旅行の時にも随分と厚着をしました。
いつもなら軽々と走れていた距離で直ぐに息が上がったり、突然の目眩に襲われたりしました。
お医者さんに診て貰ったのですが、やはり首を捻るだけでした。そこでようやく私は確信しました。あの花は、やはり危険なものなのだと。
変わらない貴方の傍で、私だけが急激に変わっていく。そのことはとても恐ろしく、けれど同時に私の胸を高鳴らせました。
ああ、これが私の選んだ世界なのだと。そして私の身体はそれを受け入れる準備が整っているのだと。
私にはそのことを喜ぶ覚悟すらあったんです。

それから私はAZさんの許可を得て、あの綺麗な花を完全に土に埋めてしまいました。
セキタイタウンに開いた穴はもう既に塞いでいましたが、念には念を入れて、もう二度と使えないようにしてしまいたかったんです。
彼は愛したポケモンと再会しました。今はセキタイタウンに背の高い家を建てて暮らしています。
自分のような間違いを犯す人間を止めたいと彼は言っていました。永遠の命を「いつ終わるとも解らない苦しみ」だと言った彼も、今では前に進んでいます。

世界は、少しずつ、けれど確かに変わっています。

気付いていながら黙っていたこと、本当にごめんなさい。
でも、そんな命のリミットを忘れる程に、貴方との時間はとても楽しかったんです。
私の5年間のおままごとに付き合ってくれてありがとう。
私は貴方に何かを残せましたか?私は貴方の世界の一部になれましたか?

貴方の永遠は貴方だけのものです。
もう直ぐ貴方との約束を破って、貴方の前からいなくなってしまう私なんか気にせずに、どうか次の世界に目を向けてください。
プラターヌ博士にも、顔を見せてあげてください。きっと喜びます。
世界は変わっていきます。過去は、記憶は薄れます。それに抗おうとしなくてもいい。
少しでいいから、周りを見てください。貴方の愛したカロスを見てください。

貴方が美しいと言ったこの世界が、どうして美しいのかを貴方は考えたことがありますか。
大切なものを一つ一つ訪ね歩いて、その尊さに笑ったことがありますか。

ねえ、フラダリさん。貴方の目に映った世界を、いつか聞かせてください。
いつでもいい。ずっと待っています。この世界は貴方のものではないけれど、貴方の永遠は貴方だけのものだから。
もし、貴方が永遠を生き続けることに耐えられなくなったなら、私は約束の時間が来たその時に、貴方を迎えに行きます。

さいごに、私がずっと隠していたことについて。
私はこの5年間、ずっと隠し事をしていました。この間、あの白い病室で話したのは、その真実のほんの一部にすぎません。
何もかもを話さずにいなくなってしまう私のことを、許さなくても構いません。
簡単に許されることではないと解っています。だって私も、貴方のことを簡単には許せなかったから。
でもそれ以上に、貴方に感謝する気持ちの方が大きい。貴方を愛しいと思う気持ちは、貴方への憤りを簡単に凌駕しました。

貴方のことが好きです。

だから、これ以上生きられなかった。

けれど、貴方は私とは違います。どうか生きてください。
卑怯な選択をした私のことなんか忘れて、どうかこの美しいカロスで生きてください。
貴方の永遠が終わる日を待っています。どうかその日が、貴方に最後の手紙が届いた後でありますように。


やっぱり、ごめんなさい。
私を忘れないで。


2013.10.24
2015.3.28(修正)

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