もう、会えないと思っていました。
嬉しかったんです。とても嬉しかったんです。
貴方は私に、選ばれし者だと言ったでしょう。だから信じていたんです。私は未来を変えられると信じていたんです。
自惚れかもしれない。それでも、私は貴方の言葉なら信じられました。他の誰を信じられなかったとしても、貴方の事だけはと思っていたんです。
聞いてください。私、チャンピオンになったんです。
貴方のギャラドスと戦ったサーナイトは、最後まで先陣を切って頑張ってくれました。
正直、ポケモンリーグへの挑戦は乗り気ではありませんでした。というより、貴方との戦いを終えてから、私は旅を止めてしまおうとも思ったんです。
でも、プラターヌ博士が言ってくれました。私は貴方をも救ったのだ、って。
そんな筈はないのに。私は貴方を苦しめこそすれ、相容れない貴方を救うことなんて、今までもこれからもできなかった筈なのに。
けれど、その言葉がプラターヌ博士の優しさであることに私は気付いていました。
だからそう言ってくれた彼に、彼が差し出してくれたチャンスに、私は縋らなければいけなかった。
私はもう旅を諦めていました。私は諦めることが得意なんです。だから旅を止めることを諦めることだって簡単にできました。
私に期待してくれている皆のために、私は自分の旅を止めることを諦めました。
新しい町、新しいポケモンに出会いながら、私の心はそこに在りませんでした。だってそれは私の望んだ旅ではなかったから。私の諦めてしまった旅だったから。
でも、チャンピオンになって、私は旅を続けていてよかったと思うことができました。
だって、ポケモン達があんなにも頑張ってくれたんです。
サーナイトは、相手のサーナイトのメガシンカにも屈しませんでした。彼女の立派な活躍を見た時は、本当に嬉しかった。
ねえ、フラダリさん。メガシンカなんてなくてもよかったんです。
私はたまたまメガシンカを使えるようになって、たまたま貴方の目に留まっただけのことだったんです。
私は選ばれし者なんかじゃない。もしそうだとするならば、それはポケモン達がくれたもので、貴方が選んだものだということです。
私は未来を変える為に選ばれたんじゃない。貴方を止める為に選ばれたんです。
ねえ、だって、そういうことでしょう。だから貴方は私を選んだんでしょう。あんな風に、私にチャンスを与えて。
私が貴方の元へ向かうまで、待ってくれて。
ああでも、私は貴方に見くびられていたんですよね。
イベルダルをボールに収めた瞬間の貴方の顔が、今でも忘れられません。貴方は本当に意外そうな顔をしていました。
だから私は解ったんです。貴方が私を指す時の「選ばれし者」というのは、他でもない貴方が選んだ人物のことなのだと。
そしてあの時驚いたのは、私が貴方にではなく、伝説のポケモンに、未来に選ばれてしまったからなのだと。
私が本当の意味で「選ばれし者」になってしまったからなのだと。
少し残念でしたけれど、それなら納得がいきます。やっぱり私は普通の人間だった。
私は他でもない貴方に選ばれただけのことだったのだという事実は、私の心を軽くする筈でした。
ただしそれが解ったのは、私が伝説のポケモンに選ばれてしまった後のことでした。
貴方が私を「選ばれし者」だとした本当の意味に気付いた時には、私はもう既に本当の意味で「選ばれし者」になっていました。
結局、どう足掻いても私は苦しむしかなかったのかもしれません。後悔なんて、少しもしていないけれど。
ところで、どうして貴方は私を選んだのでしょう。
貴方と再会できた今でも、こればかりは全く解りません。
メガシンカだけが強さを表すものではないということを、私はチャンピオンとのバトルで知っています。
それならどうして、私は貴方に選ばれたのでしょうか。
貴方を止める役目、それはどうしても私でなければいけなかったのでしょうか。
貴方のことは解りませんが、私は私のことなら解ります。
たとえばもし、もし私がフラダリさんに選ばれなかったとしても、私は貴方を止めに向かったでしょう。
あのフラダリラボを手掛かりのないまま彷徨って、そしてようやく鍵を手にして。
しかし私を選ばなかった貴方に、私が来るまで最終兵器を起動させるのを待つ理由はないんですよね。
きっと私があの場所に辿り着いた時には、既にあの綺麗な花が咲いていたんですよね。
ねえ、今こうして世界があるのは、貴方が私を選んでしまったからなんですよ。
貴方はとても賢い人です。難しい言葉を容易く操る貴方が、そんなミスを犯す筈がないんです。
ここまで考えると、私が何を求められているのかがようやく解りました。
貴方は私に、世界を変えて欲しかったんですよね。貴方が見つけられなかった選択肢を、私に作って欲しいと、心の何処かで思っていたんですよね。
でも、ねえ、それならフラダリさん。
貴方は選択を誤りました。
私に世界を変える力なんてないんです。
私の親友ならどうにかできたかもしれない。聡明で努力家で誠実で欲張りな、私の唯一の友達なら、そうするために足掻けたかもしれない。
そうして本当に世界を変えたかもしれない。私の大好きなあの子には、その力があるんです。
けれど、私は彼女のように聡明でも、努力家でも、誠実でもありません。私には何の力もないんです。
私は愚かで臆病で卑屈な、きっと貴方が理想とした世界に生きるには相応しくない人間なんです。
頑張れば、貴方や彼女のように精一杯足掻けば何かが変わったのかもしれない。
でも私は、怖くなりました。
私の目の前で崩れ落ちた天井が、貴方を飲み込んだあの暗闇が、そんな結果を招いてしまった私が。
私はカロスを、そこに住むポケモンや人を救うために戦った筈なのに、私の手は最も救いたかった人物を取り零してしまった。
足掻けば足掻く程に地盤は揺らいで、その割れた地面が私の大切なものを飲み込んでしまう。
私の手は大切な人を傷付けることしかできない。そのことがどうしようもなく悲しかった。
だから私は、チャンピオンになったのを最後に、足掻くことを止めました。
ごめんなさい。自惚れかもしれないけれど聞いてください。
貴方が私を選んでしまったのは、私が優れた人間だからではありません。
それ以上のものを、貴方が私に抱いていたからです。そうでなければ私なんかを選んだ理由が付けられないんです。
どうして貴方が私を想ってくれたのか、それはよく解りません。貴方が私に抱いていた「それ以上のもの」の正体もよく解りません。
けれど、私のことなら解ります。私は貴方が好きでした。
カロスという慣れない土地で旅を始めた私に、優しく声を掛けてくれた貴方のことが好きでした。
難しい言葉で熱く語る貴方が好きでした。メガシンカを使えるようになった私に、おめでとうのメールを送ってくれる貴方が好きでした。
私が救えなかった貴方のことが、私は好きでした。
だから私は、仮に貴方に選ばれなかったとしても、貴方を止めるために足掻いたと思います。
そして、貴方を好きになった理由を、私はどうしても見つけることができない。
貴方が私を選んだ理由が解らないのは、それと同じことだったとしたら、とても素敵だなって、思います。
貴方は私を選んでくれました。
でもね、フラダリさん。私は何の力もない、ただのポケモントレーナーです。私は愚かで臆病で卑屈な、貴方が理想とした世界に相応しくない人間です。
だから貴方の期待に応えることはできない。ごめんなさい、本当にごめんなさい。
これから長い時間を掛けてしようとしていることに、貴方はいつか気付くでしょう。
愚かで臆病で卑屈な私のこんな選択を、貴方はいつか責めるでしょう。
どうぞ私を恨んでください。怒鳴ってください。責めてください。そしていつか、許してください。
貴方が私を許してくれたその時に、私も貴方を許せるような気がします。
今はまだ、許せないけれど。私は貴方を含めた全てのことを、きっと、その時が来るまでずっと許せないけれど。
ねえ、フラダリさん。私は貴方に選ばれたにも拘わらず、その全てを捨ててしまえるような、とても酷い人間なんです。
だから、私は私の一生をかけて、私のやり方で、その罪に報いようと思います。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。
生きていてくれてありがとう。
貴方にまた会えて、本当に嬉しかった。
2013.10.23
2015.3.20(修正)