(1) 3人の忠実な僕の場合
魔法により変貌してしまった城には、3人の男が暮らしていた。
一人目の男は、主であるゲーチスに、それは忠実に仕えていた。
自らの醜い姿を忌み嫌って自室へと閉じこもった主の元へ赴き、彼は身の回りの世話をしながら、静かに主の孤独に寄り添ってきた。
英雄になれなかった男は、その心を歪めてしまっていた。最早、彼自身ではどうすることもできない程にその歪みは大きく膨れ上がっていたのだ。
主を崇敬していた男は、何とかしてこの城の呪いを解き、主の憂いを晴らして差し上げたいと願っていた。そのために、とある行動に出ることとなる。
二人目の男は、主に雇われた身として、優秀に仕事をこなしていた。
心を歪めていく自らの主とは、常に一定の距離を持って接し続けていた。それが本来の自分の在り方であると信じていたし、何より興味がなかった。
言われたことだけを彼は誠実にこなした。それだけだった。
しかし、彼とて全ての人間に無関心を貫いてきた訳では決してなかった。彼は不器用であったが、その実、とても深い愛情を持った男でもあったのだ。
それ故に、彼はこの城にかけられてしまった、呪いとでも呼べそうな魔法に絶望し、苛立った。
彼は自らと、自身の大切な人物にかけられた呪いを解くため、自らの居場所を守るために行動に出る。
この二人は話し合い、呪いを解くためのきっかけを作るために試行錯誤することとなる。
他の人間には見えなくなっているこの城に、誰かを招くにはどうすればよいのかを、彼等は何日もかけて話し合った。
異形の姿をした自分たちが、人間と対話をすることの難しさを、彼等は痛い程によく知っていた。だからこそ、失敗は許されないと覚悟していた。
ほどなくして、彼等は自分たちのパートナーであるポケモンなら、人間に恐れられることはないということに気付いた。
二人は自らのポケモンの力を借りて、町や村の人間を城へ誘導することを思い付いたのだ。
その計画は直ぐに実行された。城に女性を招くところまでは上手くいったが、やはり城に住む異形の者たちに怯えて、誰もが逃げ帰ってしまったのだ。
それでも、彼等は諦めなかった。半年に一度だけのそのチャンスに懸けていたのだ。
今度こそ、今度こそ、勇敢な人間が現れてくれるかもしれない。この城の呪いを解いてくれるかもしれない。
彼等は期待していた。この呪いの城に怯えることなく、真っ直ぐに自分たちと向き合ってくれる人間を望んでいたのだ。
けれど、何度繰り返しても、どんな女性をこの城に連れてきても、彼女たちは同じような悲鳴を上げて逃げ帰ってしまう。
そうして繰り返される期待と落胆、めくるめく希望と絶望に、彼等は疲れ切っていた。
そんな二人の男を見守る、三人目の男がいた。
彼もこの城の主に仕える身ではあったが、彼は二人に加担しなかった。寧ろ、彼等の行動を楽しむように見ていたのだ。
この城の呪いは解けない。彼はそう覚悟していた。彼は主を見限っていたのだ。
だからこそ、諦めることなく何度もこの城に女性を呼び続ける二人のことが、滑稽で堪らなかった。
そうして彼等を嘲笑うことしかできない自分のことも、あまりにも滑稽だと知っていた。
主の心は歪み過ぎていた。もう、手遅れだったのだ。彼はそう信じていた。
そう信じることで、二人のようなめくるめく希望と絶望の中で疲れ果てることもなく、ただ陽気に、日々を過ごすことができたのだ。
けれど彼は、城にやって来た女性の人数を数えていた。彼もまた、この状況を楽しみながらも、次こそは、と待っていたのだ。
あの歪な心に愛を教えてくれる誰かを。異形の姿をした我々と、恐れずに向き合ってくれる誰かを。この城の呪いを解いてくれる、誰かを。
三人の男の思いは、それぞれ異なっていた。けれども彼等は懸命に、この城で主に仕えていたのだ。
ただ、彼等がその等しい名前に似合わず、あまりにも違い過ぎていただけだったのだろう。
(2) 青い髪の婦人の場合
もう数年前の話ですが、その村には、青い髪をした若い夫婦が、小さな本屋を営んでいました。
しかしこの村では、本の需要などないに等しく、本を読むことに楽しさや利益を見出せない人間が殆どでした。
そのため、夫婦はこの店を畳み、もっと人の多い町に引っ越すことを決めていたのです。今日はこの村で店を開く最後の日でした。
店を開けてはいましたが、女性は既に本の荷造りを始めていました。そこに、一人の少女が訪れたのです。
まさかお客さんが来るとは思ってもみなかったので、女性は慌てて荷造りを止め、彼女の方へと駆け寄りました。
少女は何も言わずに、一冊の本を差し出しました。彼女はそれを受け取り、首を傾げます。見覚えのない本だったからです。
彼女は自分の本屋に置いてある本を全て覚えていました。「こちらでお貸ししたものではありませんよね」と告げようとしましたが、それより先に少女が口を開きました。
「この本を、受け取って」
「……寄付してくださるんですか?」
「私が書いたの」
女性は驚きました。帽子を深く被った少女の背丈は、14歳か15歳くらいのものでした。小さな口から紡がれるソプラノも、子供っぽい高さと独特の揺らぎを持っていました。
そんな少女の書いた本。……女性は興味が沸きました。
「ありがとうございます、大切にしますね」と告げて、その本を受け取りました。
少女は帽子の下で僅かに微笑み、深く頭を下げてから店を出ていきました。女性は好奇心のままに、勢いよくその本を開きました。
少女のものとは思えない、整い過ぎた字で、物語が書かれていました。そして女性はその本の中の世界に夢中になるあまり、荷造りのことを忘れてしまっていたのです。
本を読み終えた頃には、もう夜が更けていました。
けれど、彼女は夫と協力して、なんとか翌日の朝までに荷造りを間に合わせました。若い夫婦は村の皆に挨拶をしてから、遠くにある都会の町へと旅立ちました。
引っ越す際、夫婦は本の大半を、村に残していきました。村で唯一、生物や物理の本を好んで読む医師がいたのです。
しかし、町に着いて荷解きをする際に、彼女は、あの少女がくれた物語が、持って来た本の中にないことに気付きました。
寄付した本の中に紛れ込んでしまったのだろう、そう思いました。けれど女性があの村に戻ることは、もう二度とありませんでした。
あの本を他の誰かが読んでくれることを、彼女は心から願っていたのです。きっとあの本を手に取り、本の面白さに気付いてくれる人が現れる。そう信じていました。
何故なら、彼女もまた、あの本の中の物語に焦がれていたからです。
そうして傍観者であることを貫いた女性は、今日も新しい本を手に取り微笑むのです。
(3) 魔法使いの場合
愛を知らない青年に、魔法をかけた。誰かを愛する心を知り、愛されているのだと気付くことができますようにと魔法をかけた。
けれども私の魔法は、呪いとなってその城を覆いつくしてしまった。
誰かを愛し愛されるまで、この魔法は解けない。
あまりにも大きすぎる罰を科してしまった。こうして私は、この世界でも罪を犯した。
その罪を償うかのように、私はその城での出来事を見守り続けた。
自らの姿に絶望する青年や、空腹になることも眠くなることもなくなってしまった身体を恐れる使用人、何とかして呪いを解こうと試行錯誤する二人の男。
そんな彼等を、私はいつも見ていた。
そうして、彼等の時間をいつものように、本の上に落としていった。
「昔から、物語を書くことが大好きだったの」
けれど、誰も青年の心を開くことができないままに、数年が経ってしまった。
……やがて私は、彼等が辿り着く筈のハッピーエンドを思い浮かべるようになった。
城に迷い込んだ少女と、あの青年が心を通わせて、真実の愛を見つける、そんなお話。
きっとそうなる筈だからと、私は自分の中で思い描いていた理想の未来を紙に書いた。彼等が人ならざる姿をしていることは伏せて、私は私の空想を書き記し続けた。
やがてその物語は1冊の本になった。
それから更に数年の月日が流れた。あの城で起こる理想の未来を詰め込んだ本は、もう私の手元にはなくなっていた。
本は誰かに読まれるものだ。私が抱え込んでいても仕方ない。
私は魔法使いだから、その本が誰に読まれているかを知っていた。海のような目をした、長い髪の女の子だった。
彼女がその本の中の世界に憧れていることも、その本の中の青年に会いたいと思っていることも解っていた。
この子はきっと、私の物語に辿り着く。
私の予想は正しかった。強くて優しい彼女は、いなくなった親友を探してあの城へと迷い込んだ。
私は、これからあの城で起こることを、ひとつ残らず書き記したかった。
私が書いたあの「夢物語」が、一人の少女によって現実のものとなっていく様子を最も近くで見届けたかった。
だから私は、私が記録していた物語の本に自我を溶かして、あの城の中に紛れ込むことにした。
そうして、この本が出来上がった。
私が書いた夢物語を読んでくれていたあの少女は、この城の呪いを解き、その夢物語と現実を重ねてくれた。
本が大好きな彼女に何かお礼をしたくて、私はその本を、今までの物語の記録を、彼女が読めるように翻訳してこの場所に残しておくことにした。
「言葉」には、「魔法」がかかっている。
彼女の言葉は、彼女の魔法は彼に届いた。彼女の魔法が呪いを解いた。彼女が夢見ていた本の中の世界は、彼女の手の中にあった。
これが、今回の物語。ただそれだけの、夢のようなお話。
この物語に満足した私は、別の本を書くためにこの世界から離れることにした。
けれど、彼女たちとはまた会える。何故なら本はそうしたものだから。数多ある本を手に取り、ページを捲ればいつでも、彼等に会うことができるから。
だから私は、ここで、
「何度でも、貴方を待っているよ」
2015.5.30
" Thank you for reading their story ! "