ものすごいふんわりした何か

「ボクは、木ではなくクリスタルで出来た人形を見たことがあるんだよ。その人形は本当に滑らかに動くんだ」
「そりゃあそうでしょう、だって有機物じゃないもの。そこに命の残滓による抵抗が働かない以上、ただ平坦な秩序をもって操り手に従う才覚というのは、そうした無機物の方が余程あるでしょうよ」
「鉱物は無機物だろうか? ボクにはそうは思えなかった。いやもっと言うならば、あれを鉱物と解釈すること自体がボクの驕りであるのかもしれない。あれはもっと別の、そう、概念のような」
「それの正体が何であったとしても、そんなものは紛い物よ。生きているように動いたとしても、その中に命なんてありはしないじゃないの。あるように見せているだけだわ。無機物ってほら、そういうことが本当にお上手よ。私、知っているの」
「いや違う。違うんだよアイさん。ボクが見たのはそんなものじゃない。あの人形は……」

「いや、ボクがそのように形容するのはおこがましいかな」
「何、その人形を偶像にでもするおつもり? まさか、神様なんかと錯覚したとでも?」
「どうだろうね。神様に恋をするほどの驕りを抱えているという自覚はなかったのだけれど」
「……こ、い」

「あの方は神様だ。ボク以外のために存在する神様だ。それをボクが勝手に崇めているだけだ。その不実で不完全で不思議な在り方を、ただ尊いものだと思っているだけなんだよ。これは信仰だ。ボクの全てよりもずっと重いであろう代償を支払って、ボクが一生掛かっても辿り着けないところへ上り詰めたしまった、かつてのボクを知る存在への、信仰だ」

「……ねえイツキさん。貴方は私と、結婚しようとしているのよね?」
「ああそうだよ。それが何か?」
「でも恋をしている、私以外の人に」
「ボクの恋は叶わぬものだ。信仰は遠くに在るべきで、叶わないことこそが正しいんだ。何せ相手が神なのだからね。君だってそうだろう」
「私の好きな人は神様じゃないわ」
「でもボクでもない、そうだよね? だから『契約』でいいのさ。君を少しでも生きやすくするための、そしてボクが少しでも楽になるための、結婚という形の契約」

「ねえ、ボク等、仲良くなれるといいね」
「……」
「いつか、この傷を舐め合う行為を愛しいと思える日が来るかもしれないだろう」
「きっと来るわ。貴方はとても素敵で優しい人だから」
「君だって負けていないさ。君に好かれた相手はさぞ幸せだっただろうね」
「貴方だって! 貴方の想いだってきっと、その神様を幸せにしていたわ」
「……ありがとう。そうであったなら、嬉しいね」

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