22

私が彼から目を逸らすことを彼は許さなかった。それは彼らしくない行動で、私は何故かとても恐ろしくなった。

「先ず、俺には霊感がない。コトネが見えているものを俺は見ることが出来ない。お前の親友も、Kも、俺は見たことがない。」

彼は淡々とその言葉を紡いだ。銀色の目が私をその場に縫い付けていた。私は微動だにすることが出来なかった。
ほら、シルバーにはあの子は見えていなかったのだ。私の予測は確信に変わり、益々私は彼に対する拒絶の色を深くした。
しかし彼から目を逸らすことはどうしても許されなかった。私を騙し続けてきた筈の彼が、とても真摯な表情で私に語りかけていたからだ。

「だが、俺はお前を騙したつもりは一度もない。」

「嘘。」

「嘘じゃない。俺にはゴーストは見えないが、それでもあいつらはいるんだろう。お前の、友達だったんだろう。」

彼がそう断定する理由を、私はどうしても見つけることが出来なかった。
だって、彼には彼女達が見えてはいないのに。見えないものをどうやって存在させることが出来るというのだろう。
全てのことが見え過ぎていた私が、そのことに辿り着くことなど出来そうになかった。

「違う、あんな人達、友達なんかじゃない。私はずっと騙されていたのよ。あの子に、Kに、シルバーにも。」

「……俺がお前を騙したのだとすれば、コトネに「お前の友達はゴーストだよな。」という確認を怠ったことがそれにあたるのかもしれないな。
確かに俺は、その質問をしたことがない。その点では俺はお前を騙していたのかもしれない。」

違う、そういうことではないのだ。私は激しく首を振った。
貴方は騙していたんでしょう。貴方も皆と同じだったんでしょう。
他の寮生やクラスメイトと同じように、何もないところに向かって話し掛けたり笑ったりする私を見て、陰で笑っていたんでしょう。

私があの日に受けたショックは、それまで彼が積み上げてきてくれたものをいとも容易く崩してしまったのだ。
こんなにも優しい人のことを、私はまた信じられなくなってしまっていた。

「他の人間がどう思っているのかについて、俺は何も言えないが、俺は俺のことなら隠さずに言える。
俺には確かにゴーストは見えないが、ゴーストが見えるお前のことを変だと思ったことは一度もない。ゴーストの友達がいるお前を陰で笑ったこともない。
寧ろ「いいのか、あいつはゴーストだぞ。」と確認を取ることが、コトネコトネの親友への冒涜になると思っていたんだ。
お前が大事にしている親友のことを、俺が傷付ける訳にはいかないと思っていた。だから言わなかったんだ。」

「そんなの、おかしいじゃない。どうして変だと思わないの?見えないのに。」

「……前にも言ったことがあると思うが、もう一度言うぞ。」

そして彼は、全てが見える筈の私が見つけられずにいたその答えを、さも当然のように差し出すのだ。

「見えなきゃいけないのか?」

だって、だって嫌われたくない。
そうでしょう。皆に見えないってそういうことでしょう。
誰がそんな人間と一緒にいたいと思うの?誰がこんなおかしな子に話し掛けてくれるというの?どうして私がまた一人にならないと保障出来るの?

つまり私は見えていなければいけなかったのだ。だってそうでなければ皆に知覚して貰えない。
私がゴーストと話をしていたとして、それは第三者から見れば「何もないところに向かって話しているおかしな人間」としか映らない筈で、
事実として、あの子に出会う前の私は、そんな風な見られ方をしていたがために友達を作れずにいたのだ。
だから私はそれを懸命に隠さなければいけないのではなかったか。一人にならないために、普通の子で居続けなければいけないのではなかったか。
だって一人は寂しい。

「どうして?」

私は震える声でそう尋ねた。彼の姿がぐらりと揺れていた。

「どうしてシルバーは、見えないものを信じられるの?」

私にはどうしても解らなかった。私には見えないものがないからだ。
人より恵まれ過ぎた私の霊感は、私から正常な感覚を奪い去ってしまったとでもいうのだろうか。
それとも霊感が皆無であるシルバーが、そうした見えないものに対する許容を深めた珍しい存在だということなのだろうか。
解らないことが多過ぎる中で、しかし私達の世界が長らく共有されていなかったという事実だけは変わらずそこにあった。
彼は共有していた振りをしてくれていた。しかし私は振りでは嫌だ。だって一人は、寂しい。

「何を言っているんだ。」

そんな彼は、肩を竦めて呆れたように笑ってみせた。
手が私の目元に伸ばされた。今にも溢れ出しそうな視界の膜をそっと拭ってくれた。


「見えないものでもちゃんとそこにあるって、コトネが教えてくれたんじゃないか。」


私は沈黙した。ぎこちなく瞬きを繰り返し、頬をそのまま伝う筈だったものが、彼の指にそっと拭われていくのを感じていた。
言葉が出なかった。その、根拠とするにはあまりにも尊いその答えを支えるのが私であるという、その事実が未だに信じられなかったのだ。
私が、教えた。それを頭の中で反芻し、しかしどうしても受け入れることが出来ない。

「見えないものは一般的に信じられないのかもしれないが、俺はコトネのことなら信じられるからな。」

「……どうして、」

「お前を見ていたからだ。」

その言葉の証明は、彼と過ごしたこの1年が果たしてくれた。
そうだ、彼はいつだって傍にいてくれたのではなかったか。見えないものを親友と呼び、見えないものの話をする私の隣にいてくれたのではなかったか。
おかしな子だと笑われている私の傍を、いつも一人だった私の傍を、それでも選んでくれたのではなかったか。

彼は私が優秀な生徒だから、目の敵にしているのだと思っていた。私は彼のライバルで、それ以上にも以下にもなり得ない筈だった。
しかし、それならあのパーティでの夜のことはどう説明を付ければいいのだろう。
ワカバタウンに遊びにおいでよと言った時の、あの安心したような笑顔はどう理屈付けられるのだろう。
何より、私がこんなにも弱り果てて尚、どうして彼は私から離れようとしないのだろう。
彼はどうしてこんなにも優しいのだろう。全てが解らなかった。全てが見える筈の私は盲目だった。そのことにやっと気付けたのだ。

私のことを信じてくれる彼のことを、私はようやく信じるに至ったのだ。

コトネ、お前が自分の目に映るものを信じられなくなったのなら、それでもいい。その代わりになるものを俺が用意する。」

それは?と私は目で尋ねた。
彼は一瞬の躊躇いの後に、おどけたように肩を竦め、先程と同じ言葉を投げたのだ。

「俺じゃ不満か?」

私は首を振った。決まりだな、と彼は笑った。
ぎこちなく背中に回されたその腕に縋り付いた。止まらない涙はやはり彼が拭ってくれた。

2014.2.15

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