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クリスマスって、ただプレゼントを貰ってケーキを食べるお祭りじゃなかったのかな。
私は目の前で繰り広げられる華やかなパーティの光景が信じられずにそう呟いた。

「あら、コトネじゃない。クリスマスパーティともあろう日に一人だなんて、××やシルバーと喧嘩でもしたの?」

ふわふわと宙を漂ってきたKは、ドレスを身に纏うでもなくいつもの制服で壁と一体化している私に話し掛けた。
私はそんなKに力なく苦笑してみせる。

「そうじゃないんだけどね。」

「あ、解った。誘い忘れたんでしょう。」

このゴーストは自由奔放に生きている癖に、周りの空気を読んだり相手の事情を察したりするのが得意なのだ。
だからこそ嫌味や皮肉も鋭いのだが、この場ではそんないつもの遣り取りもありがたい。

「ねえ、私と向こうでお喋りしない?此処じゃ目立つから、廊下に出ようよ。」

「嫌よ、どうしてあんたみたいな面白くない子に付き合わなきゃいけないの。それにあたしは予定があるの、あんたと違ってね。」

…確かにKはとても美人だ。スタイルも良い。彼女より美しいゴーストを私は知らない。
ゴーストも恋愛をするのかしら。そんなことを思ったが、「誰なの?」と尋ねることも「いいなあ。」と羨むことも憚られた。彼女が本当に嬉しそうに微笑んだからだ。

ジョウトでもクリスマスは、子供達や恋人達にとって神聖なものだった。
だからホグワーツでも何かしらあることくらい察しが付いても良さそうなのに、冬休みだからといって油断していたのだ。
冬休みになっても、生徒達がさわがしい理由、そして廊下や中庭、外のあちこちで生徒同士の告白場面を目撃する理由を、私はようやく知ることが出来た。
成る程、この為だったのか。お祭りの前にはカップルの発生率が上がると聞いていたけれど、これ程とは。私は皆のしたたかさにただただ溜め息を吐くしかなかった。

このパーティはホグワーツの在校生、院生、教師、更には卒業生などが参加する一大イベントだ。
食事の際に使われる大広間は、魔法の力で何倍にも拡大されている。
立食形式の食事、演奏家達の素晴らしい音楽、そして大広間の中央で繰り広げられるダンス。そんな華やかなものの集まりだ。
…そして当たり前のことだが、ダンスは一人で行うものではない。パートナーなる人物を携えて、初めてあの輝かしい大広間の中央に向かうことが許されるのだ。
適当にこの日限りのパートナーを見繕う人もいなくはないが、このイベントを利用して意中の相手と距離を縮めることを目的としている生徒が大半を占めている。

この最高の舞台で、意中の相手とダンスを踊る。
それは女の子の憧れであると同時に、男の子にとっても、奇麗に着飾った女の子を連れ歩くことで自分のステータスを高める場にもなっている。
私も同じだ。出来ることならあの場で踊りたかった。
しかし私には恋人どころか、まともに話が出来る友達すらいない。取り残されるのは必然だった。

唯一思い当たる、というか、踊りたいと思える相手ならいたが、しかし当日になるまでこのイベントを知らなかった私には後の祭りだったらしい。
この華やかなイベントの決まり事として、「ダンスの誘いは前日までに」というものがあったからだ。
校則で決められている訳ではなかったが、当日に誘うということはつまり「その日限りのお付き合い」として申し出ているということと同義らしい。
それは困る、と私は思った。彼とはこれからも一緒にいたいと思っていたからだ。という訳で私は彼への誘いを諦めるしかなかった。
「知らなかったの」なんて言い訳をするのも恥ずかしいことのような気がした。「何所か抜けている」という評価を受けている私としてはそれも是非避けたかった。

それならせめて××と会場を見て回ろうと思っていたが、彼女は休暇中には帰省しているらしく、医務室の隣の部屋には鍵が掛かっていた。
最近はシルバーや××がいつも当たり前のように傍にいた。だから与えられた孤独を持て余してしまう。一人の時間は何度経験しても慣れない。

それでもこの場を離れる気にはなれなかった。この美しい空間は一人である私を拒まない。
そして、それは生きていない者も同様だった。この空間は何者をも拒まない。
ゴースト達までドレスに着飾り、生徒や院生、卒業生達と同じように大広間でダンスを踊っている。
Kもこの中に混ざるのだろうか。折角だから、その相手の顔を見てみたい。
しかしそう思った瞬間、彼女は空気を蹴るようにして宙を飛んで去って行った。

コトネ、良かったね。あんたもどうやら踊れそうよ。」

そんな意味深な言葉を拾うのと、後ろから駆け足で迫ってくる靴音が聞こえてくるのとが同時だった。
思わず振り返ると、そこには予想もしていなかった顔があった。

「アポロ先生、どうして?」

この先生には、呪文学の授業でお世話になっていた。厳しいカリスマ先生として畏れられているが、その授業はとても解りやすい。
そんな彼は、院生時代に私の姉であるクリスと知り合い、現在、なんと恋人同士である。
今回のパーティでも踊るつもりなのか、白いお洒落なスーツを身に纏っている。ということは、姉も白いドレスを着ているのだろう。
奇しくも同じ髪の色をした二人は、お似合いのカップルだった。

「それは私が教えてあげる。」

そう言って後ろから聞きなれた声が降ってきた。

「お姉ちゃん。」

「ふふ、コトネったら、何も用意していなかったのね。私に相談してくれれば良かったのに。」

肩を竦めて歌うように紡いだ彼女は、私の予測に違わない、白いドレスを身に纏っていた。
これでもう少しレースのボリュームがあればもう完全にウエディングドレスだ。
…まさかこの人達、結婚するつもりじゃないでしょうね。
法律的には、17歳なら確かに許されている。許されているが校則に引っかかるし、何より生徒と教師が結婚だなんて大問題だ。
そんなことを考えていると、その姉に腕を引かれた。

「さあ、着替えましょう。ドレスは用意してあるのよ。」

「え、私の?」

「そうよ。パーティに制服なんて、逆に目立ってしまうわ。」

「誰と?」

その言葉に彼女は目を見開いた。そして鈴を鳴らすようにクスクスと笑う。
アポロ先生は逆に大きな溜め息をあからさまに吐いてみせた。
私の質問は間違っているのだろうか。私は混乱する頭で色んなことを考えていた。
様々な仮説が頭の中をぐるぐると回っていたが、果たしてそうなのだろうかと考えた瞬間に胸を占めた温かい感情を、私は信じてみたいと思ったのだ。

「決まっているでしょう、シルバー君よ。」

「坊ちゃんも同じような反応をされましたがね。」

彼を坊ちゃんと呼ぶなんて、アポロ先生とシルバーとの間にはどういう関係があるのだろう。
その理由は解らなかったが、どうやら先生も共犯らしい。
彼に焚きたてられたのか、それともシルバーから先生に相談したのか。…後者はあり得ないなと思いながら、私は姉の後に付いて行った。
心臓が煩く鳴り始めていた。

2013.12.8

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