水は恋の味

※クリスマス企画

栗色の髪はサイドに纏められ、渦を巻いてふわふわと揺れていた。
淡いピンク色のドレスから覗く華奢な腕が、すっとこちらに伸ばされる。
少しだけ化粧をしたその顔に、ぱっと花が咲く。

「マツブサさん、こんばんは」

そんなクリスマスの夜、少女は彼の手を躊躇いなく取り、隣に並んだ。
ワインレッドのベストに、淡い縦ラインの入ったスーツを着ていたマツブサは、その少女のあまりの変貌ぶりに沈黙するしかなかった。

普段の彼女は、動きやすいノースリーブにショートパンツといった格好で、お気に入りの赤いバンダナをきつく結んでいた。
マグマ団のアジトでは、ソファに飛び込んだり、ころんと横になったりして、自由気ままに過ごしていた。
そうした気取らないところを、マツブサは彼女の魅力として捉えていた。彼女のそうした部分を好意的に見ていたのだ。
しかしその彼女が、まさに淑女といった美しい格好を、こうも自然に纏っている。
マツブサはそのことに驚きを隠せずにいた。それは沈黙という形で表出し、隣を歩く少女は僅かに首を傾げてみせる。

「どうしたんですか?」

「……キミは何でも着こなせるのだな」

思ったままを口に出せば、少女は肩を震わせて笑い始める。
何処に笑いの要素があったのかをマツブサが把握しかねていると、彼女は楽しそうに口を開いた。

「マツブサさんがそれを言うんですか?」

「どういうことだね?」

「だってその格好、とっても素敵ですよ。かっこいいです」

マツブサは僅かに笑みを作り、謙遜も狼狽もすることなく静かに「そうか」と相槌を打った。
少女の足取りはスキップでもしそうな程に軽く、マツブサもそれに合わせるように歩幅を大きくした。

レストランの個室を予約していたマツブサは、そこへ少女を案内する。
「広いですね」と辺りを見渡し、大きな窓に駆け寄った。
11階建ての観光ホテル、その最上階に位置するこの場所からは、ミナモの夜景と海が見渡せる。
灯台の光が真っ直ぐに、暗い海へと伸びている。少女は瞬きを忘れたかのように、じっとその光を目で追っていた。

「気に入って貰えたかな?」

「はい、とっても!」

弾かれたように振り返り、マツブサに満面の笑顔を見せる。ドレスのやわらかな裾がふわりと揺れる。
マツブサが引いた椅子に、少女は浅く腰掛けた。「ありがとう」と小さな声でお礼を言う、その声音が彼女らしくてマツブサは思わず笑ってしまう。
しかし笑っているのは少女も同じで、その華奢な肩が震えていることに気付いたマツブサは「どうしたのだね?」と尋ねていた。

「こういうレストランでの食事って、つまらないものだと思っていたんです」

「……ほう」

「少しずつ運ばれて来るお料理も、知らない人と過ごす90分も、どうしようもなく退屈だったんです」

その言葉で、お嬢様である彼女が、こうしたレストランでの食事を日常的に経験していたことを悟ったマツブサは苦笑した。
この少女の倍以上は生きているマツブサだが、こうした場の経験は、彼女の方が豊富であるらしい。
慣れない場に身を置いているのは、寧ろ自分の方だったのだ。

「でも、不思議ですね」

布製の白いナプキンを広げながら、彼女はクスリと笑ってみせる。

「今、これ以上ないくらいに緊張しています。きっとマツブサさんが隣にいるからですね」

この少女には照れや気恥ずかしさというものがないのだろうか。
真っ直ぐな剥き出しの本音を突き付けられ、マツブサは沈黙するしかなかった。
恋多きこの少女は、しかし駆け引きをすることを知らないらしい。自分の中に芽生えた感情を、そのまま抱えておくことをしない人間なのだ。

嘘が得意だという少女のことだ、これも嘘なのかもしれない。彼女らしい冗談の一つなのかもしれない。
そうした「保険」があるからこそ、マツブサは辛うじて平静を保っていられたのだ。
……もし彼女が普段から正直な人間だったなら、それらの言葉に嘘がないと確信していたなら、間違いなく狼狽していただろう。
彼女が纏った「嘘吐き」のベールは、そうした相手への配慮をも含んでいるのかもしれなかった。

ウエイターが運んでくる料理を、彼女は慣れた手つきで口へと運んでいく。
マツブサよりも余程優雅にナイフとフォークを動かし、全く音を立てずにスープを口へと運ぶ。
たまに食器の擦れる音がしたかと思えば、すぐさま小さく「ごめんなさい」と謝罪が飛んでくる。
明らかにマツブサよりも場馴れしたその対応に、マツブサの方が委縮してしまいそうになる。

「あ、」

しかしそんな彼女が、硬い野菜のパイを切り分けるのに失敗した。力を入れ過ぎたらしく、余った勢いで切り分けたパイが吹っ飛んでしまう。
マツブサの皿に飛び込んできたその欠片に、堪え切れずにマツブサは吹き出してしまう。
少女も顔を真っ赤にして笑い始めた。

「あはは、ごめんなさい。そのパイはマツブサさんが食べていいですよ」

「何を言う、私がそこまで食い意地が張っているように見えるのかね」

マツブサは自分のフォークでパイを掬い、少女の口元へと持っていった。
迷いなくそれをくわえた少女だが、それを咀嚼し、飲み込んでから顔を更に赤くする。

「……マツブサさん、恥ずかしいことをしますね」

キミがそれを言うのか、とマツブサは思う。
出会い頭に「素敵」「かっこいい」を連呼し、貴方がいるから緊張しているのだとまで紡いで笑った少女の言葉としてはあまりにも不釣り合いだと思った。
しかしそのアンバランスですら、微笑むに十分な要素を持っていたのだ。この少女は相変わらず、よく解らない。けれども、愛しい。

「仮に恥ずかしいことだったとして、此処には私とキミしかいない。誰も我々を笑いはしないさ」

「私達が笑っていますよ、マツブサさん」

「それは喜ぶに足ることだろう。構わないよ」

そう言い終えるや否や、ウエイターがドアを開けて入ってくる。食べ終えた後の皿を、器用に積み上げて去っていく。
二人はウエイターに気付かれないように、視線を合わせて僅かに笑った。

「マツブサさん」

少女は水の入ったグラスをそっと持ち上げた。

「メリークリスマス。素敵な夜ですね」

「……ああ、いい夜だ」

グラスを小さく鳴らして、微笑む。
何かを思い付いたように少女は肩を竦め、グラスの中身を指差した。

「私が大人になったら、このグラスにとっても綺麗な赤いワインを入れてください」

「赤ワインをご所望かな?」

「ええ、だってマツブサさんの色だもの」

今度こそ顔を赤くしたマツブサに、少女は楽しそうに笑った。
まだ透明なグラスの中身に口を付ける。初々しい恋の味がした。

2014.12.25
※一般的なフルコースをお喋りしながら食べるとまあ90分くらいにはなるので。

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