カスケード

※ED後。

「だからどうして貴方はそんな食べ方をするのですか!」

「何か問題がありましたか?」

「この痴れ者が!それはソースに絡めて食べるものだ!ただの小麦粉の塊を胃に収めたいのならレストランではなく市場に行け!」

「ふうん、この料理はそうやってわざわざ食べ方を指示しなければ美味しくならないような代物なんですか、解りました」

ここは戦場である。
綺麗に彩られた料理は少女によって無残にも解体され、あるものはそのまま口の中に突っ込まれ、またあるものは皿の端に押しやられ、散らかっていく。
テーブルに運ばれてきた時の鮮やかな皿の上は、まるで人身事故の現場のようになっていた。
自軍は壊滅状態、敵軍は無傷。これでは少女を満足させることなど出来やしない。
また自分の負けだ。ズミは頭を抑えて深く溜め息をついた。
唸るズミを見上げ、少女は至極楽しそうに微笑む。どうしたの、ズミさん。そんな言葉も何処か楽しそうだ。

「ズミさんが仰ったんですよ。私に美味しいと言わせてくれるって。だからこうして来てあげているのに、どうしてそんな顔をするんですか?」

「……それは本気で言っているのですか」

「だって私は痴れ者なんでしょう?ズミさんは私を頭の悪い人だと思っているんでしょう?
そんな風に思われている人間に、どうして優しくしないといけないんですか?」

ニコニコと絶やさぬ笑みの中には毒がたっぷりと詰め込まれていた。それはおおよそ14才の子供らしからぬ発言だった。
この危なっかしい子供をこのまま世間に放り出したくない。
咄嗟に沸いたそんな庇護欲から、ズミは少女を毎日のように自分のレストランに招いていた。
カロスなんてちっとも楽しくない。景色は張りぼてだし料理はぎこちないし、ポケモンだって窮屈そうに見えるもの。
美しいところだなんて嘘だわ。
ポケモンリーグでそう吐き捨てた少女をどうしても放っておけなかった。この歪な少女をどうにかしてやりたかったのだ。

しかしそんな気紛れから、彼はとんだ爆弾を引き当ててしまったらしい。
目の前の少女は性悪だ。ズミは心の中でそう断言した。
しかし彼女の世間での評価はとてもいい。今やカロスで少女の名前を知らない人間は居ない。
そのこともズミの苛立ちを煽った。今まで猫を被っていたのか。しかしそう聞くことは何故か躊躇われた。
そもそも彼にとって、自分の料理を侮辱する人間は全て「性悪」に分類されるのだ。
彼女は数多くいる痴れ者の内の1人に過ぎない筈なのに、このまま少女を帰したくなかった。
何としてでもこの少女の口から「美味しい」と聞きたかったのだ。

出した料理をフォークやスプーンでぐちゃぐちゃにし、啄ばむように少しだけ食べては「まあまあですね」と微笑むこの少女。
これ程までに自分の神経を逆撫でする人間をズミは他に知らない。

「貴方は何が好きなのですか」

「?」

「貴方は何なら美味しいと言いますか。それを私が、世界一美味しく作って差し上げると言っているのです」

すると少女は笑ってグラスを掲げた。

「私は水が好きです」

「……冗談は程々にしなさい」

「嘘じゃないですよ、ほら」

そして少女はとんでもない奇行に出る。
水の入ったグラスを頭上に掲げ、ゆっくりと傾けてみせたのだ。
これがサイキッカーなら安心して水が宙に浮くところを見ていられたのだが、この少女にそんな能力があるとは思えない。
案の定、頭から水を被ったまま尚も笑う少女に、ズミは怒鳴るのも忘れて立ち尽くした。
少女は笑いながら、しかしとんでもない言葉を吐く。

「どうしたの?怒って?」

「!」

「馬鹿だって、痴れ者だって、ねえ、私を怒ってくれないんですか?」

ズミさんも、怒ってくれないんですか?

その言葉を咀嚼するより先にズミは動いていた。ポケットからハンカチを取り出して、少女の頬を拭う。
頭や髪ではなく頬に手が伸びてしまったのは、少女の目から零れるものを確かめる為だった。
泣きたいのはこちらの方だ。ズミはそんなことを思ったが、一方で少女の奇行の理由を見つけ、些か安心してもいたのだ。

この少女が自分の料理を侮辱するのは、自分に叱って欲しいからで、
カロスを救った存在として崇められている少女には、賞賛の言葉がとてつもなく窮屈で、
だからこうして足繁く自分の元へ足を運び、自分を侮辱して笑うのだと。

「この、痴れ者が!」

だから、今の少女にはその言葉が最上だと確信することができた。

「風邪を引くだろうが!」

「……あら大変。お客様に風邪を引かせてしまうとレストランの評判が落ちますね。ほらズミさん、何とかしないと」

尚も空笑いする少女の頬に手を延べた。
ぼろぼろと零れるそれを、拭うだけ無駄だと知っていながら手を延べた。
この少女が何を抱えているのかをズミは知らない。
だから彼女がいきなり泣き出したとして、水を頭から被る奇行が涙を誤魔化す為のものだと知ったとして、それが何だというのだろう?
自分はただ、少女に自分の料理を「美味しい」と言って貰いたかっただけだ。この歪な少女を1人にしたくなかっただけだ。
その思いに、嘘はない。

「貴方は、本当に厄介なお客様だ」

「……」

「どうです、頭から被った水のお味は?」

すると少女は縋るような目でこちらを見つめ、泣きそうに笑った。

「美味しいです、とても」

それは良かった、と呟いたズミの前で、少女はとうとう声を上げて泣き出した。

2013.11.13
追い詰められた精神状態はこういう形でも表出するんじゃないかと思って。

© 2024 雨袱紗