※ただひたすらにどんよりしております。
カルムは焦った。ほんの数週間顔を合わせていなかっただけなのに、彼女は恐ろしい程に変わってしまっていたからだ。
長い髪は更に伸ばされ、腰の辺りでゆらゆらと揺れている。綺麗なストロベリーブロンドは毒々しいオレンジに染められていた。
その色に何を、誰を重ねているのか、解らない程カルムは子供ではなかった。しかしそこから彼女を救えると誓える程大人でもなかった。
ミアレシティにポケモンセンターは3つあるが、彼女が専ら利用するのは小さな広場に面したこのポケモンセンターだった。
入口からはあのカフェを視界に収めることが出来る。今は無人と化したその空間に、少女は何度か足を運んでいるらしい。
いつまで経っても埃を被らないテーブルやカウンターを綺麗にしているのはおそらく彼女だろう。何がしたいのか、カルムにはどうしても解せなかったが。
「……やあ、久しぶりだね、お隣さん」
声を震わせないようにだけ気を付けながら、カルムは精一杯の笑顔を作った。
しかし彼女はカルムを冷たいグレーの目で一瞥し、何も言わずに歩き出したのだ。
「ちょっと待ってよ」
思わず腕を掴み、その細さに驚いて離してしまう。少しでも力を加えれば彼女は壊れてしまいそうだった。
彼女はぱちぱちと瞬きをしてこちらを見た。その目に嫌悪の色を読み取るのは容易かった。
どうしてこうなってしまったのだろう。カルムはぼんやりとそんなことを考えた。
実力のある彼女を敵対視した自分が悪かったのだろうか。マスタータワーで実力を認めてからでは遅すぎたのだろうか。
お隣に住むこの自慢のライバルはカルムの誇りでもあり、憧れでもあり、そんな少女に好意めいたものを寄せるのにそう時間は掛からなかった。
最初こそ会話らしい会話も出来ず、寧ろ避けられていたようにも思えたが、徐々に話が出来るようになってきた。
時折見せてくれる笑顔は本物だと信じていた。今からでも間に合うのだと信じていた。
しかしフレア団を壊滅させた直後から、再び彼女に笑顔が消えた。
一体彼女は何に苦しんでいるのだろうか。俺達はフレア団の野望を阻止した。そのことでカロスを救った。
多くの人が喜んでくれた。彼女はカロスエンブレムを手にした。何が気に入らないというんだ。それで十分じゃないか。
しかし彼女は笑わない。まるで世の中の全てのものへの興味を失ってしまったかのように、冷たい目でひたすらにカロスをぐるぐると回っている。
いや、違う。彼女が赴く場所は決まっていた。ヒャッコクの日時計、セキタイタウン、ミアレシティの無人のカフェ。
それらを目指して彼女は旅を続けていた。そんな彼女の行先を読み、足止めすることは簡単だった。
「ねえ、もう止めなよ。こんなことをしたってフラダリさんは現れないよ」
きっと今の彼女にとって一番残酷な言葉を投げる。しかし彼女は表情一つ変えなかった。
彼女の為すことはあの日からずっと宙で空回りを続けている。
全身を赤色の服や帽子で包み、誰かを彷彿とされるオレンジ色の髪を揺らしながら、彼女は何かを探している。
探す為の旅でありながら、探し出せなくてもいいと思っている。
そんな痛々しい彼女を見ているのが耐えられなかった。どうしても救い出したかった。
しかしそれはカルムの希望に終わり、それが実行に移されることは今までなかった。
「君が何か悪いことをしたのか?日向で堂々と笑っていられないようなことを、いつ君がしたっていうんだよ」
喪の作業を延々と繰り返しているようだね。
プラターヌ博士はそう言った。彼はそう知っていながら彼女を止めない。
それはボク達が介入していい次元の話ではないんだよ、と、臆病な大人はそんなことを言う。
どうしてオレよりも長く生きていながら、そんなにも頼りないことを言うのだろう。カルムにはそれが不思議でならなかった。
自分は嫌だ。こんな痛々しい大切な人間をこれ以上見ては居られない。
救いたいなら手を伸ばさなければならない。時間が解決してくれるなんて、そんなこと、ある筈がない。だって人は一人では生きてはいけないから。
それは正しい考えだった。少なくとも子供であるカルムにとってそれが最上の考えだった。
どうして無意味に重ねる時間の中に、意義を見出すことが出来るだろう。それを理解するには、カルムはあまりにも若すぎたのだ。
「……私は、」
久しぶりに聞いた彼女の声はとても小さく、風が吹けば攫われてしまいそうな危なっかしい音色だった。
「あの人を選べなかったから」
「!」
「私が悪いから」
その言葉は、カルムにとある発言を思い出させた。
『フラダリさんはフレア団を選んだ。オレ達はフレア団以外を選んだ。』
『どちらにも言い分があったのなら、歩み寄れば良かったのかな?』
あれはカルム自身が、自分の中で、フレア団というおかしな組織に理屈を当て嵌めようとして考えた言葉だった。
それがこの繊細な少女にとってどれ程の鋭い刃となり得るかなど、当時は考えもしなかった。
しかし、そうなのだろうか。彼女はずっと苦しんでいたのだろうか。自分の、他愛もない言葉のせいで。
愕然とした。足が震えそうになった。違う、と紡いだ自分の声は掠れていた。
しかし彼女は黙って首を振った。
「カルム君のせいじゃない」
その言葉は本来なら、自分を安心させ、罪悪感という名の荷物を奪い取る残酷な優しさを秘めたものである筈だった。
しかしそれとは違った色を、カルムはこの少女から感じ取っていた。
それは拒絶だった。少女の苦悩と自分の発言には何の関係もないのだとするその言葉はつまり、二人をきっぱりと断絶する言葉だったのだ。
お前のせいだと罵ってくれた方がまだ良かった。しかし彼女はそれを許さない。
「もう、放っておいて」
とうとう吐き出されたその言葉を最後に、彼女は再び歩みを進めた。
長いオレンジの髪が、儚い一歩を進める度にゆっくりと揺れる。
次はきっとセキタイタウンに行くのだろう。彼女はそこで何を思うのだろう。
そんな介入すら、たった今拒絶されたことを思い出し、カルムは引き止めることも出来ないまま、その背中を見送るしかなかった。
そんな痛々しい彼女を見ているのが耐えられなかった。どうしても救い出したかった。
しかしそれはカルムの希望に終わり、それが実行に移されることは今までなかったし、きっとこれからもないのだろう。
赤い服にオレンジの髪は、否応が無しに誰かを思い出させる。
ああ、もうとっくに自分は負けていたのだ。どうして彼女を救うことなど出来ただろう。
零した涙は毒の味がした。彼が嘲笑っているような気がした。
2013.11.27
(彼女を救う役目はどうしても大人でなければいけないと思った、その理由をこんなところで吐き出してみました。)
(ネキュイア……死者を呼び起こす古代ギリシアの降霊術)