Afterword

トウコとNの「逃れられない絲の話」これにて完結です。お付き合いくださった皆さん、本当にありがとうございました。
全11話、約5万字の中編ですが、実際はもっと書いていたような、そんな気がします。
特に後半のあれこれに関しては幾度か書き直しを行ったので、予定よりもかなり時間が掛かってしまいました。

さて、いつものように長いあとがきを書かせて頂きます。当然のようにネタバレがありますので未読の方は間違って読み進めないようご注意ください。


1、各話のタイトルについて
本編では「黒い糸」と「白い糸」の存在を何度も示しています。
勿論、彼女や彼の目に物理的な糸が見えている訳ではなく、それらは二人を「英雄」に縛り付ける何もかもの象徴として盛り込んでいます。
そうした何もかもに吊り下げられた(本編の言葉を借りるなら「恐怖の奴隷」となった)彼等を今回、「マリオネット」というなかなかに過激な単語で表現させて頂きました。

糸に吊るされた二人の「演劇」として、各サブタイトルでは実在する演目にちなんだあれこれを導入してみました。
その演目の中に登場するこの役とこの役を彼等は演じたよ、ということを各話のラスト一行でこっそりと解説してあります。
以下、各話で参考にした演目とその配役をまとめたものです。

1-狂言に溶けた騎士(「ドン・キホーテ」より、お伽話の中に身を投じた老人と、その狂気の中に生きる姫)
2-前歯を欠く胡桃(「くるみ割り人形」より、人形の歯が欠けてしまう程に硬かった、鉄のような胡桃と、壊れた人形をバツの悪そうに見遣る少年)
3-目を抉らないで(「シンデレラ」より、姫の幸せを妬んだ継母と、その目を突き抉り取った、姫のトモダチである小鳥)
4-女王を射る雷鳴(「魔笛」より、轟く雷と、それに射殺された夜の女王)
5-貴方の死体は美しい(「ハムレット」より、川を流れる愛しい女性と、彼女が既に亡くなっていることをどうしても認めたくない男)
6-その毒は嘘(「ロミオとジュリエット」より、偽物の毒を飲んで死んだふりをした少女と、その嘘を信じて本物の毒を飲み下した青年)
7-赤い椿の遺書(「椿姫」より、最後の日記を書く女性と彼女の細い指に握られた万年筆)
8-私を飲んでください(「不思議の国のアリス」より、可愛らしい小瓶と、その傍らにあるメモを手に取り読む女の子)
9-湖上の白い三日月(「白鳥の湖」より、湖に落とされた三日月型の白い羽と、それを拾い上げる男)
10-君と死んでも踊ろう(「ジゼル」より、最愛の人の墓を訪れた青年と、彼の手を取り軽やかなステップを踏む、か弱く美しい幽霊の少女)
11-もう指は燃えない(「ピノキオ」より、人になることの叶った少年と、彼を祝福する総て)

目次の「二人だけの演劇をお楽しみください」は、こういうことでした。
本当は「蝶々夫人」「リア王」「コッペリア」あたりも入れたかったのですが、上手くストーリーに絡ませることができなかったのですよね……残念!
各話においてどちらがどちらなのかという点については、皆さんのご想像に委ねさせて頂こうと思います。


2、副題「逃れられない絲の話」について
トウコはまだ子供でした。だからこそ、イッシュの狡い大人から逃げれば、彼等の敷いたレールから外れた行動を二人で取りさえすれば、
その先にそうした、自分たちの背負うべき何もかもの存在しない、自由な世界があると信じて疑っていません。
けれどそうではなかった。何処に行こうとそうした「狡猾さ」や「嘘」の世界から逃れることなどできませんでした。全ての糸を切ることなど不可能でした。
その残酷な理を、トウコはNとの対話の中で、誰に教わる訳でもなく彼女自身で理解していきます。
私達はそうした世界に生きているのだと、何処に行っても空が人の頭上に在るように、私達は空から垂れるこの糸から逃れることができないのだと、受け入れていきます。

ところで今回の連載、私のサイトで沢山のお話をお読みくださっている方ほど、「あれ?読みにくい……」となってしまわれたかもしれません。
でもこの「よくわからない」感じというのは実は意図的なものでした。
絡まる絲の厄介な雰囲気、その糸から逃れようとしてもがけばもがく程に絡め取られていく様子、それを文体にも織り込みたいと画策した結果、こうなりました。

……しかしどうにもこの「解りにくさ」にはエンターテイメント性がないというか、ただただ混沌を押し付けた、悉く読みにくいだけのものになってしまったような気がします。
これは明らかに私の修行不足であり、「読みにくい」と感じた皆さんに非は全くありません。苦労をお掛けしたこと、心よりお詫び申し上げます。
しかし愚かな私はまだ懲りていないので、今後少しばかり文体を変えた連載にも取り組んでいきたいなあ……と意欲だけは一人前にふよふよと泳いでおります……。
のんびりと見守って頂ければ幸いです。


3、Nとトウコの連載「モノクロステップ」との比較について
実は執筆当初、この「糸」に吊り下げられているのはトウコだけであるつもりでした。
Nは完全に「救う側」としての立場で書き、強気で強がりな彼女が、自然体を貫く彼の堂々とした姿と、その飾らない真っ直ぐな言葉に「救われる」という物語……を綴る筈でした。

けれどやはり、無理がありました。この二人は原作のストーリーも相まって、どう足掻いても「一方向」の形では有り得ないようです。
彼等は互いが互いの片割れとしてそこに在ってこそ、理想を掲げ、真実を手にすることが叶うのだと、それ以外の道はどう足掻いてもあり得ないのだと、
何度か修正を施しながら、どう書くのが「彼等らしい」だろうかと何度か悩んだ結果、そう確信するに至りました。
最終的にこの二人も、モノクロステップの二人と似たような形を取っています。

けれど決定的な違いというのは確かにあって、それは彼女が「正直に生きられたか否か」と「世界を閉じたか否か」の二点に尽きるのだと思います。

マリオネットでの彼女は少しばかり臆病です。
彼女はアデクさんから託されたダークストーンを「嫌です」と拒むことができていません。
一方のモノクロステップ、トウコ編の夏11話ですが、こちらの彼女はダークストーンの受理を拒んでいます。
どのみち押し付けられているのですが、ここで拒否の姿勢を示せるか否かという点が先ず大きな違いです。

モノクロステップのトウコはここでの「嫌です」において、イッシュへの狡い大人への嫌悪とか憤怒とか、そうした類のあれこれを吐き出すに至ったのですが、
マリオネットの彼女は少しばかり臆病であるが故にそうした全てを押し留めています。
押し留めた感情は確かな質量となり、彼女の足取りを重くさせ、呼吸さえも困難にしました。あのまま、10番道路から更に歩き続けることは不可能でした。
だからこそ彼女はNの名前を呼び、そして現れた彼に縋ったのだと、そうして彼等の「逃飛行」は始まったのだと、そういった分岐の仕方をさせて頂きました。

けれどここで彼女が臆病であったことは結果的に、この11話に渡るNとの遣り取りを経て彼女を、モノクロステップのトウコよりもずっと勇敢にしました。

トウコは本来、正直な子です。嘘を吐くこと自体は、Nと同じように……とまでは言わずともそれなりに嫌いでした。
だからこそ、英雄という肩書きを背負った振りをすることができない。英雄になどなりたくないにもかかわらず、そのように生きることを強いるイッシュが許せない。
そうして「自らが正直に生きることの叶う場所だけに留まり、世界を閉じた」のがモノクロステップの彼女です。

マリオネットの彼女も同様に正直です。嘘を吐くことが嫌いですし、嘘や狡猾さの蔓延るイッシュという土地も嫌っています。
自身の正直な思いに従うならば、彼女も英雄という肩書きを捨てるべきだったのでしょう。あるいはそんなものを背負わなくてもいい世界に閉じこもって然るべきだったのでしょう。
けれど彼女はそうせず、代わりに「嘘を巧みに使うことで本当に大切なものだけを守り抜く」という、世界を閉ざした彼女よりもずっと勇敢な決断を下すに至りました。
そうして嘘を振りかざした彼女は、これまで重過ぎて抱えることのできなかった、イッシュに生きる大人達の願い全てを抱えて軽やかに走ることができるようになります。
そうして「上手に嘘を吐くことで大切なものを守り、世界を拓いた」のが今回の、マリオネットの彼女です。

臆病であったことが、この少女に勇気を与えました。正直であったことが、転じて自らの信念に基づき嘘を貫くという決意の礎となりました。
勇気を正しく振り絞るために、必ずしも最初から勇敢である必要はないのです。狡い世界で生きるために、ずっと正直で誠実な自分を貫く必要もないのです。
これはそういう話です。
だって人は変わっていくのですから。私達は変わることのできる世界にいるのですから。
勿論、そのきっかけを与えたのは、彼女が自らの片割れと称せる程に大切に想っていた「彼」であったのですが、……これは言うまでもないことでしたね。


最後に感謝の言葉を。
私の中でBWの世界から広げる物語は「モノクロステップ」のみで数年間、ずっと止まっていました。新しい連載を書く予定は、お恥ずかしながら皆無だったのです。
そんな私に「Nとトウコ」の話をもう一度書くという新しい機会を下さったポプリさんに、今一度、心からの感謝を此処で述べさせて頂きます。
また、応援のお言葉を掛けてくださったまるめるさん、素敵な本をご紹介してくださった里見家さん、
そして11話、5万字に渡る二人の物語にお付き合い頂けただけでなく、こんな長すぎるあとがきにまでお付き合いくださった皆さん、本当にありがとうございました!
これからも皆さんの娯楽の一助となれますよう、精進して参ります。


2016.4.10

I’m looking forward to seeing you in the next world !

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