それから少女はポケモンセンターに行き、預けていたポケモン達と再会した。
ごめんなさいと繰り返す彼女に、ポケモン達の方が狼狽えていたのが印象的だった。
いいポケモン達だね、と紡いだ彼に、少女は照れたように微笑んだ。
彼等と少女との間にある絆は一目瞭然だった。少女はやはりポケモンが好きなのだろう。
研究所に戻った少女は数少ない荷物を纏め、簡単に掃除を済ませた。
お世話になった職員や、ジーナやデクシオ、そして勿論にも、何度も何度もお礼を言った。
「プラターヌ博士、寂しいんでしょう?」と笑ったデクシオに、「勿論だよ」と彼が返すものだから、少女は次の言葉を見つけられずにただ赤面した。
次はレンリタウンで会おうと言って笑った彼の言葉の意味を理解するのは次の日のことだった。
少女の圧勝に終わったバトルに彼は苦笑した。
「ボクの宝物が隠してあるんだ」と言い残して彼はその場を後にした。
少女がそれを見つけたのか、見つけられなかったのかを知る術はない。
*
「君が連れて行ってくれなかったから、フラべべが拗ねているよ」
「でも、プラターヌ博士の為に捕まえたポケモンですよね?」
「ああ、そうか。一応はボクがトレーナーということになっているんだね」
久し振りに研究所を訪れた少女を、博士を含めた職員、そしてジーナやデクシオは歓迎した。
あれから数日しか経っていないが、その間に少女が成し遂げた偉業の数は甚だしい。
あっという間に8つ目のバッジを手にし、ポケモンリーグに向かい、初挑戦にして初のチャンピオン撃破を果たした。
それからミアレでパレードが行われ、少女はカロスエンブレムを手にした。
今もそれは少女の鞄にひっそりと付けられている。
しかしポケモン図鑑の完成度は低いようで、これからは図鑑を完成させる為にもう一度カロスを巡りますと少女は説明した。
捕まえた数、11。凄まじい値にジーナやデクシオも苦笑した。
彼女が辿った旅路に、ポケモンを捕まえる余裕などなかったことは彼等も知っていたが、それを茶化すことの出来る程には、あれから長い時間が経っていたのだ。
もう、あの戦いは過去のものになりつつあった。
しかし少女は忘れていない。忘れる訳にはいかない。
「シェリー、図鑑完成の旅をする前に、何か大事なことを忘れていないかい?」
傍を漂っていたフラべべが、少女の額に頭突きをした。
そうだった、この子の花がある場所に連れて行ってくれる約束をしていたのだ。
その小さな花を肩に乗せて少女は尋ねる。
「プラターヌ博士も、来てくれますよね」
勿論、と紡ぐつもりだった、その言葉が行き場を無くす。フラべべが面白くなさそうに彼を見上げたからだ。
博士、嫌われていますよ、とデクシオが呟く。
少女は苦笑し、その小さな身体に話し掛けた。
「フラべべ、彼は私の大切な人です」
「!」
「一緒に行ってもいいですか?」
フラべべは一瞬の沈黙の後にこくりと頷く。
少女はその答えにほっとしたように微笑んだが、今度は彼がその場に硬直してしまった。
ジーナとデクシオが顔を見合わせて笑う。
ほら博士、しっかりして下さいと発破をかけたデクシオは、二人の背中を押して研究所から外に送り出した。
*
クロッカスは寒い地方に咲く花だ。しかし雪の降りしきる中で芽吹く程強靭ではない。
必然的に場所はレンリタウンに絞られた。
ふわふわと漂うフラべべの先導により、二人は小さな駅のあるこの町へと再び訪れることになる。
フラべべについて行く少女を呼び止め、彼は駅への階段を登った。
この町に来ると、どうしても此処を訪れずにはいられない。今でも消されず残っているその落書きは彼の宝物だった。
更に言えば、あの時の「宝物」の答え合わせを少女にしてあげようと思ったのだ。
少し恥ずかしい気持ちはあったが、彼女が相手ならそれでも構わないと思えた。
『これを読んでいる君へ
今どんな風になっていますか?なりたい自分になっていますか?そもそもなりたい自分ってどんな自分ですか?
わからないけど、楽しく生きている、そう胸を張って言えるような毎日だと素晴らしいよね。
未来のプラターヌへ
未来を夢見るプラターヌより』
「……」
その、隣。
幾分かの空白を取って、彼のものよりもかなり小さな字で、それは書かれていた。
まだぎこちなさの残るその字には見覚えがあった。彼は言葉を失った。
『これを読んでいる貴方へ
今、幸せですか?自分のことが好きですか?旅を愛していますか?
私に大切なことを教えてくれた、大切な人のことを、覚えていますか?
未来のシェリーへ
未来を選んだシェリーより』
横から伸びてきた手がその文字を塞いだ。
顔を真っ赤にした少女が小さく「今見なくてもいいじゃないですか」と呟く。
研究所での「大切な人」は当たり前のようにその口から零れ出たのに、こちらはどうにも恥ずかしいらしい。
彼は笑いながら少女の頭を撫でた。
フラべべが服の裾を引っ張る。花弁で指した先には白い花畑が広がっている。
ここが君の故郷なんだね、と少女は囁く。彼は少女の手を引いた。
2013.10.30
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