Crazy Cold Case


Case4:テンサイの砂糖は仄辛い

Case4:ビート
また負けた! 忌々しい!
ビートは心の中でそう悪態を吐く。決して声に出したりはしない。
フェアリータイプのジムを不本意ながらも背負っている身として、不相応かつ下品な振る舞いを表舞台で出す訳にはいかないと心得ているのだ。

「ねえ、黙らなくてもいいんだよ。そんな顔をしていては、品の良い君の静寂が台無しだもの」

けれども控室で対戦相手であったビートを待っていた、その憎きライバルは、
冷たいベンチにひどく優雅に腰掛けて、苦笑しながらそんなことを告げて、ビートの気品を披露する機会を呆気なく奪っていく。

ならば好きにしてやろうではないかと開き直り、ビートは淀んだ目でユウリを睨み付け、ずかずかと大幅で歩み寄る。
そうすれば、ユウリは嬉しそうにしてベンチの隣を手で示し、ビートに並んで座ることを無言の内に促してくる。
どっかりと申し訳程度の男らしさを示すように乱暴な座り方をすれば、そんな些末なことを喜ぶように少女は笑う。

現在、反対ブロックでの第二試合、カブとサイトウの試合が行われているため、控室には無口なリーグスタッフの他には彼女しかビートを見ていない。
そしてその彼女に「見抜かれている」のであるならば、ビートにはもう気を張る理由などあるはずもなかった。

「フェアリータイプを専門とする僕のポケモンをあろうことかゴーストタイプの技で圧倒していくなんて品位に欠けているんじゃないですかね」
「いくら僕の連れているポケモン達が、相棒を筆頭にエスパー複合だからってやり過ぎですよ。もう少し挑戦者の専門性に配慮した試合をしてほしいものですね」
「あとデスバーンが「じしん」しか技を見せていないのも不気味で気に入らないんですよ。まあ、いつか僕のブリムオンが残りの手札を全て暴いた上で圧倒するつもりですけれど!」

丁寧な言葉は、幼少期の彼を引き取ったローズ、および現在の彼の師匠であるポプラの影響であろう。
けれどもその内容は負けず嫌いな彼らしく、鋭く尖った槍の形をしていて、それは苦笑するユウリの鼓膜に次々と突き刺さっていった。
勿論、そんなビートの言葉を大人しく笑って聞いているだけのユウリではない。彼女も彼女らしい言葉で負けじと言い返している。

「毒や鋼タイプの技を使いこなせる子がいなかったんだ。だから別の隙を見つけて切り込むしかなかったんだよ。頭脳戦と呼んでくれないかな」
「配慮することは勿論できるさ。ただ、ハンデのある試合で私に勝利できて、それで君が満足できるとは思えないのだけれど?」
「さあ、どうだろう、彼はどんな秘密を抱えているのだろうね。ゴーストタイプだから戦い方の幅はかなり広いよ。君は全てを明かすことができるかな?」

こうした試合後の反省会、もとい、トレーナーによる八つ当たりと挑発の応酬はこの二人の間では最早恒例となっていた。
ビートは敗北の悔しさを、その相手である彼女に好きなだけぶつけることが許されている、というこの状況を最大限に利用しており、
ユウリもまた、飛んでくるその鋭い言葉に対して、あしらったり切り替えしたり受け止めたりすることをそれなりに楽しんでいた。

「君は強くなったね」

「皮肉ですか? それとも子供扱い? 僕と貴方は歳もそう変わりないでしょうに」

ビートはこの忌々しいトレーナーに一度も勝ったことがない。
故に彼女を「ライバル」とするのは如何なものかという気持ちもなくはなかったが、彼女はチャンピオンとなってからも親し気にビートを呼ぶ。
そうして、敗北した彼の八つ当たりを全て受け止め、この時間が、彼が更に成長するための踏み台となることを喜んでいるように見える。
そのような受け入れられ方をしたことがなかったビートにとって、このユウリという少女の時間は、それなりに手放し難いものであった。
そこら辺の下らないトレーナーに負けるようなことがあったら絶対に許しませんからね、という、そうした激情を抱ける程度には、ビートは彼女を認めていた。許していたのだ。

「そうだとも、変わらなかったはずなのだけれどね。出会った頃、君と私は同じところにいたというのに、あれから君は私を置いてどんどん立派になっていくじゃないか。
君はもう、誰かに強く依存しなくても生きていかれるよね。君はもう、危ういもの、変わりゆく他者というものを拠り所としなくても力強く立っていられるのだよね」

「どうしたんです急に。……まさかとは思いますが、貴方、怖くなったのですか。それだけの強さを持ちながら、チャンピオンとして力を示すことを不安に思っているとでも?」

「そうだと言ったら、君は私を軽蔑してくれるのかな」

だから、彼女が稀に、極稀にこのような弱音めいたことを口にしたとしても、そんなことはビートを動じさせる材料になどなりはしないのだ。

ビートは彼女を認めている。いっそ無責任なまでにその強さを信じている。ポケモンバトルにおいても、その人間性においても、彼女は強靭で、揺るぎない。
そんな彼女が「揺らいでいる」のだから、それには何らかの意図があるに違いないと思っていた。
けれども、特にそうした意図も何もなく、ただ単に不安になっただけなのだという答えが返ってきたとしても、それはそれで構わなかった。

だってその時こそ僕が、この僕がようやく、彼女に一矢報いられる時が来たということなのだから。
やっと、彼女に仕返しをする機会が訪れたということなのだから!

「いいえ、軽蔑などしませんよ」

そして、この彼女には、こういう報い方がいっとう効果的なのだとビートには分かってしまっている。
こういった仕返しにこそ彼女はきっと驚き怯むのだろうと、理解できてしまっているから、ビートはもう、自らの尊敬の心地を、彼女に抱いている些末な同族意識を、隠さない。

「貴方と僕は「同じところにいた」のでしょう? ならば貴方を軽蔑することは、昔の僕の歩みを貶めることになる。僕がこれまでの生き方に後悔などしたくありません。
そしてまぁ、貴方のことも、でき得る限り良いように評価したいとは思っていますよ。
ですから、軽蔑などという言葉は貴方に向けるには汚すぎる。貴方はもう少しお利口で、上品で、僕の称賛に値する人間だったはずです。少なくとも僕はそう記憶しています」

そうしてビートはようやく溜飲が下がる思いを得る。
これまでのやり方に後悔などしていないのだと、僕が今此処でこうして貴方にまくし立てらえているのは他の誰でもない貴方のせいであり貴方のおかげなのだと、
いつか打ち負かしてやるとして闘争心の塊を槍の形にして突き立てられる、その背中の主が貴方でよかったと心から思っているのだと、
……そうしたことを、ビートらしい言葉でこのように告げてやることで、彼はようやくすっきりするのだ。
少女の、凛々しく清々しく忌々しい笑顔以外の表情を引き出すことで、彼はいよいよ嬉しくなれてしまうのだ。

その小綺麗な冠をせいぜい大事にしていなさい。いつか、僕が直々に貴方から奪い取ってやる。

「君は本当に素敵な人になったよ。そんな君のことが眩しく、そして少し妬ましくもある。いっそ君に蔑んでもらえたなら、私ももう少し自由になれたのだけれどね」

「自由? 貴方を? そんなことさせてあげませんよ。僕のことをめちゃくちゃにしていったくせに」

ビートは彼女を認めている。いっそ無責任なまでにその強さを信じている。ポケモンバトルにおいても、その人間性においても、彼女は強靭で、揺るぎない。
そんな彼女が「揺らいでいる」のだから、それには何らかの意図があるに違いないと思っていた。
けれども、特にそうした意図も何もなく、ただ単に不安になっただけなのだという答えが返ってきたとしても、それはそれで構わなかった。

だってどのみち、ビートにできることは限られているのだから。
この、ぞっとする程に完璧な有様を見せる少女がその実「完璧でなかった」として、何かしらの不備をその精神に携えていたとして、
その欠いた部分以上の欠落を持つと自覚している自分に、その隙間を埋められる術などありはしないのだから。

「あはは、そうだったね! じゃあ私達は不自由な仲間という訳だ。君のような人がいてくれると心強いよ」

「……仲間、ですか。貴方とのバトルはそれなりに楽しいので、そう認識することで貴方が更に強くなるのであれば、まあ、好きにしたらいいんじゃないですか?」

今の自身では彼女の何にも敵うはずがないと心得ている。今の自身では彼女の何をも救うことなどできないだろうと弁えている。
だからこそ、彼女がそんな、忌々しいことではあるが現時点では格下であるはずのビートに「仲間」を求めるのであれば、それに応えるのはやぶさかではないのだ。

ビートが完全に性根を腐らせることのできない、人の良い人間であることくらい、もうこの少女は随分と前に見抜いてしまっている。
だからこそ、そういう精神的な面において意地を張る必要は全くなかった。そのままで在れた。それがよかった。ただそれだけが、ビートが彼女において好むものの全てであった。

「うん、君は何も心配ないみたいだ。これからも私を憎みながら、私の愛しい悪友でいてくれると嬉しい。いつもありがとう、ビート」

差し出された手、そこだけ見れば年相応の可愛らしい女の子であるような華奢な手を、そっと取る。そこから急に力を込めて握り、少しばかり伸ばした爪を彼女の手の甲に立てる。
彼女の「悪友」という呼称を保証するかのような、ささやかな「悪い」行為をこの身に付随させ、ビートは笑顔で「こちらこそ!」と吐き捨てる。
そうとも、こうすればこの憎き愛しき悪友は、とても嬉しそうに笑いながらこちらにも爪を立て返してくれるに違いないのだ。

2019.12.21


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