三十の詩

25:Please swear to a serenade like ja”Z"z

 砂山の近くで火を起こし、携帯食料を食べ終えた。海水と砂でべた付いた手を洗い、爪の間に挟まった砂を出すのは一苦労だったが、何とか違和感を覚えないレベルまで取り去ることができた。
 砂山での遊びに満足したのか、ロコンやペラップたちは日が完全に沈む頃には姿を消していた。「貴方もそろそろ行こうか」とZのアンノーンを捕獲した彼女は、野宿の場所としてそのアンノーンの本来の隠れ場所である廃船を選んだ。夜にはヨマワルやサマヨールが少なくない数、うろついており、決して安全とは言えない場所であるのだが、廃船の中に身を隠してしまえば問題ないだろうと判断したらしい。ウォロの方でも、この一帯に生息するポケモンであれば強襲を受けてもどうにかなりそうだと考え、廃船の中、月の光が細く差し込む場所に寝袋を置くことにしたのだった。

 月明かりの下、ウォロはメモ帳と筆を取り出して彼女に渡した。二つ並べた寝袋から上半身だけ出す形で、二人は顔を突き合わせてその紙面を覗き込む。ウォロは言葉を思い付くままに口にして、彼女はその言葉をアルファベットの形で書き記していく。

「海」
「SEAとも、OCEANとも書きますね」
「島、は?」
「えっと……ISLANDですね」

 このメモの中身も随分と充実してきた。以前に教わった「ALONE」や「TWO」のように、これまで集めた文字で表すことのできる単語もかなり増えている。このヒスイ地方に残された文字も、あとはGとIとXしか残っていない。

「過去と未来」
「過去はPAST、未来はFUTUREですね。ちなみに『今』はNOWって書きます」
「感情と知識と意思」
「EMOTIONS、KNOWLEDGE、WILL、かな? ちょっと自信がないけれど」
「時間と空間と……神」
「TIMEとSPACEとGODですね。SPACEは『宇宙』って意味でも使うんですよ」

 全て集めた時、何が起こるのだろう。文字を集める旅が始まったばかりの頃、彼女が楽しそうにそう口にしていたことをウォロはふと思い出した。文字が生む言葉、言葉が作る意味、意味を見ることのできる我々の力、そういうものを彼女は信じていた。何年先にもずっと残り続ける文字、それに託したい想いが彼女にはあったのだろうか。

『二十六種類いればきっと、どんな言葉だって作れますよね』
 彼女が作りたい「言葉」とは、どんなものだったのだろう。

「そういえば……もし元の世界に戻れなかったら、アナタ、どうするつもりです?」
「BY THE WAY, WHAT……」
「は? い、いや違います。今のはただの質問ですよ」
「え? ……ふっ、あはは! ごめんなさい!」

 単語ではなく文章をスラスラとメモ帳に書き付けていた彼女の手が止まり、笑いながら己の勘違いを謝罪してきた。ウォロが訂正しなければ先程の言葉もそのままエイゴの文章としてメモ帳に残っていたのだろうか、と考え、横槍を入れた自身の迂闊さを悔いたくなってしまう。

「その時は、ヒスイを出て何処か遠くに行こうかな。この土地で私ができることは、きっともうほとんど残っていないから」

 何となく予想できた回答だったため、ウォロは驚かなかった。ただその「戻れなかった場合の話」が、悲壮感の欠片もない、楽しそうな声音で語られていることは想定外で、ウォロに意外な驚きを……喜ぶべき驚きをもたらすものだった。

「コトブキムラの南、始まりの浜にはいろんな人が船を使ってやって来るんです。その船に乗って、この土地を離れてみるのもいいかなって」
「船でヒスイの外へ、ですか」
「ええ、知らない場所でまた一からポケモンの調査をするんです。たまにヒスイに戻って、シマボシさんや博士に外の世界の話をして、ムベさんのイモモチを食べて……」

 彼女は元の世界に戻るため全てを捨て置く覚悟さえしている。けれどもその一方で、戻れなかった場合にはそのままその全てを大事にし直すことだってできる。そういう覚悟もまた、彼女の中に既にあるのだ。そういうことが彼女の明るい横顔から読み取れたため、ウォロは隠しようもなく嬉しくなってしまった。自らの安堵と歓喜に嘘を吐くことさえ最早煩わしかったのだ。

「大丈夫。ポケモンがいてくれるなら、きっと何処に行っても寂しくありません」
「ええ、そうでしょうね」
「ウォロさんも一緒に来ませんか? きっと楽しい旅になりますよ。……あ、でもアルセウスに会うためには、ヒスイから出る訳にはいきませんよね」
「いえ……そうですね、考えておきましょう」

 彼女はその返答にぱっと顔を輝かせて、やったあ、と声を上げた。外のサマヨールたちに気付かれそうになったため、ウォロは慌てて彼女の口を手で塞いだ。眉を下げて「ごめんなさい」を表情で伝えてくる彼女に、こちらも小さな溜め息を落とすことで呆れと許しを伝えておく。彼女は再び筆を取り「約束ですよ」と囁くように笑ってから、メモ帳に本日最後のアルファベットを書き付けた。

『PROMISE』
『LET’S GO ANYWHERE TOGETHER AGAIN.』

2022.2.21
【ジャズめいた小夜曲にどうか誓ってくれ】

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