三十の詩

14:The footsteps of the gods in the s”C"herzo

 カミナギ寺院跡の近くにもアンノーンはいた。オオニューラやアヤシシたちが彼女の手となり足となり、ヒトだけでは到底辿り着けない場所に隠れた文字でも彼女は容易く見つけ出す。今回の「C」のアンノーンも、寺院跡の柱の上という、オオニューラの助けを借りなければまず見つけられないであろう場所に隠れていた。共にプレートを集めていた頃、ウォロはこの寺院跡、壊されたギラティナの像の前で彼女に自身の過去を話して聞かせたことがあったが、あの様子もこのアンノーンには見られていたのだろうか、などと少し考えてしまう。

「ギラティナは元気ですか?」
「はい、ディアルガやパルキアたちと仲良くしていますよ。たまに三匹を連れて調査に出ることもあるんです。みんな、とても頼りになるんですよ」
「フッ、あっはは! あの三体を捕まえて『仲良く』とは! アナタって本当に鈍いんですねえ!」

 片や長らく世界の裏側に追われていたギラティナと、片や「シンオウ様」などという大仰な呼称で多くの民に崇められてきたディアルガにパルキア。彼等が相容れる様などウォロには想像も付かない。仲良くしてと誰かが仲介したところで、その一帯が戦場と化すだけのようにも思える。それこそ、このカミナギ寺院跡の二の舞になるだろう。
 だが彼女があの三体を同時に繰り出し、この開けた場所に一列に並べて「ほら、仲良くしよう」と、彼等が毒気を全て抜かれてしまう程の、間の抜けた、頭の悪そうなあの顔でへらっと笑い掛けたのなら。和解なんて存外簡単なこと、いがみ合いを続けるよりもっと楽しいことをしよう、と何も知らない愚かさと残酷さを振りかざして、そのように彼等を導きでもしたのなら。

「……」

 であるならばあるいは、彼女のめでたいままごとに付き合う形で、ぎこちないながらもあの三体が少しずつ歩み寄ることもまた、不可能ではないのかもしれなかった。彼女の強さを認める形でボールに収まった彼等にとっては、彼女の言うことは絶対だ。そんな彼女の「仲良くしよう」を誠実に受け止め、そのように努力したとしても不思議ではない。

 もし、もし「あの」ポケモンが近い将来、彼女のボールの中に収まったなら。神と呼ばれしアルセウスさえも、彼女の間の抜けた笑顔の傀儡になってしまうのだろうか。

「その、怒らないで聞いてほしいんですけど、セキさんやカイさんの言う『シンオウ様』の感覚、私には最後まで分からなかったんですよね」
「ディアルガやパルキアを間近で目にしても、神の威厳めいた気迫や神々しさを何も感じなかった、と?」
「確かに凄みがあって、大迫力で、とても強くて神秘的でしたけれど……でも私にとってはディアルガもパルキアも、やっぱりポケモンでしたよ」

 今は彼女の仲間となり、放牧場でのんびり暮らしているのであろう、かつての共謀者のことをふと思う。世界の裏側から姿を現したギラティナに対しても、彼女は驚き怯みこそしたものの、決してその瞳に怯えの色を宿しはしなかった。その言葉通り、彼女にとっては皆、一律に「ポケモン」でしかないのだろう。初めてのパートナーであるミジュマルと、神話にその名を残してきた「シンオウ様」との間に、違いなどないのだ。恐ろしいことだが本当にそうなのだ、この少女にとっては。

「アナタは本当に何をも恐れないのですね。各地のキングや、ディアルガやパルキアやディアルガや、神と呼ばれしあのアルセウスさえも」

 ただ事実を音にしただけの呟きだったのだが、こちらを見上げてくる彼女の眉は申し訳なさそうに下げられている。ウォロの半ば狂気めいた信奉と執心を知っているからだろう、その心に露程も共感できないことに対して、彼女は相当の心苦しさを持っているようだった。理解を得られずただ恐れられること、異端者と見られつまはじきに遭うことについてウォロは慣れ過ぎている。故に共感してもらえないという事実から受けるダメージはほぼ皆無で、むしろその不理解について彼女が申し訳なさそうな表情をすることの方に、些か動揺してしまったのだった。

「今からの話は、その、誰にも言わないでほしいんですけど……」
「言いふらせるような相手などもうワタクシにはいませんよ。気にせず話してしまいなさい」

 そう促せば、彼女は恐る恐るといった調子で口を開いた。

「神様っていう存在を否定するつもりはないんですけど、でも神様が『ああいう存在』だってことは、あまり信じたくないんです」
「無神論者ということですか? 他の宗派を否定はしないけれど自ら信仰もしたくない、と?」
「えっと、そういう訳でもないんですけど……難しいなあ」

 へらっと笑う彼女に、信仰心なるものを見たことは確かにない。ディアルガもパルキアもギラティナも、彼女の信仰の対象にはなり得なかった。あのアルセウスをもってしても「シマボシさんや博士からのお願いの方が大事だ」として、使命の報告を先送りにしているのだから、彼女はこの世界においてどのポケモンを信仰するつもりもないのだろう。その理由について彼女は語ってくれようとしている。誰にも言わないでほしいと念置きしなければ口にさえ出せないようなその理由は、きっとこのヒスイ地方に蔓延る考え方とは根本的に相容れない、危険かつ致命的なものだ。
 その、危険かつ致命的な理由を、おそらくは彼女を最も憎んでいる人間の前で話そうとしている。そんな彼女の迂闊さを、ありありと透けて見えるその信頼を、ウォロは笑っていいのか悲しんでいいのか喜んでいいのか、自分のことながらよく分からずにいる。

2022.2.18
【諧謔曲に刻む神々の足音】

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