ギアステーションのホームで出会った白服の元プラズマ団員さんは、直ぐに数人のプラズマ団員さんと連絡を取ってくれた。
住まいを失い、駅のホームで夜を明かす人達の中から、彼は見知った顔を見つけ、次々と声を掛けた。私は彼等にミックスオレと保存食を渡し、話を聞いた。
彼等は私のことを覚えていた。シア、と名前を呼ばれることもあったし、プラズマ団を解散に追い込んだ子供、という認識をされることもあった。
けれど彼等はそんな私を追い返すことなく、話をしてくれた。私はそんな彼等に感謝の意を込めて、一言一句を聞きもらすことなく真剣に聞いた。
元プラズマ団である彼等を招き入れる企業はあまりにも少なかったという。
運よく就職が叶った場合でも、世間の「元プラズマ団」に対する風当たりはあまりにも強く、嫌がらせや冷たい視線に耐えられず、折角手に入れた職を手放した人間もいた。
「此処にいれば雨風が凌げるし、たまにお前のような物好きな人間が食べ物をくれたりもする。居心地はそれほど悪くないよ」
そんな彼等に、私は私とクリスさんが立てた理想論を語った。
プラズマ団をもう一度復活させたい。非合法な昔のやり方を捨てて、もう一度、皆がやり直せる組織を作りたい。そのために貴方達の力が必要だ。
そんな私の話を、彼等はとても驚いたような、それでいてとても愉快そうな表情で聞いていた。
「そりゃあ頼もしい話だ。しかし嬢ちゃん、お前に何ができるっていうんだい。
大人である俺達が生き抜いて来られなかった世界を、お前のような子供がどうやって変えるつもりだ」
「……勿論、私一人の力じゃ何もできません。でも、こんな私に、力を貸してくれる人がいるんです。
持っている知識も時間も、全てこの計画のために捧げてくれようとする人が、私の他にもいるんです。だから、私が諦める訳にはいかない」
13歳の夢物語は、長い時間と数多の言葉を費やしてようやく彼等に届いた。
勿論、彼等は半信半疑だったのだろう。
ポケウッドにジョインアベニュー、加えて遠くの土地の大企業をも巻き込んだ計画が始動しようとしていることに、彼等は一様に驚いていた。
そんなに上手くいく筈がないと笑っていた。それが正しい反応であることを私も知っていた。
けれど彼等はひとしきり笑った後に、協力の意を示してくれたのだ。
「いいぜ、俺達には失うものなんかもう何もないんだ。それなら、お前の戯言に付き合うのも悪くない」
「ありがとうございます！」
「だが一つ聞かせてくれ、シア。お前はどうしてそこまでするんだ？お前は俺達の居場所を作ることで、何をしようとしている？」
その言葉に、私は決まって同じ言葉を返した。
それが本当の理由ではなかったのかもしれないけれど、その真偽はどうだってよかったのだ。理由など、数多く在り過ぎて、きっと一言では言い表せなくなっていたのだから。
ただ、今の思いを正直に表すなら、きっとそうなっていたのだろう。私はどこまでも欲張りな人間だった。だからこそ、抗うことが許されたのだと信じていた。
「私のためです。私が、不条理に屈したくないんです。世界を変えられるかもしれないと思い上がっているんです。変えようと欲張っているんです。それだけですよ」
＊
翌日、私はライモンシティにある病院を訪れていた。薬品の独特の匂いと、真っ白な壁は、私を少しだけ落ち着かない気分にさせた。
受付のソファに座っていると、私の名前が呼ばれた。案内された部屋に入れば、白衣を着た男性が椅子に座って、電子カルテに何かを打ち込んでいた。
そんな彼は私の顔を見るなり小さく声を上げ、暫くの沈黙の後に、隣で待機していた看護士さんに退出するように指示した。
綺麗な長い髪の看護士さんは、私に向かって小さく会釈をした後に、部屋を出ていった。
心臓が大きな音を立てて揺れていた。彼はパソコンをスリープモードにしてから、私に椅子を勧めた。
「久し振りだね、シア。プラズマ団のメンバーから連絡があったから、そろそろ来る頃だと思っていたんだ」
「……あの時は、私のポケモンの治療までしてくださって、ありがとうございます」
私の名前を呼ぶこの人も、元プラズマ団員だ。私はこの人と戦い、連れていたロトムの体力を回復してもらったことがあった。
その時のお礼を告げて頭を下げれば、彼は穏やかに微笑んで首を振る。そして、あの時と同じ言葉を紡ぐ。
「ああ、気にしないでくれ。傷付いたポケモンに、敵も味方もないからね」
『傷付いたポケモンに、敵も味方もあるもんか！』
彼のあの時の言葉を思い出し、私も思わず笑った。
プラズマ団という組織は、その活動こそ過激で許されざるものだったけれど、その中で暮らす一人一人には確かな心が宿っていたのだ。
だからこそ、アクロマさんもこの組織を見限ることができなかったのだ。そしてそれは、この組織を新しい形で復活させたいと願う私にも言えることなのかもしれなかった。
私も、非道な悪事を働いてきた彼等の人間らしい心を目の当たりにした。あの組織が、彼等の確固たる居場所となっていることも知った。
だからこそ私は今、その居場所を奪ってしまった責任を取る為に、こうしてイッシュを走り回っているのだ。それだって、理由の一つに数えることができる大きな思いだった。
この男性は、医師免許を持っていた。ポケモンも人も診ることができる彼は、プラズマ団が解散になってからも、こうしてイッシュの病院で働くことができている。
彼はまっとうに生きるための職を手に入れていたのだ。そんな彼に、新しい居場所など必要ない。それでも私は彼の元へと訪れた。
それは他でもない、クリスさんのアドバイスがあったからだ。
『助けを必要としていない人には、逆に協力を求めなきゃいけない』
私やクリスさんが為そうとしていることは、決して小さなことではなかった。
いくら彼女が大きな力を持っているとはいえ、とてもではないが二人だけで達成できるようなものではなかったのだ。
だからこそ、私は彼に協力を求めなければならなかった。
「此処に来たのは、貴方にお話したいことがあるからです。そして、もしよければ力を貸してほしい」
そう前置きして、私は何度も話してきたのと同じ内容を彼に説明した。
何度経験しても、この、自分の計画を、理想論のように思える計画を語ることは、とても重たい緊張感を伴った。
彼は私の話を最後まで聞いてくれたけれど、やはり今までの人達と同じように、苦笑しながら首を捻った。それが当然の反応であると知っていたから、私も顔を曇らせなかった。
「君はまだ13歳だろう？ そうした起業や経営なんかのややこしいことに首を突っ込むには、あまりにも幼すぎる。
何より、君がそれをしなければいけない理由は何処にもない。……けれど、そんなことを説教するのは野暮というものだね」
「……」
「君がプラズマフリゲートに乗り込んできた時だって、君が僕等と対峙しなければならない理由なんかなかった。それでも、君は単身、僕等のところへやって来た。
君は何に対しても、迷わずに突き進むことができるんだね。自分にしかできないことか否かではなく、自分にできるか否かで事を選び、成し遂げることができる子なんだね」
自分の心の内を言い当てられてしまい、私は少しだけ当惑した。
この時のふわふわした心地は、アクロマさんに自分の心を見抜かれた時の、あの感情に似ている気がした。
自分のことを自分よりも見抜いている人がいる。自分の思いを自分よりも秩序立てた言葉で言い表してくれることがいる。その事実は私の心を温かくした。
そして、私の思いを此処まで見抜いてくれる彼は、私が立てた夢物語に、少なくとも頭ごなしに反対するようなことはしないだろうと確信できたのだ。
「君の本気はよく解った。けれど、それを支える君の意志をまだ聞いていないね。君はそこまでして何がしたいんだい？」
「……世界を変えたいんです。少しでもいい、変わらないかもしれない。それでも私は、理不尽に屈したくない」
このように答えるのも、何度目になっていたのだろう。けれど、何度問われてもこの答えだけは変わらなかった。私が、抗いたかったのだ。私が、どうしても許せなかったのだ。
この言葉を紡ぐ時の私の心はいつも凛としていて、だからこそ、私は相手の目を見てはっきりと紡ぐことができたのだ。
それは私の、心からの思いだった。
「……いいよ、君の発案に乗ろう」
「本当ですか！」
「ああ、僕もあの組織には、少なからず愛着がある。今の生活に不満はないけれど、戻れるものならもう一度、あのメンバーで働きたいと思っていたんだ」
そうして彼は椅子から立ち上がり、窓の外を見遣った。
秋の空はとても高く、千切れた雲がゆっくりと東へと飛んでいた。
「皆が、生きることに必死だった。それでいて、ポケモンのことを想っていた」
……知っている。
『此処でしか生きていけない人間もいるのよ！』
『だって此処には仲間がいたんだ』
彼等の悲痛な声を、私はとてもよく知っている。解っている。だからこそ、彼の呟きは私の心に確かな質量をもって突き刺さった。
「プラズマ団が持っていた本来の温かさを、君が奪うようなことをしない限り、僕は君の味方だ」
その言葉に私は大きく頭を下げた。
ありがとうございます、と絞り出すように紡いだ声は震えていた。彼は驚いたような表情の後で声を上げて笑った。
「ああ、なんだ。さっきの言葉は偽善でもなんでもなくて、君の本当の思いだったんだね。……まったく、なんて欲張りな子だろう！」
2015.7.26