22

イッシュから遠く離れたジョウト地方では、彼等の出頭後の様子をテレビで知ることはできない。
それは即ち、私やシアにその情報が入らないことを意味する。そのため、私は別のルートから情報を得なければならないことになった。
その手段が「国際警察のページ」であり、私は1時間ごとにそのページをパソコンでチェックしていた。

ダークトリニティとの話し合いの途中で私はパソコンを起動させ、もう一度、そのページを確認したのだ。
そこには驚くべき内容が、とても簡潔に書かれていた。

「『アクロマ、今日付けで仮保釈』……」

私は物凄い眼光でダークを睨んだが、ジュペッタのダークがすかさず「俺は知らない」と否定の言葉を返してきた。
つまりダークトリニティは、アクロマがゲーチスと共に出頭したことは知っているが、その後のゲーチスの供述については一切、把握していないということになる。
自らの忠実な配下にすら告げることをしなかったゲーチスの「意図」は容易に想像が付いた。

あいつは、歪に膨れ上がったプライドを背負っている彼は、きっと認めたくなかったのだ。
自分があんな小さな子供に絆されていること、その子供のために、自らの身を裁きの場に投じようとしていること。
だからきっと彼等にも「これから出頭する、後は好きにするといい」とだけ告げて去って行ったに違いない。
だからこそ彼等は、ゲーチスの次に仕えるべき人間として、ゲーチスが戻って来るまで待つ場所として、シアを探していたのだ。

私は勢いよく立ち上がった。直ぐにでもアクロマを迎えに行かなければと思ったのだ。
2階にいたコトネシアに「ちょっと出掛けてくるから」と告げ、Nにシアとダークトリニティを会わせておくようにと伝えた。
ボクにどうしろって言うんだい、と困ったように返したNに、「知り合いだということにしておきましょう。我々も口裏を合わせます」とダークトリニティの一人が答えてくれた。
彼女の状態を彼等も察して、自らの正体を明らかにするのはよくないと判断してくれたのだろう。私は彼等の懸命な選択に感謝した。

全ての嘘がシアを中心に回り始めていた。
彼女が全てを思い出すまでの、限定的な嘘による記憶の装飾だったけれど、もうそろそろ、それは必要ではなくなるのかもしれなかった。
何故なら今日、アクロマが彼女の元へと戻って来るのだから。彼さえいれば、全てが上手く回る筈なのだから。

「こいつを連れて行け」

アブソルを連れたダークが、古びたモンスターボールを渡してくれた。
中にはサザンドラが入っていて、それが誰のものであったかは容易に想像が付く。きっとゲーチスは彼に自分のパートナーを託したのだろう。

「ありがとう」

私はそのボールをポケットに仕舞った。こいつにはアクロマを乗せて、ジョウトへ向かってもらおう。
コトネの家を飛び出し、私はゼクロムを出してその背中に乗り、飛び立った。
イッシュ地方へと向かうその海の上で、私はここ3日間の間に起きた出来事と、その間に辿り着いた真実を頭の中で整理していた。

段々と紐解けて来たその真実に、安堵している自分がいる。
ゲーチスはやはり変わってしまったのだと、そう悪態を吐きながら笑顔になる自分がいる。

「仮釈放の金額は、どっちが用意したのかしら」

私の推測が間違っていなければ、きっとそれすらもゲーチスが用意したに違いない。地下で何年も組織のボスを務めていただけあって、それなりのお金は持っていたようだ。
そんな風に思い、ゼクロムの背中で笑いを浮かべられる程には、私は落ち着いてきていたのだろう。
アクロマが戻って来る、それが何を意味するのか、彼自身も、そしてゲーチスも知っていたのだろう。
だからこそ、ゲーチスはアクロマを庇うような供述をしたのだ。

「……」

私は少しだけ悩んだ。
彼がアクロマを庇う供述をしたということは、ゲーチスは既に知っていたのだ。
シアにとって「かけがえのない存在」に最も近い人物が誰であるのかを、自分よりもその位置に近い人物がいることを。
彼はそれを知っていた。知っていて、それでも彼女の為に出頭を決意したのだ。
自分が彼女にとって「大切な人」ではあるけれど、「何もかもを捨て置ける程の尊さ」ではないと、彼は知っていた。それでも彼は、その全てを彼女に捧げる覚悟を決めた。

そこには私の全く知らない、私の想像を遥かに超えた「想い」の形があるような気がしてならなかった。

こういうのを、世間では「一途」っていうのかしら。
ゲーチスにどこまでも似合わないそんな単語を引っ提げて、私は声をあげて笑った。笑っていなければ透明な血が零れてしまいそうだったからだ。
しかしそれは恐怖から零れたものでも、絶望から溢れたものでもなかった。紛れもない、安堵のそれだった。私は安心していた。

イッシュ地方にある裁判所、その門からアクロマが出てくるのを、マスコミの連中が今か今かと待ち焦がれていた。
私はその様子を、遥か上空からゼクロムに乗って見下ろしていた。

やがてその門が開き、独特の髪型をした男が姿を現すや否や、わっとその場にいた連中が彼の周りを取り囲んだ。
それに少し遅れて、私は彼に向かってボールを投げる。出てきたゲーチスのサザンドラは裁判所の前に急降下して、その左右にある2つの頭でアクロマを抱え、飛び上がった。
大きなざわめきが聞こえ、連中の視線が上へと集まる。勿論、私はゼクロムと共に少しだけ離れた場所へ避難した後だった。
サザンドラはアクロマをその背中に乗せ、私の方へと戻ってきた。アクロマはその金色の目に私を映し、驚きに目を見開く。

「……悪かったわね、シアじゃなくて」

「まだ、わたくしは何も言っていません」

こいつ、「目は口程に物を言う」ということわざを知らないのだろうか。
私は苦笑して、来た空を戻り始める。アクロマを乗せたサザンドラも、ゼクロムの横で飛行を続けていた。

私は安心していた。それ故に、ちょっとした悪戯心が覗いてしまったのだ。
今、此処でアクロマに真実を伝えないままに、シアへと会わせたらどうなるかしら、と。

きっとアクロマはとてつもないショックを受けるだろう。けれど知ったことではなかった。私にとっては彼もゲーチスも、私の嫌う「狡い大人」の一人に過ぎないのだから。
アクロマはもう少しましな人間だと思っていただけに、今回の突然の出頭はシアだけではなく、私にも裏切りという形で刻まれていたのだ。
だから私は、そんな彼に、少しだけ嫌がらせをしてみたくなってしまった。

「何処へ向かっているのですか?」

「ジョウト地方のワカバタウンよ。私の友達の家にNもシアも泊めてもらっているから、詳しいことはそこで話すわ」

苦しめばいい。シアが苦しんだその重さの半分でもいいから、苦しめばいいと思った。
アクロマとゲーチスにはどんな言葉による叱責も意味を為さないと思ったからだ。
もし彼等が責められるとして、それは私の役目ではなかった。しかし彼等を責めるべき人間は、その記憶を失っていた。
だからこれは二人への罰なのだ。少しくらい、傷付けばいいんだ。そう思っていた。

そしてもし、アクロマの姿を見た瞬間に彼女が全てを思い出したなら、それはきっと、彼女にはアクロマやゲーチスを責める必要がなかったということなのだろう。
その時は私も、自分の悪戯を詫びるつもりだった。そんな質の悪すぎる悪戯を思い付ける程に、私は安心していた。安心し過ぎていた。

シアさんは、ご無事ですか?」

けれど、彼の不安そうなその問い掛けに、胸が締め付けられるような罪悪感を覚えたのもまた、事実だった。駄目だ、と良心が囁いていた。
誰にも不正を働く権利なんてないのだ。誰にも、人を傷付ける権利なんてない。たとえその人が、私の大切な後輩を傷付けたとしても。
それでも、どうしてもこの男やゲーチスを許すことができないのもまた、事実だった。だから私は、私の良心と彼の誠実さを天秤に掛けることにした。

「あんた達のことを話して。出頭の計画を立てたところから、今朝、あんたが出てくるまでのことを、全て」

「……」

「一つの嘘も交えずに話してくれたなら、私も、嘘を吐かずにシアのことを教えるわ」

彼がその天秤にありったけの誠実さを乗せて真実を話してくれたなら、私もそれに釣り合うだけの良心をもってシアのことを話そう。

2015.2.19

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