天を読む藍

12 - Letter to -

こんにちは、トウコさん。素敵なお手紙をありがとう!
いても立ってもいられなくなって、私もお手紙を書きました。
私の字はあまり綺麗じゃないし、トウコさんみたいにすらすらと文章を思い付くこともできないけれど、それでも頑張って、手紙らしい丁寧な言葉で書いてみようと思います。
漢字は、お隣にとても賢い先生がいるから、沢山教えてもらえています。知らない漢字を沢山使ってかっこいい文章を書くのは、とても楽しいです。
書き慣れていないから、間違っているところもあるかもしれないけれど、……もし間違っていたら、それは私のせいじゃなくて、私の大好きな先生のせいですよ。

トウコさんも、会いたい人に会えたんですね。自分のことのように嬉しかったです。
一緒に暮らしているなんて、羨ましいなあ。いつでも、いつまでも一緒にいられるって、とても素敵なことだと思います。
好きなところも嫌いなところもあって、それでも一緒にいたい、一緒に生きていたいと思える人、トウコさんにとって彼はそういう人なんですよね。
私はまだ、アカギさんの嫌いなところを思い付くことができないけれど、でももしアカギさんの嫌いなところ、私とは相容れないところを見つけたとして、
それでも私はアカギさんのことが好きなんだろうなあって、彼の考えの全部に賛同できなくても、彼自身を嫌うことなんかできないんだろうなあって、思います。
大切で大好きな人を表すことのできる言葉、いつか、見つかるといいですね。私も一緒に探します。

トウコさんとの旅、私も、とても楽しかった!
かなり長い時間、一緒に旅をしていた筈なのに、それでももっと一緒にいたいなあって、また二人で旅をしたいなあって、思ってしまいました。
トウコさんの連れているポケモンは私の知らない子ばかりで、このシンオウ地方の外にはもっとずっと多くのポケモンがいるんだなって、びっくりしました。
今度は私が、イッシュ地方に行きたいな。その時はトウコさん、私を案内してくれますか?

手紙が届いたことが嬉しくて、慌ててペンを持ったけれど、よく考えれば今すぐにトウコさんに伝えなければいけないことって、実はないんです。
でも、折角のお手紙の機会だから、トウコさんが私に話してくれたように、私も、私の旅のことを話そうと思います。

初めてアカギさんと出会ったのは、ズイタウンから北に進んだ210番道路でした。
背の高い草が沢山生えていて、どちらに行けばいいのか解らなくなって、そうこうしているうちに日が暮れて、このまま何処にも行けなかったらどうしようって、思っていました。
でも、私には何も見えない夜だったけれど、アカギさんは背が高いから、草むらの中でうずくまっている私を見つけてくれました。
「何処にも行けないなんてことは在り得ない」って、「君の足は道を切り開くためのものだから」って、言ってくれました。
夜の暗闇は私を閉じ込めるためのものじゃなくて、広い宇宙へと私を繋げてくれるものだって、教えてくれました。

足を怪我した私を、彼はトバリシティの大きなビルに連れて行ってくれました。トウコさんと一緒に行った、あの建物です。
発電所で意地悪をしていたお姉さんや、ハクタイシティのビルで騒いでいた人たちが、私を見てとても驚いていました。
悪いことをしていた人たちだって、町の皆が恐れていたあの組織だって、すぐに解りました。
でも私は町の皆のように、彼等を恐れることができませんでした。

皆の迷惑になることをしている人だってことは解っていました。でもこの組織自体が悪いものだったのかなって考えると、やっぱり違う気がしました。
だって本当に悪い人なら、こんな風に私を助けたりしないんじゃないかって、思ったんです。
私はまだ子供で、そんなに頭もよくなかったから、私を騙して悪いことをしようとすればいつだってできた筈なのに、アカギさんは一度もそんなことをしなかった。
だから私は今も、ギンガ団が悪い組織だったとは、思っていません。
悪いことをしようとしていたのかもしれないけれど、でも私はアカギさんを止めることができました。アカギさんを止めようとする私を、皆は許してくれました。
だから私は今も、ギンガ団が悪い組織だったとは思っていません。ただ、悲しい人が多すぎただけなのだと思います。

トウコさんは大人を嫌っていましたよね。大人は狡いって、何度も言っていましたよね。
私は、トウコさんみたいな立派な考えを持っていた訳じゃないけれど、それでも大人はとても優しくて、とても嘘吐きな人だということは解っていました。

お母さんや博士、知り合いのおじさんやおばさんが私にかけてくれる言葉はとても綺麗で、丁寧で、優しいものでした。
でも皆は私のいないところで、私には見せることのない表情を持っていることに、私は気付いていました。
皆は私の見えないところで、私が見えないと思っているところで、怒ったり、悲しんだり、羨んだり憎んだりしていました。
大人が大人に見せる感情はとても複雑で、難しくて、悲しいものでした。だからこそ、子供にはそうしたものを見せようとしてくれなかったのかなって、思いました。

大人は、同じ大人に対してはとても正直だけれど、子供に対してはどこまでも嘘吐きでした。
それでも私は大人が嫌いじゃありませんでした。私はトウコさんのように頭がよくないから、それを悔しいことだとも、狡いことだとも思えませんでした。
必要な嘘なら、それでもいいのかなって思っていました。
嘘吐きでも、皆はとても優しかったから、私は嘘を吐かれている自分のことを不幸だとは思いませんでした。たとえ不幸だったとしても、それでも皆のことが大好きでした。
大人と子供との間が嘘で隔てられていたとしても、頭のよくない私にはどうすることもできなかったから、今のままで十分に幸せでした。

私は毎日のようにあのビルに通って、皆が本当に悪い人なのか、知ろうとしました。
でも皆と一緒の時間を過ごせば過ごす程に、皆がそうした、悪いことをしようとしている人だなんて、とても思えなくなっていました。
皆は私の名前を覚えてくれました。私が遊びに行くと笑ってくれました。此処は子供の来る場所じゃないからと、追い出されたことは滅多にありませんでした。
此処には大人と子供の隔たりがないように思えました。私はどこまでも彼等と仲良くなっていいんだって、思えるようになりました。

それから少しして、私は不思議なことに気付きました。
ギンガ団の大人たちは、私に嘘を吐きませんでした。代わりに皆はその嘘を、子供の私ではなくて、大人の皆に向けていたんです。
「使えない連中だ」と私に言ったその口で、大人には「君達を信頼している」と言いました。
「アカギ様を尊敬している」と皆の前で告げた人が、私だけに「嫌いだ」と呟いたこともありました。「嘘吐き!」と私を抱き締めて叫んだ人もいました。
私はそんな皆のことをずっと見てきました。

私はあまり頭がよくないけれど、それでも「悲しい」方の言葉が皆の正直な思いだと解っていたから、とても驚きました。
彼等は子供である私に嘘を吐くことをしませんでした。彼等は大人に嘘を吐きました。その姿はまるで、子供みたいだと思いました。

私は、皆が私にだけ、正直な思いを告げてくれることが嬉しかった。
だって今までそんなこと、一度だってなかったから。大人の世界と子供の世界は、違うところにしか在れないんだって思っていたから。
皆が私に心を開いてくれていることが嬉しかった。難しいことは解らないけれど、それでも皆は私と同じ目線で話をしてくれた。私に嘘を吐かなかった。
私はそんな不思議な皆のことが大好きでした。

同時に、そんな大好きな皆に、何かできることがないかなって考え始めました。
でも、私はそうしたことを思い付ける程に賢くはなかったから、仲良くしてくれていた皆に尋ねました。私にできることはあるかなって、聞きました。
「君の声は進む方向を他者に仰ぐためのものだ」って、アカギさんが言ってくれたから、私は皆の言葉から、私のすべきことを決めようとしました。

私よりもずっと賢くて、私よりもずっと立派である筈の人達が、どうしてこんなにも悲しそうなんだろう。

皆が皆を疑って、皆を拒んでいました。皆を馬鹿にして見下して、一人で大丈夫だって言い聞かせて、でもそうしている皆がやっぱり、悲しそうでした。
だから私は、私に心を許してくれた皆が悲しくならないように、私にできることを全てしようと思いました。

アカギさんがテンガン山で何かをしようとしていた時、ギンガ団の皆が私を案内してくれました。アカギ様を止めてくれって、数え切れない程に言われました。
私は止めなきゃ、止めなきゃと思って、慌てて彼を追い掛けて、不思議な世界で彼と戦いました。
私は必死だったけれど、でもアカギさんは本気を出していないような気がしたんです。わざと負けようとしているように見えました。
私に負けた後も、彼はわざと酷い言葉ばかりを選んで、私をあの不思議な世界から追い出そうとしているように思えました。

誰もが悲しいまま終わってしまったような気がしていました。

でも、そうじゃないんだって言ってくれた人がいました。アカギさんを探すべきだって、背中を押してくれた人がいました。
シンオウのあちこちに散らばった皆をもう一度集めてくれると約束してくれました。アカギさんを探すのは私の役目だって、私にしかできないんだって、言いました。
でも私はアカギさんを見つけることができませんでした。何度あの山に登っても、何度あの不思議な世界に入っても、やっぱり、見つけられませんでした。
もうアカギさんはいなくなっちゃったんじゃないかって、何処にもいないんじゃないかって、そんな風に思い始めていました。
私は私の背中を押してくれた人を裏切って、フタバタウンの家に戻って、少し休むことにしました。でも休めば休む程に身体は重くなって、息をすることが難しくなっていきました。

トウコさんに出会ったのは、その頃でした。

少しだけ、あれからのことも書いておきますね。

私が毎日のように遊びに行っていた、トバリシティの背の高いビルに、少しずつ人が集まり始めています。
マーズさんやジュピターさんも戻ってきました。サターンさんは毎日、いろんな人に連絡を取って、懐かしい顔を呼び戻そうと頑張ってくれました。
何かお手伝いできることはないかなって尋ねてみたけれど、「お前はアカギ様を探し出すという大役を果たしたのだから、これくらいは私にさせてくれ」と、彼は言いました。

……でも、違うのにね。私一人じゃ、アカギさんを見つけることなんかできなかったのにね。
トウコさんがもう一度私を度に連れ出してくれたから、ようやく私はアカギさんに会うことが叶ったのにね。
皆を悲しくならないようにしてくれたのは、本当は、私じゃないのにね。

それから、少しずつ、不思議なことが起き始めています。
サターンさんやマーズさん、ジュピターさんが、アカギさんにいろんな言葉をぶつけるようになったんです。
アカギさんも負けじと言い返していました。更に皆は酷い言葉を重ねていました。
喧嘩に似たやり取りを飽きることなく続ける皆は、まるで子供みたいだと思いました。皆は怒ったり泣いたりしながら、それでもこのビルに集うことをやめませんでした。

皆の優しくない言葉の全てを、そうした何もかもをぶつけ合う皆のことを、私はずっと、見ています。

もう、皆は悲しそうじゃありませんでした。だからこんなにも嬉しいのだと、思います。

私の大好きな黒い翼の英雄さんへ。
私も、あなたに出会えてとても嬉しかった!

ヒカリより。

2016.3.22

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