天を読む藍

1 - Letter from -

久し振り。私のことを覚えているかしら?
貴方と旅した一つの季節、とても楽しかったわ。知らない土地を新しい気持ちで旅するってこんなにも楽しいことだったんだって、私、貴方に教えてもらったのよ。

私は貴方と別れてから、その足でポケモンリーグに向かったの。
私の実力を知っているヒカリなら言わなくても解るかもしれないけれど、私、シロナさんを倒してシンオウリーグの新チャンピオンになったのよ。
でも私はイッシュの人間だから、ずっとシンオウのポケモンリーグに留まることはできなかった。だから私が彼女を負かしたことは、彼女を含めた一部の人間しか知らない。
でも、あの殿堂入りの間にはちゃんと私の名前が残っているわ。今度、貴方がポケモンリーグに挑むことがあれば確認してみてね。
私が強いことは、私とシロナさんと一部の人間、そしてあの空間が知っていてくれる。それでいいの。実力を沢山の人に知らしめたところで、得られるものなんて何もないから。

そうそう、バトルフロンティアという場所にも行ったのよ。
私もそこそこ強いトレーナーだと思っていたけれど、ポケモンバトルを極めた人達というのは星の数程にいて、彼等の強さに驚かされたし、同時にとても楽しかったわ。
後で説明するけれど、私はイッシュで「楽しいポケモンバトル」というものをあまりしてこなかったから、余計にそう感じたのかもしれないわね。
シンオウ地方は私に沢山の思い出をくれたわ。でもきっと、貴方がこの土地を案内してくれなければ此処まで楽しめなかったと思う。本当にありがとう。

貴方への感謝の言葉はいくら綴っても綴り足りないけれど、それだけじゃ貴方が飽きてしまうかもしれないから、ここで少しだけ、昔話をしましょうか。
イッシュの伝説に振り回された、愚かで馬鹿げた女の子の話。貴方と同じように、相容れない人を求めてしまった、ポケモントレーナーの昔話よ。

プラズマ団という組織があったの。ポケモンの幸せを真摯に考えていた人達が集まっていた。私はとある町で、その組織の演説を聞いていたのよ。
ポケモンはトレーナーといて本当に幸せなのか?人はポケモンを道具としていいように利用しているだけではないのか?
モンスターボールの中にポケモンを閉じ込めるのは、彼等の意思を無視したとても悪いことなのではないか?
私達はポケモンを自由で完全な存在にするために、ポケモンと離れなければいけないのではないか?彼等を、解放しなければいけないのではないか?
そんなことを彼等は訴えていた。町の人は彼等の演説に聞き入り、一様に不安そうな顔をしていた。

私は正直、よく解らなかったわ。
その時の私はまだポケモンを1匹しか連れていなかった。旅に出たばかりの、右も左も解らない新米トレーナーだったの。
ポケモンが戦うことで強くなり、進化して姿を変えることも、ポケモンが繰り出す技にタイプ相性があることも、
ポケモンを捕まえることのできるボールが町のショップで手に入ることも、そうしてポケモンを戦わせる人をポケモントレーナーと呼ぶことも、何もかも知らない頃だった。
ただ、初めて自分のポケモンを貰えたことに喜んで、ポケモンと一緒に進む道をどこまでも楽しんでいた。私のポケモンも、私との旅を楽しんでくれている筈だと思い込んでいた。
だからプラズマ団の言葉は私を少しだけ不安にさせたけれど、でも、それだけだった。
そういう考えの人もいるんだということを念頭に置きつつ、私は私でポケモンとの旅を楽しめばいいんだって、思っていた。

でも、できなかったの。私は自分がポケモントレーナーであるという自覚を持たなかった頃から既に、一人のポケモントレーナーで在る権利を奪われていたの。
ポケモンの声が聞こえるという不思議で不気味な青年に、あの町で目を付けられてしまった。早口でいろんなことを私にまくし立ててきた。
トレーナーと一緒にいることを望むポケモンの存在にそいつは勝手に驚いて、勝手に私を異質なものとして扱い始めた。
きっと、運が悪かったのね。だってそいつはプラズマ団の王様だったから。
彼に目を付けられたということはすなわち、ポケモンと一緒にいたいと願う私が、ポケモンを解放したいと願うプラズマ団と対峙しなければいけないということを意味していたから。

私はそいつのことが大嫌いだった。
そいつは出会い頭に早口で訳の分からないことをまくし立て、やたらと私に執着し、とんでもない理想を掲げ、矛盾だらけの行動を取る、不思議で不気味な奴だった。
でも皮肉なことに、私がどこまでも嫌っていた彼にこそ、私は私の全てを曝け出すことができたの。彼を嫌っていたからこそ、彼に嫌われてもいいと思えたのよ。

ポケモンの幸せを心から願っていた奴だった。ポケモンの近くに居過ぎて、真実から最も遠いところを泳がされていた奴だった。
あいつのために戦おうなんて気は更々なかった。ポケモンと一緒に居られる世界を守るついでに、こいつのことも救えたらいいと思う程度だった。

プラズマ団は、私の思っていたような組織じゃなかった。
ポケモンを解放するなんてのはただの建前で、本当は、プラズマ団だけがポケモンを使役し、イッシュを制圧することを目的とした、とんでもなく利己的で馬鹿げた集団だったのよ。
あいつはそんなプラズマ団の思惑に、振り回されていただけだったのよ。

あいつは絶望した。でも同時にしっかりと前を見据えていた。だからきっとあいつにとって「イッシュから離れる」ことは必要だったのでしょうね。
ただ、私が耐えられなかっただけで。

私がシンオウ地方に向かったのは、勿論、シロナさんから貴方のことを紹介されたから、というのもあるけれど、元々はいろんな土地を巡って、あいつを探し出すためだったの。
相容れない立場にあったけれど、不思議で不気味な奴だったけれど、大嫌いだったけれど、それでもあいつに会わなければいけなかった。話したいことが、山のようにあった。
きっとシロナさんは、私のそうした部分を見抜いていたのね。だから同じ目をした貴方と私を会わせてくれたのだと思う。勿論私も、貴方に会えてよかったと思っているわ。

貴方がアカギさんの前で「ずっと会いたかった、寂しかった」「あなたがいないと悲しい」と、その感情を真っ直ぐに吐露している姿は、私にはとても眩しかった。
貴方の前から忽然と姿を消し、貴方に絶望を与えたアカギさんのことを、貴方はただの一度も悪いように言わなかった。彼を責める言葉を一度も紡がなかった。
きっと貴方のあの言葉を聞かなければ、私も、同じようにあいつに向かって「いなくならないで」と口にすることはできなかったと思うわ。
自分の心に正直になること、思いのままを伝える術を、私は貴方に教わったの。

貴方がずっと探していた彼、アカギさんと再会してから少し後で、私もずっと探していたあいつと再会することができたわ。
生活能力が皆無だったあいつを無理矢理私の家に引き止めて暫く経つけれど、どうにも楽しく過ごすことはできずにいるのよ。
私達は相容れないところに在り過ぎたから、そうした二人が同じ屋根の下で暮らすことは、私が思っていた以上に難しかったわ。今もその実、かなり苦労しているの。

匙を投げてしまいそうになることが何度もあるけれど、でも私はこのどうしようもない王様を見限れない。
私にあまりにも多くのことを教えてくれた癖に、あまりにも多くを知らなさすぎる彼を、私は捨て置くことができない。
この私自身の心理を紐解くのは少しばかり勇気を要するけれど、貴方になら言える気がする。きっと私はこの王様が好きなのよ。
大嫌いで、大好きで、だからこそ彼を探していたの。こいつの存在はもう、私の人生の一部に組み込まれてしまっている。どうしようもないけれど、それがきっと私の真実なの。

友人と呼ぶには少しばかり辛辣すぎる。恋人とするにはあまりにも愛が歪んでいる。家族とするにはどうにも価値観と常識が捻れたところに在り過ぎている。
こいつとの関係を何と呼べばいいのか解らない。私の知っている言葉ではとてもじゃないけれど言い表すことができない。
いつか、相応しい言葉を見つけることができるのかしら。そんなめでたい日が訪れたら、必ず貴方に知らせるわ。次に手紙を書く時が来るとすれば、きっと、その時ね。

ねえ、貴方は私よりもずっと若くて幼いから、知らないことが沢山あると思う。
ギンガ団がどういった組織だったのか、彼等が本当は何をしようとしていたのか。アカギさんがどんな思いで貴方と戦い、どうして忽然と姿を消すに至ったのか。
彼の心に巣食う闇はどういった類のものだったのか、そんな彼に付き従ってきた幹部の連中、そして下っ端たちはどんな思いを抱えていたのか。
そんな彼等の心に、貴方がどれ程強い光を残していったのか。
きっと、今の貴方は何も知らないと思う。ただ純粋に、貴方は彼を、ギンガ団を慕っていたのだろうと思う。
貴方のそれを間違いだと責めるつもりは更々ないの。でも、貴方はあまりにも知らなさすぎる。
悪いことではないけれど、でも、いつまでも知らないまま、真実を理解しないままではいられないことを解ってほしい。心の何処かに、留めておいてほしい。

貴方がこれからも彼の傍に在ることを望んで、それを彼が許し続けたなら、いつかきっと貴方はそれら全てを知ることになる。
ずっと先のことかもしれないし、存外、直ぐに知ることができるかもしれないけれど、貴方が知恵と思慮を身に付けるに従って、貴方は必ずそれらに気付いてしまう。
貴方は自分の光の強さを知って驚き、絶望するかもしれない。彼等の心を揺らし過ぎたことを悔いるかもしれない。
でも、それでも貴方がそれらの理解から逃げることなく、ギンガ団の連中やアカギさんと真摯に向き合うことができたなら、その時こそ、本当に彼等は貴方に心を許すと思う。
一度に全てを受け入れる必要なんてないわ。だって貴方はまだ10歳なのだから。貴方はこれから長い時間、彼等とずっと一緒に居られる筈だから。

返事は要らないわ。私がどうしても貴方に伝えたいことがあったがためにペンを取ったのであって、貴方の返事を期待して書いた訳では決してないから。
貴方が、アカギさんと再会したことが嬉しくて嬉しくて仕方がなくて、そのことを誰かに伝えたくて堪らない、なんて状況になった時に、私に話してくれればいい。
手紙を書くのが苦手なら、その時は直接、私の家に電話を掛けてくれればいい。電話で話すことも苦手なら、私を呼べばいい。
幸いにも私にはポケモンがいてくれる。私の勝ち取った未来は私のすぐ隣に在る。だからいつでも貴方の町へ飛んで行ける。

もし呼んでくれたら、その時には私の家に居候している、大きくて小さな王様を連れていくわ。
アカギさんと4人で、美味しいものを食べに行きましょう。勿論、その時は最年長であるアカギさんの奢りよ。

シンオウに輝く一等星、あるいは私の素敵なお友達、ヒカリへ。
貴方に出会えたことを光栄に思います。

2016.3.17

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