61 (Interlude)

<S>
堅苦しい挨拶は省かせていただきますよ。君のことだからどうせ、そちらでも元気にしているのでしょう。
小石であるわたしにだって、それくらいのことは読めるのですよ。

プルメリというスカル団の幹部がわたしのところへ来て、君のことを話してくれました。
ポケモンリーグに挑戦した彼女は、四天王に勝ち抜き、君に勝負を挑んだようですね。彼女はチャンピオンの間を、君のための場所をカメラで撮影していました。
椅子の後ろにぽっかりと空いたウルトラホール、その写真を見たわたしがどれだけ驚いたか、君は知らないでしょう?
君のことだから、大人しくこんな綺麗な場所に留まることなどしないだろう。
それくらいの推測を立てることは造作もないことでしたが、流石にこのような破天荒な事態はわたしにも予想ができませんでしたよ。まったく、相変わらず狂っておりますねえ。

プルメリから、君が彼女の呼びかけに応えず、ウルトラホールから出てくることさえせずに、穴の中からボールを投げるだけだった、と聞いています。
わたしは無駄足が嫌いです。折角、強い四天王を勝ち抜いてチャンピオンの間に足を運ぶのですから、何かしらの成果を手に入れて帰る必要があると考えました。
君と話をしようとしてこの場所へとやって来ても、君はわたしと話をすることはおろか、ウルトラホールから出てくることさえしないのでしょう?
だからわたしは、確実に君へと言葉を届ける術を選ぶことにしました。
このザオボー直筆の文書を受け取れることは、この上なく光栄なことなのですよ、ミヅキ

君がそこから出てきたくないのであればわたしは止めません。好きにすればよろしい。わたしは君のようなお子様がどうなろうと、知ったことではありませんから。
ですがわたしには借りがあります。エーテル財団の失態を、負の遺産を、綺麗に掃除して埋め合わせてくれたという、君に対するあまりにも大きな借りが。
……ですのでわたしは、これから日曜日の朝に、必ず、此処へ来ることにしました。

人のいないそちらの世界は君にとってとても居心地がいいのかもしれませんが、たまにこうして話をしていないと、君は馬鹿ですから、人の言葉を忘れてしまうかもしれません。
お喋りが大好きだった君にとって、それは耐え難いことでしょう?君とわたしは、そうしたよくないところだけとてもよく似ていますからねえ。……この意味が分かりますか?
わたしは君のそうした、悉く歪で卑怯で強情なところを十分に理解していて、それでも尚、君を見限らずにいてあげますよ、ということなのですよ。
どうです、わたしの心の広さは素晴らしいものでしょう?

代表やスカル団のボスが、何日も飲まず食わずでそちらでも生き延びていたところからして、そちらの世界では生き物としての常識が通用しないのでしょう。
食べなくても、食べるために働かなくても生きていけるなんて、結構なことじゃないですか。随分と良い寝床を見つけたものですねえ。
ですがそれだって許してあげますよ。君は十分に戦った。少しくらい休んだっていいでしょう。誰だって、休まなければ歩くことなどできないのですから。

何か不便はありませんか?わたしの手を煩わせない範囲のことであれば、叶えてあげられるよう、努めるつもりです。


ミヅキ
こんにちは、ザオボーさん!アシレーヌがノートを持って来てくれました。
まるで交換ノートをしているみたいで、とてもわくわくしました。こういうのって、とても楽しいですね。
確かに私は楽しくやっています。でも、今の私を楽しくしてくれたのはあなたです。あなたの文字はとても綺麗ですね。とても、とても嬉しかった。

こっちの世界はとても綺麗です。空も土も木も、薄暗い中でキラキラと瞬いていて、そうした宝石に囲まれている時間がとても、幸せです。
UBたちはとても優しいし、私が連れてきたポケモンの皆も馴染んでいます。

いつまでも此処に居られたらいいのに、と思っています。私も彼等の仲間になれたらいいのに、と思います。
私はアローラの海を飲んでもあの綺麗な海になることができなかったけれど、海に飲まれたら海になれたのかもしれません。
私は飲み込むんじゃなくて、飲み込まれなければいけなかったのかもしれません。
そう思ってアクジキングに食べてもらおうとしたことがあったけれど、カミツルギに物凄い剣幕で止められてしまいました。
それに私はどうやら美味しくないらしく、アクジキングは宝石ばかり食べています。私を抱き締めてくれるとき、彼の口はいつだって閉じています。

此処でも私は宝石じゃないけれど、宝石みたいな彼等の中に招かれることが叶わないけれど、それでも皆は、私が此処にいることを許してくれています。
優しい彼等が許してくれたから、私を抱き締めてくれたから、私は今までずっと、宝石の夢を見られています。
とても嬉しいから、幸せだから、出ていきたくありません。

ザオボーさんに聞きたいことがあります。宝石じゃない自分を認めて生きていくのって、苦しくありませんか?
あなたは、苦しいですか?


<S>
君の言葉、ちゃんと読ませていただきました。なかなかに可愛らしい文字を書くじゃありませんか。
いいんじゃないですか?お子様らしくて微笑ましいですよ。
わたしは下手な字を書く子供は嫌いですが、残念なことに君のことはどうにも嫌いになれそうにありません。まったく、おかしな話ですねえ。
君はわたしが君のことを嫌おうと邪険にしようと、わたしを好きでいてくれる。だからわたしは君のことを嫌ってもよい筈でした。
わたしはそうした、……君の言葉を借りるなら「排斥」されることへの恐怖など微塵も抱かず、思う存分、君を嫌うことができた筈でした。
けれど、それでも君を嫌いになることができませんでした。

……ふむ、少し回りくどいですねえ。お子様にも解るよう、真っ直ぐな言葉に言い直しておきましょう。
わたしは君のことが大切だから、君のことを見限ることも嫌いになることもできないのです、ということですよ。このザオボーのこと、お解りいただけましたか?

さて、君の質問に答えましょう。宝石でない自分を認めることは、確かに楽なものではないでしょうね。
けれど、実は君が宝石であろうとなかろうと、それは君の苦悩には関係のないことなのですよ。
君は自らがこのアローラで「輝けていない」と思っている。けれどそれは、少なくともわたしにとっては間違いです。
前にも「君は宝石だ、宝石になる価値のある人間だ」と言ったことがあったでしょう?あの言葉に嘘はありません。わたしは馬鹿な君に嘘は吐きたくありません。

けれどそうした私の正直な言葉は、君にとって何の役にも立たなかった。
君はあの氷の中で眠っている時こそ、自らの輝きを認めることができたのであって、君を輝かせてくれた氷が溶けてしまった今、君にどのような言葉をかけたところで君は輝かない。
君はもう、君が輝いていることを認められない。
構いません。それが当然のことだと解っていますから、わたしは憤ったり、君の強情さを否定したりしませんよ。

他の誰が君を褒め称えようと君の価値を持ち上げようと、君が君自身を宝石だと認識しなければ何の意味もない。
わたしも、他の誰も、君に、君が宝石であることを認めさせることなどきっとできない。

けれどこれは、逆のことに関しても言えることです。君ならもう既に知っているでしょう?
どれだけ君自身にとって価値があり幸福なことであったとしても、その価値や幸福というのは、この広い世界からしてみればあまりにも小さく、虚しいものです。
人の営みとはそうした、基本的に空虚なものなのですよ。君だってそんなことは解っているでしょう?
そうした世界の惨さを知っていたからこそ、君は君自身の存在を世界に知らしめようと、頬が痛くなるまで、疲れ果てるまで、笑顔で「大好き」を振り撒き続けていたのでしょう?

自分以外の者における価値と、自分自身における価値。その価値が等しいものであればどんなに楽なことだったでしょうね。
自分にとっても他人にとっても等しく価値のあるものがあればいい。そう思いませんか?
その輝きを自他共に認めさせることのできるような、素晴らしい何かがあれば、君も、わたしも、随分と楽になれると思いませんか?

わたしにとってそれが「肩書き」です。わたしのこの地位は、わたしの才能と努力によって掴み取ることの叶った、誰も侵すことのできない神聖なものです。
君は「アローラ初のポケモンリーグチャンピオン」という、おそらくこの地で最も輝かしい栄光を手にしています。
その肩書きがある限り、君がその栄光を手放さない限り、誰も君のことを忘れたりしません。誰も君のことを否定したりしません。
あとは、君がこの地で誰よりも頑張っていたことを、他の誰でもない君が認めるだけで、君の願いは叶うのですよ。それだけで君は宝石になれるんです。

君の輝きを保証してくれるものは、既に君の手の中に在るんです。そんなところにいなくても、君は輝けるのですよ。

もし君が、君の手にしているものをどうしても認められないというのであれば、その時は、そうですね……楽しいことをしなさい。
ポケモンやUBと一緒にそこにいることがこの上なく楽しいのなら、いつまでもそうしていなさい。
夢中になって生きている時、我を忘れて楽しんでいる時、きっと君は自分が宝石でないことを忘れています。そういうことがおそらく君の幸福なのでしょう。

……いいえ、全ての生き物にとって、我を忘れる程に夢中になって何かを楽しんでいる時間、心から笑えている時間というのは、等しく、かけがえのないものなのですよ。
わたしにとって、君をハノハノリゾートの船着き場に迎えに行ったり送り届けたりする、あの涼しい潮風の吹く甲板での時間が、そうでした。
どこまでも子供っぽくて、けれどあまりにもお子様らしくない君との時間を楽しんでいるとき、わたしは、わたしが宝石でないことを忘れていました。

君との時間はあれ以上にも以下にもならなかった。あの頃の君の目的は代表にあって、わたしはその通過点に存在する小石に過ぎなかった。
わたしも、代表に君の送迎を命じられたから、毎日、煩い君の話に付き合っていた。それだけの関係、それ以上、近くも遠くもなり得なかった関係です。
だからこそ、わたしは君のことを理解することができたのでしょう。
君に近付きすぎては知ることの叶わなかった何もかもをわたしだけが知っているのは、そういうからくりがあってのことだったのですよ。
こういうものを、遠くの土地の言葉では「縁」と言うのでしょう?わたしには馴染みのない言葉ですが、この考えは、嫌いじゃありませんよ。
君のような煩いお子様とも、縁とやらがなければ出会えなかったのですから。

楽しいことが見つからないならわたしが幾つか用意しましょう。お子様が気に入るものというのはわたしには見当もつきませんが、一つくらい、君の楽しめるものがあるでしょう。
役割が欲しいならわたしが、君に相応しいものをあげましょう。エーテルパラダイスの住人は、誰も君の訪れを拒んだりしませんよ。
君はエーテルパラダイスの職員とも親しくしていましたから、直ぐに溶け込めるでしょうし、君が馬鹿なようでいてその実、そこそこ優秀であることはわたしもよく知っています。

……ええ、勿論、まだそこから出たくないというのであれば一向に構いません。わたしはまた来週も、君の言葉を聞くために此処へ来ますから。


2017.1.19

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