18 adagio

私達はマリンチューブを抜けて、セイガイハシティへと辿り着いた。
リゾート地として有名なだけあって、水着姿の観光客が大勢いる。同じイッシュ地方で、ソウリュウシティが氷漬けになってしまったことなど、彼等は知らないのだろう。

私とNさんは、トウコ先輩から、ソウリュウシティに現れたダークトリニティとヴィオさんのことを聞いた。
私はてっきり、プラズマ団の船「プラズマフリゲート」は、また次の町を氷漬けにするために飛び去ったのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
プラズマ団が他の町ではなく、ソウリュウシティを選んだのには理由があった。狙いは、シャガさんが持っていた「遺伝子の楔」というもの。
それを使って、伝説のドラゴンポケモンを合体させることが目的らしい。……そう、キュレムは既にプラズマ団に囚われてしまった後だったのだ。
そして、ソウリュウシティを氷漬けにしたその力は、他でもないそのキュレムによって引き出されたものだったのだ。

合体には、キュレムともう一匹、レシラムかゼクロムが必要だ。
プラズマ団はNさんのレシラムを狙っている、と彼女は断言した。
Nさんは、苦しんでいるキュレムのことをいち早く察知するであろうこと、そして、プラズマ団の元へと姿を現すこと。
それらは、プラズマ団を束ねるボス、「ゲーチスさん」にとっては計算済みであるらしい。
現に、Nさんは苦しんでいるキュレムの存在を知り、プラズマ団の元へと向かおうとしているのだ。

トウコ先輩は、彼等の狙いがNのレシラムであることを再度強調し、Nさんにも忠告した。
そして私には、「プラズマ団はあんたに利用価値を見出してはいない筈だから、思う存分暴れられるわよ」と言って笑った。

「取り敢えず、あんたはここのジムに挑戦して、バッジを手に入れておきなさい。
プラズマ団がチャンピオンロードとか、ポケモンリーグとかに逃げ込んでいた時に、入れなかったら困るでしょう?」

2年前に、ポケモンリーグからプラズマ団の城に乗り込んだという彼女の、その言葉には経験がなせる強い説得力があった。
私はトウコ先輩の言葉に頷く。彼女はNさんにも再び忠告をした。

「キュレムのことを心配しているのは解るけれど、先ずは自分のことを第一に考えて。
向こうには絶対にゲーチスやダークトリニティがいるわ。あの3人組がいれば、あんたを捕えることなんか造作もない筈よ」

「……ああ、解っているよ」

彼は頷き、レシラムを出して飛び去ってしまった。
「本当に解っているのかしら」と不安げに呟いた彼女は、彼を見送った後でゼクロムをボールから出す。

「……あんたも、気を付けてね」

「はい」

「本当に気を付けなさいよ?ちゃんと解っているの?
私はあの大きな子供の世話をするので手一杯なんだから、あんたに万が一何かあっても、直ぐには駆けつけられないかもしれないのよ?
……まあ、プラズマ団員が人間に暴力を振るったりすることはあり得ないと思うけれど」

私は思わず笑った。
何がおかしいのよ、と尋ねる彼女に、私は思ったままを伝えることにする。

トウコ先輩の世界は、先輩とNさんとを中心に回っているんじゃなかったんですか?」

「あら、あんたも居るのよ?回っている軸の端っこに、少しだけね」

指で1cm程の隙間を作って彼女ははにかんでみせた。
それは本当に「少しだけ」で、しかしそれが、毒舌な彼女の精一杯の正直な言葉であることに私は気付いていた。
だから素直に「ありがとうございます」と言葉が出てくる。満足そうに笑った彼女は、今度こそゼクロムに乗って飛び去っていった。

私はそんな二人を見送り、鞄から便箋を取り出した。


翌日、セイガイハシティにあるジムに向かい、私はジムリーダーであるシズイさんと戦った。
彼は水タイプの使い手で、バトルではロトムが大活躍してくれた。

私がバッジを手に入れた後で、同じくジムに挑戦しに来たヒュウを交えて3人で話をしたが、彼はプラズマ団という組織を知らないらしい。
私は驚いたが、ヒュウもそれ以上に驚いていて、必死になってプラズマ団についての説明を彼にしていた。
彼はヒュウの説明を聞き終えた後で考え込み、私に向かって口を開いた。少しだけ別の地方の方言が混ざった、自由を愛する彼らしい口調だった。

「で、おまはん、プラズマ団は悪いと思うか?」

彼のその言葉に私は沈黙した。
「悪いに決まっているだろ!なんでそんな、解りきったことを聞くんだ!」と怒り出したヒュウを横目に、彼は私に詰め寄る。
プラズマ団のしていることは、悪いことだと思う。それは私達の生活を、ポケモンとの生活を脅かすものだ。だからこそ私は彼等と戦おうと思ったのだ。
けれど、きっと私は迷っている。何が真実かを、探りかねている。
私が彼のもう一つの姿をこれまで知らなかったように、私の知らないプラズマ団の姿が、もしかしたらあるのではないかと思ったのだ。
その為には一度、彼に会わなければならなかった。それまでは、確かな結論を出すことができないのだ。
沈黙を貫いた私に、彼は笑った。

「それをおはんの言葉で語れるようにならんと」

「!」

「そうすれば、自分が今、何をしたいか、自分が何を望んでいるか、今よりはっきりわかるたい!」

まるで私の葛藤が読み取られたかのような口ぶりに私は驚く。
セイガイハという、俗世間から切り離されたようなこの平和な町に住む彼は、しかし信念のある、とても堅実な人だった。

……私が、何を望んでいるのか。直ぐに脳裏を掠めたのは、あのオイル時計だった。
大丈夫、大丈夫だ。私は自分のすべきことが解っている。自分にできることも、自分がしたいことも知っている。後は、進めばいいだけ。

「ええか、おはんら、信念を持てよ!
理由はなんでもいい、自分はなぜそうするのか?その信念の強さがポケモンと自分に力をくれるたい!」

私は彼の言葉に頷き、セイガイハのジムを後にした。


セイガイハシティを出て、私は22番道路へと足を進めた。
入り組んだ地形を西へと進んでいくと、またしても見慣れないポケモンを見つける。
そのポケモンと目が合ったような気がして、私は吸い寄せられるようにそちらへと歩いた。

「?」

違和感に首を傾げ、隣を見ると、ロトムが私の服の裾を引っ張っている。
普段はそんな悪戯をする子ではないのに、と不思議に思いながら「どうしたの?」と尋ねる。
たった今来たばかりの方向を見遣るロトムに続いて、私も振り返った。


そこには太陽があった。


「お久しぶりです、シアさん」

そのテノールが耳に届くのと、私が目を見開いて立ち尽くすのとが同時だった。
金縛りに遭ったかのように動けなくなる。せり上がってくる感情に気付かない振りをして、私は何とか笑顔を作ろうと努めてみた。

「……」

しかしそれは叶わなかった。みっともなく泣きだしてしまった私に彼は駆け寄り、手袋を嵌めた真っ白の手で私の目元を拭った。
ごめんなさい、と私は紡ぐ。それは何に対しての謝罪だったのだろう?
折角の再会を、こんなにもみっともない顔で迎えてしまったことに対してだろうか。彼を呼んでしまったことに対してだろうか。

彼の片手には、私が最後に出した手紙が握られていた。
そこに書かれた言葉は本当に短いものだった。けれど彼は、そこに含まれた私の思いを汲み取り、此処へ来てくれた。
だから、私は彼のその誠意に、私の誠意をもってして応えなければならなかったのだ。

「アクロマさん」

「……はい」

「話したいことが、あります」

彼の手から、私の短い言葉が滑り落ちた。


『アクロマさんへ

私は今、セイガイハシティにいます。

シア


2014.11.19

アダージョ 緩やかに

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