3 capriccioso

『アクロマさんへ

久し振りのお手紙です。元気にしていますか?
今は、タチワキシティのポケウッドという映画撮影現場にいます。
何故こんなところに居るのか、ということを説明する前に、これまでの旅の話をさせてください。

私はあれからサンギタウンを離れ、北にあるサンギ牧場へと向かいました。
そこで牧場を経営する男性から「ハーデリアが一匹居なくなってしまった」と聞き、探すのを手伝っていました。
私と一緒にヒオウギシティを旅立った男の子は、名前をヒュウというのですが、彼はこうした、ポケモンが絡む出来事にとても敏感です。
きっと、「失うこと」の辛さを彼はよく知っているのでしょう。
奪われたのは彼の妹のチョロネコですが、アクロマさんが説明してくれた「ポケモンを奪われたことによるトラウマ」は、寧ろ彼の方に深く刻まれているような印象を受けました。

サンギ牧場には、メリープというとても可愛いポケモンが沢山いました。
彼等の毛はとても触り心地が良く、上手く書き表せないのですが、こう、……もふもふしています。
そんな彼等の中に、しかし探しているハーデリアの姿はありませんでした。

私は更に牧場の奥へと進み、そこでとある人物と鉢合せました。真っ黒な服に身を包んだ男性でした。
彼はプラズマ団員を名乗り、プラズマ団の復活を私に知らせてくれました。
ハーデリアは、まさにたった今、プラズマ団に捕まえられようとしていたところだったのです。

私は20番道路を抜けた先にあるタチワキシティでも、同じ衣服に身を包んだプラズマ団員と戦いました。
ポケモン解放を声高に主張しながら、トレーナーのポケモンを力づくで奪う彼等は、しかしその方針を変えてしまったようです。
彼等はもう、ポケモンを愚かな人間から自由にする、という思想を持ってはいません。ただひたすら、人のポケモンを奪うだけの組織になっていました。
2年前のプラズマ団の王である、Nさんのことを彼等は酷く蔑んでいました。
2年前に伝説のドラゴンポケモンを従え、チャンピオンに勝利し英雄となった彼のことは、アクロマさんも知っていると思います。

実は私は、Nさんとも知り合いです。私に旅のアドバイスをくれたのは、小さい頃からの知り合いであるトウコさんという人ですが、彼女にNさんを紹介されたのです。
知っている人のことを酷く言われたことに私は腹が立ってしまい、その怒りのままに彼等と戦いました。
その後、逃げた彼等をヒュウは追いかけ、私も彼に頼まれてそれに続きましたが、彼等は船に乗って、ヒウンシティに向かってしまったようです。

彼等がどうして復活したのか、どういった目的で人のポケモンを奪っているのか、私には皆目見当もつきません。
けれど、彼等の行為が許されるものではないことだけは解ります。彼等のせいで、悲しむ人やポケモンが増えてしまうことも知っています。
「面倒な連中に深入りするんじゃないわよ」と、トウコさんには言われているのですが、きっと私はこれからも、彼等と出会う度に戦うでしょう。

それと同時に、私は強くならなければいけないと、前以上に思うようになりました。
人のポケモンを奪う彼等に敵うだけの力を身に付けておかなければ、私のポケモン達が奪われてしまうかもしれないからです。
ロトムもミジュマルも(今は進化して、フタチマルになりました)とても大切なパートナーです。
この子達を守るための力を身に付けるということは、この子達と一緒に強くなることと似ていて、けれど少しだけ、違うのかもしれません。
ロトムがプラズマ団員の前に飛び出して、私を守ろうとしてくれたように、私も、その彼の思いに応えて、彼等を勝たせてあげなければいけないと思ったのです。

勿論、前回の手紙から今まで、プラズマ団と戦っていただけではありません。
私はヒオウギシティのジムリーダーであるチェレンさんと、タチワキシティのジムリーダーであるホミカさんと戦い、何とか勝利を収めました。
チェレンさんは、この間の手紙に書いた、トウコさんやベルさんと幼馴染に当たる人物で、私も面識がありました。
眼鏡を外し、コンタクトに変えた彼に、ジムリーダーとして勝負を申し込まれるのはとても新鮮でした。

チェレンさん、ベルさん、トウコさんは、2年前、一緒にカノコタウンという町を旅立ったそうです。
あれから2年が経ち、彼等はそれぞれの道に向かって進んでいました。そんな彼等を、私はとても尊敬しています。
自分のしたいこと、自分に向いていることを見つけて、それに必死に取り組むその姿勢を、私も見習いたいです。
先ずは、私を慕ってくれるポケモン達と真剣に向き合っていこうと思います。

タチワキジムのジムバッジを手に入れて、外に出ようとした時、私はとある男性に呼び止められました。
私とジムリーダーのバトルに、彼は何かを見出してくれたようです。
ポケウッドの関係者だと名乗る人物に、端的に言うならば、私は何故か、スカウトされてしまいました。

ポケウッドは最近作られた映画の都、とのことです。
まだ発展途上であるこの場所で、新しい俳優の卵を探していたらしいのですが、それがどうして私になってしまったのか、未だに釈然としません。
撮影にはポケモンバトルが登場するため、ある程度、バトルの実力を備えたポケモントレーナーである必要がある、とのことでした。

責任者であるウッドウさんに勧められるがままに、1本の映画を撮影しました。
何とか成功を収めたようですが、何だかよく解らない世界を体験してしまいました。

ポケウッドの施設はとても広く、その中にある噴水がとても素敵です。その近くにあるベンチに今は座っています。
アスファルトに穴が開いていて、そこから直接、水が吹き出ています。細かな金網の中に、その水が落ちていく仕組みのようです。
ロトムとフタチマルが、その噴水で楽しそうに遊んでいるので、私もこの手紙を書き終えたら2匹に混ざろうと思います。

これから私は、頼まれた図鑑を埋めるお手伝いをした後で、タチワキジムのジムリーダー、ホミカさんのお父さんが操船する船に乗り、ヒウンシティへと向かう予定です。
ヒウンシティにはとても美味しいアイスが売られているらしいので、ポケモン達と一緒に食べてみたいです。

シア


私はその手紙をタチワキシティのポケモンセンターにあるポストに投函し、その日はポケモンセンターに宿泊した。
そしてその翌日、タチワキコンビナートのある草むらへと向かった。この地域のポケモンを、まだ図鑑に登録できていなかったからだ。
ガーディやエレキッドといったポケモンとバトルを重ね、立ち去ろうとした私は、しかし此処で思わぬ再会を果たすことになる。

隣をふわふわと飛んでいた筈のロトムが、さっと私の前へと躍り出た。バチバチと、火花が身体から散っている。
電気とゴーストの混合という、とても珍しいタイプの彼は、野生のポケモンとのバトルでも活躍してくれていた。
何せ、ゴーストタイプには野生のポケモンが使ってくる「たいあたり」や「ひっかく」という技が悉く当たらない。これは大きな利点だった。

そんなロトムが、あからさまに警戒の色を見せている。かなり強いポケモンの気配を感じているらしい。
私は近くの草むらからポケモンが飛び出してくるのかと身構えたが、どうやら警戒する方向を間違えたらしい。
上から降ってきた大きな影に、私は驚きのあまりひっくり返ってしまった。

「!」

そのポケモンには見覚えがあった。
アクロマさんと一緒にアールナインへと向かう時に、背中に乗せてもらったポケモンだ。
彼は確か、このポケモンを「知り合いに借りました」と言っていたような気がする。

「君はもしかして、あの時のサザンドラ?」

真ん中の頭がこくりと頷く。
そして私は、右の頭が何かをくわえていることに気付いた。
丈夫な大きい茶封筒に、私の名前が書かれている。その筆跡に見覚えがあった私は、目を見開いて驚いた。

「……アクロマさんから?」

サザンドラは私の言葉に真ん中の頭で頷き、包みをくわえていた口をぱくりと開けた。
落下してきたそれを受け取る。何か固いものが入っているようだ。
……まさかこのサザンドラは、私をずっと探してくれていたのだろうか?

「ありがとう!」

私は顔を上げてサザンドラにお礼を言い、鞄からミックスオレを取り出した。先程のポケウッドで、私の出演した映画を見たという男性から貰ったものだ。

「こんなに遠くまで大変だったでしょう?喉が渇いていたら、これをどうぞ」

私はミックスオレの缶を開けて、どうやって飲ませてあげようか、と悩んだ挙句、真ん中の口にそっと注ぐことにした。
一気にその半分を飲み干してしまった彼は、左右の二つの頭を私にそっとすり寄らせてきた。
じゃれつかれているようでくすぐったい気持ちになりながら、私は残りの半分も飲ませてあげることにした。
ごくり、と音を立ててミックスオレを飲み終えた彼は、その6枚の翼を大きくはばたかせ、一気に空へと舞い上がる。
私は眩しい夏の空を見上げたが、もう彼の黒い影を見つけることはできなかった。

「……」

彼からの荷物に思い当たる節が全くなかった私は、首を傾げながらその封を切る。
中には、一冊の本と、手紙が入っていた。


2014.11.17

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