青の共有

16

アポロは真っ赤な落ち葉を踏みしだいていた。カサ、カサと規則的に足元から聞こえてくる小さな音に混じり、時折聞こえるページを捲るそれを彼は聞き逃さない。
進めていた歩の向きを変え、その方向へと引き寄せられる。それは引力だった。
一際大きな木の下で、こんもりと背中や肩、果てには頭にまで落ち葉の山を作り、少女は本に夢中になっていた。
しかし彼の足音には気付いたようで、頭を少しだけ持ち上げてアポロを見上げる。頭に積もっていた落ち葉がぱらぱらと零れ落ちる。

「埋もれていますよ、お嬢さん」

「ふふ、お兄さんも一緒に焼き芋になりませんか?」

とても既視感のある遣り取りを交わして、アポロは少女の隣に腰を下ろした。
少女はというと、本の上に真っ赤な葉が落ちてくるのを待ってから、それを栞代わりにして本を閉じる。そしてコロンと向きを変えて仰向けになった。
バサバサ、と勢いよく崩れる落ち葉の山にアポロは笑った。クリスも同じように笑いながら、手元の落ち葉を掬い上げてアポロの頭上に降らせた。

「ほら、赤い雨!」

「ちょ、止めてください!この服を着るのは今日が初めてなのですから。早速汚す気ですか?」

「私とのデートに汚れたら困る服を選んじゃ駄目ですよ、アポロさん」

クスクスと少女は笑いながら雨を降らし続ける。彼女の来ている灰色のワンピースも相当高価なものの筈なのだが、そんなことに頓着する性分ではないらしい。
アポロも負けじと落ち葉を掬い上げて少女の頭にバサリとかける。彼の方が手が大きいため、一度に掬い上げられる落ち葉の量も当然ながら、彼の方が多い。
故に少女の方から奇襲を仕掛けておきながら、結果的に少女の方が大きな被害を被ることになってしまった。しかしそれすらおかしいらしく、クリスは笑顔を崩さない。

「貴方は本当に此処が好きですね」

「あら、アポロさんだってそうでしょう?時間があれば此処に来ているじゃないですか」

「それは誤解ですね、貴方を探していたら自然と此処に行き着くのです」

そう言い返すと、笑顔を絶やさなかった少女の表情がぴたりと固まる。
どうしたのか、と視線で尋ねると、ぱちぱちとぎこちない瞬きの末に吹き出すように笑った。

「だって、それじゃあまるで、この場所よりも私の方が好きだって言っているみたい」

「おや、今頃気付いたのですか?」

とうとう少女の顔から笑顔が完全に消える。首を傾げる彼女の左手を、彼はそっと掬い上げた。
ポケットから徐にそれを取り出して、少女の薬指に通す。
青いダイヤモンドが中央で優しく輝いていた。

そしてようやく少女は理解する。
長年の付き合いになる彼が、少し窮屈そうな服に身を包んでこの場所を訪れたことも、
貴方はいつものようにしていてくださいと、少し含みのある笑いを浮かべて言ったのも、
本を読んでいる自分に、いつかを思い出させる口調で同じように話し掛けたことも、
彼らしくない、素直な言葉を、少しだけぎこちなく紡いで笑ったのも、
二人に共有された色のダイヤモンドを選んだのも、
それらの真意を、それらの理由を、全て、全て理解する。理解して、言葉を失う。

クリス、私と結婚してください」

少女の目から宝石が零れ落ちる。彼は驚き、しかし直ぐに苦笑してそれを掬い上げる。
少女の涙を見るのはこれが初めてではない筈なのに、とてつもなく神聖なものに思えてならなかった。
アポロは用意していたもう一つの言葉を紡ぐために、ふわりとその身体を抱き寄せて囁く。

「貴方の青を、私に下さい」

すると少女は顔を上げ、その揺れる青にアポロを映してから、小さく首を振り、笑った。


「それは無理です、アポロさん。だってこの青はとっくに貴方のものになっているから」




海の目をした女の子は、は目の前の美しい女性に言葉を失った。
純白の衣装に身を包んだ、瞳と髪にとても美しい青を持つ女性。私も数年後には、彼女のような人になれるのかしら、と女の子は考える。
とても綺麗です、だなんて、ありきたりの言葉しか出て来ない。しかしクリスは嬉しそうに笑った。
シアちゃんの番も直ぐにやって来るよ、と言われ、女の子は戸惑う。それはあり得ないと思った。女の子はまだ、彼女のような「かけがえのない誰か」を持っていなかったからだ。

「もしかしたらもう出会っていて、シアちゃんが気付いていないだけかもしれないね」

そうかな、と不思議そうに首を傾げる女の子の頭をクリスはそっと撫でた。
あの、とおずおずと口を開いた彼女は、真っ直ぐにクリスを見上げてその問いを紡いだ。

クリスさんは、どうしてアポロさんを好きになったんですか?」

「彼に出会えたからだよ」

クリスは間髪入れずに答えた。
女の子は無言で暫く沈黙を貫いていたが、やがて楽しそうに笑って次の質問を投げる。

「どうしてアポロさんと結婚しようと思ったんですか?」

「だって、好きなんだもの」

またしても直ぐに返ってきた答えに、どちらからともなく二人は笑い出した。
つまりはそういうことなのだと、すとんと落ちてきた感情は胸の奥で静かに音を立てている。
きっとこの音が止むことはないのだろう。

クリス

そして彼女は振り向き、自らの青に愛しいその人を映して微笑む。

2014.10.20

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