28 ancira

それから私は、彼と飽きる程に話をした。
プラズマ団が解散した後のこと。ポケモンリーグまでの道のり。成長したポケモン達のこと。ヒュウやトウコ先輩、Nさんのこと。イッシュの全土を旅した、私のこと。
手紙にも散々、書き記したその全てを、彼は相槌を打って真摯に聞いてくれた。

彼も私に、自分の話をしてくれた。
あれから彼は、プラズマフリゲートで号令をかけ、解散の指示を出したらしい。
此処に残っているのは、これからどうするかを決めかねている団員達だという。
「ポケモンを大事にすることで、その力を引き出すのなら此処に居てもいい」彼がプラズマ団員に提示したその条件を、彼等は守っているようだった。
優しくて誠実な彼を、プラズマ団員達は慕っていたのだろう。

「ただ、わたしとしては、自分の生き方ですから、自分で決めてもらいたいのですがね。
世の中には、答えなどない問題の方が多いのですから」

答えなどない問題の方が多い。
その言葉は、プラズマ団と戦ってから葛藤を続けていた私の重荷を奪い去るに十分な響きを持っていたのだ。
私はあの戦いの、ゲーチスさんとの戦いの後で、込み上げてくる恐怖と安堵と不安とを持て余していたのだ。

築いた覚悟が何度も折れそうになりながら、それでもそんな恐怖に嘘を吐き続けて虚勢を張っていた。私の心はあの時、折れてしまう寸前だった。
それと同時に、私は安堵しても居たのだ。これで私を脅かすものは何もない。私はようやく、心に嘘を吐くことを止められるのだと。
けれども、不安は拭えなかった。そしてその不安は、私に葛藤を強いた。

私は彼に証明できたのだろうか?その証明は本当に正しかったのだろうか?
私の選択は間違ってはいなかっただろうか?
それは彼の居場所を奪ってしまうことに繋がらないだろうか?彼等が昔の自分を重ねたというプラズマ団員達は、これからどうなるのだろうか?
答えは、出なかった。それはとても愚かなことだと思っていた。答えの出せない自分にもどかしさを抱き続けていた。

けれど彼は、そうした私の全てを引き取って優しく笑う。

「それにしても、貴方が勝ってよかった」

彼はそう紡いで、私の頭をそっと撫でた。
私はその彼の優しい言葉を笑顔で受け取るための準備ができていたのだ。

「よければまた、此処に来てください。あの頃のように、沢山、話をしましょう」

「!」

「わたしも、これから何をすべきか、決めかねていますから」

私は直ぐに頷いた。
戻ってきた。あの優しい時間が、戻って来たのだ。私は嬉しさにぼろぼろと涙を零した。
慌てて私の目元を拭う彼に「違うんです、嬉しくて」と返せば、彼は私の背中を抱いて引き寄せ、強く抱き締めた。


クロバットはイッシュの何処にいても、あっという間に私を、プラズマフリゲートが停泊している17番水道まで運んでくれた。
私は毎日のように彼の元を訪れた。彼は相変わらず難しい本を読み、私の質問に難しい言葉で答えた。
ヒオウギでの時間と異なるのは、出会い頭に彼からポケモンバトルを申し込まれることだった。
彼がヒオウギで連れていたロトムは、ウォッシュロトムの形で私のロトムと戦った。お互いが全力を出した上でのバトルを、しかし彼が制したことは一度もなかった。

その後で、彼は紅茶を入れてくれた。
苺の香りのする紅茶を注ぎ、3分が経過するまで待ってから2つのカップに注ぎ、私のカップにだけ、角砂糖を一つ落とした。
オイル時計をゲーチスさんとのバトルで割ってしまったと告白すると、彼は少しだけ悲しそうに笑った後で「気にしないでください」と私の頭を撫でた。
暫くすると、私はあの頃のように、紅茶を入れる係を申し出た。戻ってきた優しい時間、広がる世界を愛せる時間を、私は取り戻しつつあった。

しかし、私が振りかざした拙い正義は、それを許さなかった。

「ここでしか生きていけない人間もいるのよ!」
「だって、ここには仲間がいたんだ」
行き場を失くしたプラズマ団員の声を、私はアクロマさんの元へと通う中で頻繁に耳にした。
私が貫いた正義のせいで、居場所を失った人間が確かに居たのだ。
私の正義が誰かの居場所を奪った。その事実は私に絶大なショックを与えた。

だけど、それじゃあ一体、どうすればよかったというのだろう?

私は何度も何度も記憶の海を泳いだ。
私の選択は本当に正しかったのか、私の正義で傷付く人を増やさない方法は他に無かったのかを、ずっと考え、模索していた。
けれど、見つからないのだ。どうしても見つけられない。
私があの場で、アクロマさんやゲーチスさんと対峙することをしなければ、今頃イッシュは氷漬けとなり、プラズマ団の支配下に置かれていただろう。
けれど、それを拒み、戦うことによって、プラズマ団を居場所としていた彼等を苦しめることになってしまう。
どうしようもなかったのだろうか?私の運命は袋小路になっていたのだろうか?


誰かが必ず苦しまなければいけないようになっている、この理不尽な世界に、私は屈するしかなかったのだろうか?


そうしたことを私は時折、アクロマさんの前で話しては、みっともなくぼろぼろと涙を零した。
彼は優しい。みっともなく後悔を続ける私を責めない。

「迷ってもいいんですよ。悩んでもいい。それは悪いことではありませんから。
その迷いに答えが出なかったとして、それは当たり前のことなのですよ。世の中にはそうした問いの方が遥かに多いのですから」

彼はそう紡いで私の涙を拭う。

シアさん、もう、貴方の旅を脅かすものは何もないのですよ。
貴方とポケモンを引き離そうとする組織も、貴方に危害を加えようとする人物も、もうその力を失っているのですから。
貴方は自由に、思うままに生きることができるのですよ」

「……自由、に」


シアさん、貴方はどうしたいですか?」


彼のその言葉を、私は脳裏に焼き付けていた。
私の、したいこと。
それは衝動的と言っていい程の、焦燥を含んだ願望だった。それを口に出すことはどうしても躊躇われた。しかし、それが私のしたいことだと確信していた。
私の振りかざした拙い正義に、私は責任を取りたかった。私のせいで傷付いてしまった人への償いをしたかった。
自分の犯した、無知故の罪を償ってはじめて、私は前に進める気がしたのだ。

そして、この優しい人は、そんな遠回りをする私を咎めない。
優しく微笑み、待ってくれる。だから私は、その思いのままに歩き出すことができたのだろう。

私は、「彼」を探すことにした。


2014.11.20

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