21 finale

私と対峙したテラキオンは、じっと私を見つめた後で、その大きな身体を跳躍させて草むらへと逃げ去ってしまった。
私は認められなかったのだろうか。そう思ったが、しかしそれでも私の意志は変わらない。
彼の力がなくても、私にはロトムやダイケンキ、クロバットがいてくれる。彼等の力を私は信じているし、彼等のことを私は誰よりも知っている。
彼等と力を合わせても敵わないのであれば、きっと他にポケモンを何匹連れていようとその結果はきっと変わらないであろうと思った。

私は彼に貰った機械を握り締めて、セイガイハシティに戻り、ダイケンキの背中に乗って海を渡った。
この21番水道はサザナミタウンに繋がっているようだ。きっとこの下にマリンチューブが通っているのだろう。
そう思いながら、私はその途中にある海辺の洞穴に辿り着いた。
そこは潮の香りがする薄暗い洞窟だったが、中はそこまで入り組んでおらず、出口らしき場所は直ぐに見つけることができた。

そこで私は、4番道路を思い出させる懐かしい岩を見つける。
『これから向かう先で、貴方の行方を阻むものが現れた時に、それをお使いください。』
彼の言葉を思い出し、私は迷わずにその機械を岩にかざし、スイッチを押した。

ひょこ、と顔を出したイワパレスは、鋏のような形をした手をこちらに掲げ、手を振るように揺らした後で、ゆっくりと洞穴の奥へと立ち去ってしまった。
きっとあのイワパレスは、プラズマ団が行く手を塞ぐためにここへ連れて来ていたポケモンなのだろう。
元気になってよかった、と私は思い、彼に小さく手を振って洞穴を出た。
彼の研究はやはり、間違っていなかったのだ。
科学で引き出せるポケモンの力も存在する。ただ、それだけではないだけ。きっとポケモンも、私達や世界のようにとても複雑なだけ。

そして洞穴を出た私は、目の前に現れた見覚えのある船に空から乗り込もうとして、クロバットの入っているハイパーボールに手を掛けた。

「おーい、シア!」

すると、聞き覚えのある声が、その船の中から聞こえてきた。それと同時に、船から階段が伸びてこちらへとやって来る。
まるで私を歓迎しているかのようなその動きを私は不審に思い、……しかし船から飛び降りた人物を見てその警戒を解いた。

「シズイさん、どうして此処に?」

「何を言うとる、この船に入りたいんやろ?ほれ、開けてやったぞ」

眩しい笑顔で彼は背後の大きな船を指差す。
どうやら船から伸びてきたこの階段は、シズイさんが船内に潜り込んで出してくれたものらしい。

「アンタ、プラズマ団と戦うつもりはないんじゃなかったのかよ」

私の背後から聞こえたその声はヒュウのものだった。彼もこの場所を探し当てて来たらしい。
シズイさんはそんな彼の追求に肩を竦めた。

「おう、おいはプラズマ団に恨みはない。ほんまに悪いことをしているのかも知らん。
皆、あいつらは悪い、そう言っとるからって何も考えず、プラズマ団は悪いと決めるのはおいの流儀ではない!
でも、おまはんらが困っとる、それなら助けてやらねばならん、それがおいのやりたいことじゃ!」

私は出しかけていたクロバットのボールを仕舞い、彼に深くお辞儀をした。
ありがとうございます、と言えば、彼はきょとんとした顔の後で豪快に笑い、明後日の方向を指差す。

「礼なら、あいつらにも言うてやりなって」

私はその方向を振り返り、息を飲んだ。

「コバルオン、ビリジオン!テラキオンも、どうして……」

その3匹は私に毅然とした足取りで近付き、その鋭い目で私を見つめた。
もしかしたら、と思った。アクロマさんの言葉が脳裏を過ぎった。
『テラキオンも含め、貴方が出会ったと手紙で話してくれた、コバルオンやビリジオン。
この3匹はいずれも、プラズマ団の危険な気配を察知し、彼等に対抗できる強きポケモントレーナーを求めているのでしょう。
彼等が貴方に注目している、この意味が解りますね?』

「私に、力を貸してくれるの?」

彼等は一様に頷き、優雅に跳躍して船の中へと飛び込んでしまった。
「ほれ、おはんも早う行かんと!」とシズイさんに背中を押され、私は階段を駆け上がる。
隣を漂っていたロトムが、負けていられないとばかりに私を追い抜いていった。

テラキオンやビリジオン、コバルオン達は、次々に現れるプラズマ団のポケモン達と戦ってくれた。
彼等は私が指示を出さずとも立派にバトルをこなしていたが、その戦い方は少しだけ手加減をしているようにも感じられた。
彼等はイッシュを守るために、私に力を貸してくれたのであって、彼等のポケモンを必要以上に傷付けてしまうのは本意ではないのだろう。
彼等は戦いながら、私に先へと進むように促した。

船の中は複雑に入り組んでいて、幾つものワープパネルが置かれていた。
私はそのパネルに次々と乗り、あちこちに移動を重ねながら、最奥に繋がる通路のバリアを解除して回った。
私を見つけたプラズマ団員達は、当たり前だが一様に立ち塞がり、バトルを仕掛けてきた。
しかし組織のポケモンドクターは、疲れ果てた私のポケモンを回復してくれた。
どうして?と尋ねた時の、彼の言葉が忘れられない。

「傷付いたポケモンに、敵も味方もあるもんか!」

私はその発言に、彼がこの組織を見限られなかった理由を見た気がしたのだ。

そして私は全てのバリアを解除し、船の奥へと進んだ。
そこにはカゴメタウンで出会ったヴィオさんが私を待ち構えていた。

「お前はプラズマ団にとって不安要素になりかねない。ここで排除する!」

「させないぜ」

彼の言葉に被せるように、ヒュウが後ろのワープパネルから現れた。
彼等にポケモンバトルを仕掛けられ、勝利を収めた私達は、船の更に奥にいるポケモンに気付いた。
見た事のないポケモンであったにもかかわらず、私はそのポケモンの正体に気付いてしまう。

「……キュレム」

このポケモンが、伝説のドラゴンポケモンなのだ。
自身をも凍らせ、弱々しく鳴いているその姿に私は胸が締め付けられる思いがした。
そのポケモンの名前を言い当てたことに、ヴィオさんは驚いたらしい。

「ほう、存外、聡いトレーナーだ。それ程分別があるのに、何故私達のアジトに乗り込む危険を冒すのだ?」

「……」

その質問に私が答えずにいると、代わりにヒュウが口を開いた。

「妹のポケモンを取り戻す為ならなんでもする。
お前等にとってはただのチョロネコかもしれない。けどな、死んだじいちゃんが妹の為に捕まえてくれたチョロネコは、世界にそいつだけなんだよ!」

「個人の思いか……。それはお前にとってとても大きなことだろうが、他人から見ればどうにも小さなものだぞ。
それに比べ、この船の威容を見たか?この船で今度こそ、イッシュを支配するのだ!」

「違います」

私は思わず声に出していた。ヒュウとヴィオさんが驚いたようにこちらを見る。
震える手を強く握り締めて、私は大声で続きを紡いだ。

「そうです、一人の思いはとても小さい。でもその思いは、世界を変えるんです。誰かを想うその心が、この船の威容に劣る筈がないんです。
これ以上、誰かの思いや願いを侮辱するのなら、許さない」


「それが、忠告を無視して此処へ来た理由か?」


私は目を見開いて戦慄した。その声に聞き覚えがあったからだ。
それは、ホドモエシティの港からこの船へ乗り込んだ時に、私達に金縛りを掛けた3人組の声だった。
いけない。そう思ったが既に遅かった。私達はまたしても身体の自由を奪われてしまった。

視界が暗転し、……気が付くと私は、船の外へと追い出されていた。
彼等は超人的な力で私の自由を奪うことはするが、私に危害を加えることはしないらしい。
そのことに安堵したのも束の間、目の前のプラズマ団の船、プラズマフリゲートは飛び上がり、北西の方向へと飛んでいってしまった。
ヒュウは迷うことなくボールからポケモンを取り出し、その船を追いかけるために飛び去ってしまった。

私もクロバットで追いかけようとしたが、生憎、彼は先程の戦いで疲れ果ててしまっている。
どうしよう、と慌てる私に、コバルオン達が現れた。コバルオンは私をじっと見て、その頭で自分の背中を指し示す。

「……乗せてくれるの?」

頷いた彼に、私は飛び乗った。
瞬間、物凄い力で砂浜を蹴った彼は、21番水道にある岩場を次々と飛び越えて海を渡り始める。
あまりのスピードに私は息を飲み、振り落とされないようにと必死にしがみつく。振り返ると、ビリジオンとテラキオンも付いて来てくれていた。

私は遠ざかるプラズマフリゲートを見上げる。
その船は、眩しい太陽を隠していた。


2014.11.20

フィナーレ 最終楽章

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