『アクロマさんへ
連日のお手紙、ごめんなさい。
ソウリュウシティのベンチに座って、この手紙を書いています。
私はあれからカゴメタウンを出て、ビレッジブリッジという大きな橋を渡りました。
その先の11番道路で、またしても見知らぬポケモンに遭遇します。
ビリジオンというらしいのですが、このポケモンもまた、13番道路で出会ったコバルオンと同様にこちらをじっと見つめていました。
射るようなその視線に攻撃的な色は含まれていなかったので、私は軽くお辞儀をしてその横を通らせてもらいました。
ゲートを抜けた先には、ソウリュウシティという町がありました。古い建物が立ち並ぶ、とても静かで雰囲気のある、素敵な町です。
この町は古くからドラゴンポケモンと深く関わってきたようで、ジムもドラゴンタイプを専門としているようでした。
このジムではクロバットが大活躍しました。ドラゴンタイプにはどうやら、電気タイプや水タイプの技はあまり効果がないようです。
彼のアクロバットで先制を決め、勝利を収めることができました。
7つ目のバッジを貰った私は、ジムリーダーであるシャガさんに、ドラゴンポケモンについての話を聞きに行きました。
そこでは私の知らない、イッシュの神話の全容を教えて頂くことができました。
どうやらレシラムとゼクロムは、元々は一つのポケモンだったようです。そのポケモンが分裂する時に、もう一匹、別のドラゴンポケモンが誕生していたのだと言います。
そのポケモンの名前はキュレムといい、元々のポケモンの「抜け殻」とも言うべき存在なのだとシャガさんは説明してくれました。
今はジャイアントホールの近くに生息しているという話を聞き、もしかしたら、カゴメタウンでの「お化け」の伝承は、キュレムのことを指していたのでは、と思いました。
……勿論、何の根拠もない、ただの私の推測です。
プラズマ団はどうやら、レシラムとゼクロムではなく、そのキュレムというポケモンを狙っているようです。
キュレムの無事を確かめるために、私はこれから、ジャイアントホールへと向かおうと思います。
敵だとみなされて、攻撃されなければいいのですが。
シア』
ポストに手紙を投函した、その瞬間だった。
私の背後に大きな影が差した。振り向くと、サザンドラが手紙をくわえていた。
私は前回のように彼と挨拶を交わし、手紙を受け取る。その後で、鞄からミックスオレを取り出した。
「いつもありがとう」
そして私がミックスオレのプルタブを開けた途端、彼は右の口で缶をくわえて持ち去ったのだ。
驚く私の前で、彼はその右の口を腕であるかのように使い、真ん中の口へと注いだ。
前にアクロマさんが説明してくれた通り、この両端の頭は頭の機能を持った腕、のようなものであるらしい。
器用だなと感心しながら、しかし待ちきれないといった風に私の手からミックスオレを取り上げたサザンドラがおかしくて、私は笑いながらサイコソーダの缶を取り出す。
「こんなのもあるんだよ。飲んでみる?美味しいよ」
あっという間に飲み干してしまったミックスオレの缶を右の口から回収し、私はサイコソーダの缶を開けた。
またしても待機していた右の口が、ひょいとその缶を奪い去る。ミックスオレのように勢いよく口に注いだ彼は、しかし目を見開いて唸り声をあげた。
「あ、ごめんなさい!炭酸は苦手だった?」
慌てて謝罪し、その缶を受け取ろうと手を伸ばすが、彼は真ん中の首を振って拒否の意を示した。
どうやらこのサザンドラは、サイコソーダのような炭酸飲料の類を、今まで飲んだことがなかったらしい。
驚いたのはそのためだろうと納得した私は、少しずつサイコソーダを飲む彼を待っている間に、彼からの手紙を開封し、読み始めた。
『拝啓 シアさん
お手紙ありがとうございます。いつも楽しく読ませて頂いていますよ。
コバルオンと出会ったのですね。彼はイッシュに伝わる伝説のポケモンの内の1匹です。
他にもイッシュにはビリジオンとテラキオンというポケモンがいますが、シアさんなら、また会えるかもしれませんね。
というのも、彼等3匹は力のあるトレーナーの前にしか姿を現さないとされ、研究も全く進んでいない程に珍しいポケモンだからです。
その内の1匹が貴方の前に姿を現したということは、おそらく残りの2匹とも出会うことになるかと思います。
珍しいポケモンと出会えるいい機会なので、もし出会えたなら、図鑑に記録しておくことをお忘れなく。
そろそろ、ソウリュウシティに着く頃でしょうか。
シアさん、くれぐれも無理はしないでください。貴方がどういう人間か、わたしはある程度把握していたつもりです。
しかし、これから貴方の身に起こることの予測はできても、それを貴方がどう感じるかという点については、全く予測ができないし、確証もありません。
ですが、わたしは貴方の感じたままを受け入れようと思います。
それから、質問に答えてくださり、ありがとうございます。
貴方が答えてくれたのですから、わたしも、あの手紙の質問に答えなければいけませんね。
それは』
そこまで読み終えた時だった。私の足元に深い影が差した。続いて聞こえてきた轟音に、上を見上げる。
「!」
船が、飛んでいる。
あまりにも大きいその船体は、ゆっくりとこの町の上空に近付いてきている。
その船には見覚えがあった。私がPWTの港から、ヒュウを追い掛けて乗り込んだ、プラズマ団の船だ。
その船の船体部分が開き、ミサイルの発射台に似た何かが出てくる。
驚愕のあまり立ち尽くしていた筈の私を、サザンドラは両端の頭で抱きかかえた。
カラン、という、サイコソーダの缶がアスファルトに落ちる音がした。
サザンドラがアスファルトから離れたのと、その船がレーザーのようなものを発射するのとが同時だった。
それはあっという間の出来事だった。
とてつもない熱を含んでいるように見えたそのレーザーは、しかしソウリュウの町を燃やすのではなく、氷漬けにしていったのだ。
建物や広場が一瞬にして氷に覆われていく。ポケモンセンターの自動ドアは不自然なところで止まったまま動かなくなってしまった。
氷に靴を取られて、それを脱ぎ捨てて家屋へ逃げ帰る人の姿。しかしその家屋も氷漬けにされてしまって、開かない。
建物に閉め出されている人や、その中に閉じ込められている人はかなりの数になる筈だ。
先程まで平和そのものだった、穏やかなソウリュウシティが、一瞬にして悲鳴と混乱の渦に包まれていく様子を、私はサザンドラの背中から茫然と見ていた。
それは夢ではない、とても恐ろしい現実だった。
やがてサザンドラは、その混乱の渦の真ん中に私を降ろした。
……もしかして、私を守ってくれたのだろうか?
ありがとう、と震える声でお礼を言うと、彼は大きな鳴き声をあげ、そのままあっという間に空へと消えてしまった。
私は空を飛ぶ船を見上げた。その船は進路を変え、この町から遠ざかっていくようにも見えた。
私の頭が結論を出す前に、私の手は動いていた。ボールからクロバットを取り出し、その背中に飛び乗る。
「あの船を追って!早く!」
その声は掠れていた。恐怖からだろうか、それとも焦燥感からだろうか。
クロバットは素早く空へと舞い上がり、立ち去ろうとしていたその船を追い掛けた。このクロバットに先制を取ったポケモンは居ない。大丈夫、必ず追い付ける。
『我々は今一度、伝説のドラゴンポケモンを従え、イッシュを支配する!』
ヴィオさんの言葉が脳裏を掠めた。これ以上、混乱を広げてしまう訳にはいかない。
私は焦っていた。一刻も早く彼等を止めなければならないと感じていた。
私はこの時、まだ、知らなかったのだ。プラズマ団が他の町ではなく、ソウリュウシティを選んだのには理由があったのだということ。
ヴィオさんやダークトリニティと呼ばれるあの3人の人達が、ジムリーダーのシャガさんから「遺伝子の楔」を今まさに奪おうとしていたこと。
キュレムは既にプラズマ団に囚われてしまった後で、ソウリュウシティを氷漬けにしたその力は、他でもないそのキュレムによって引き出されたものだったということ。
クロバットは順調に飛行を続け、その船との距離を詰める。
私は直ぐにでも船へと飛び込めるように、クロバットの背中で身構えた。その時だった。
二つの太陽がこちらを見ていた。
私は息をすることを忘れた。
クロバットは私の異変に気付いたのか、怪訝そうな顔をして小さく鳴く。その瞬間、確かに時が止まっていたのだ。
私は震える手に握り締められていた、手紙の最後に目を落とす。
『貴方のことだと答えたいけれど、答えられない。これが答えです。』
船が遠ざかる。
世界が、音を立てて割れる。
2014.11.19
トナンテ 雷のように