「シア!」
私とロトムの追いかけっこは、その声によって中断させられてしまった。
振り返れば、一つ年上の幼馴染が、妹の手を引いて駆けてくる。
「久し振りだな!お前、ポケモンを貰うんだろ?」
「ヒュウ、久し振りだね。そうだよ、ポケモンとポケモン図鑑を貰って、旅に出るの」
そう返した私の髪を、戻ってきたロトムがくいっと引っ張る。「競争はどうしたんだ」と言わんばかりの不機嫌な表情だ。
ごめんね、お友達と話をしていたの。そう返すと、彼は驚いたとばかりにロトムへと駆け寄る。
もう貰った後だったのか、と聞かれ、この子はまた別なの、と慌てて訂正した。
ここ数か月はずっとアクロマさんの所へ通っていたため、彼と顔を合わせる機会が全くなかった。
そうでなくとも、そこまで親しい間柄という訳ではないのだが、暫く見ないうちに彼は少しだけ背が伸びたようだ。
もっと小さい頃は私の方が背が高かったのに、男の子の成長は突然で急速に訪れるらしい。
「シアさん」
そんなことを考えていると、彼の背中に隠れていた妹がひょこっと顔を出して私を呼ぶ。
どうしたの、と首を傾げてみると、おずおずと彼女は紡いだ。
「ポケモンを貰ったら、絶対に大切にしてあげてね」
心臓が跳ねた。19番道路でのアクロマさんとの会話を思い出したからだ。
彼女のポケモンがプラズマ団に奪われたことを、私は以前に教えて貰っていた。
『そういう過去を持つ人間は、ポケモンと関わることがトラウマになってしまう事例があるようですからね。』
だからこそ、彼女はポケモンをとても大切に思っている。今度こそ失わないようにと、失ってほしくないと、願っている。
私はロトムをそっと腕に抱き、気丈に、笑ってみせた。
「うん、大事にするよ。素敵なアドバイスをありがとう!」
ほっとしたように笑った妹に、先に帰っていろと促したヒュウは、満面の笑顔で私に向き直った。
「よし、お前のポケモンを貰いに行くぞ!」
「ヒュウも来るの?」
「友達甲斐のない奴だな……」
冗談だよ、と笑いながら、私は今度こそヒオウギの高台を目指す。
彼の手元にはボールが一つ揺れている。生まれたばかりのツタージャを、私は幾度か見せて貰ったことがあった。
まだ歩くのも覚束ない様子で、わたわたと駆けていた彼のポケモンは、あれから彼とどのような時間を過ごしたのだろう。
「ポケモンを貰ったら当然、旅をするよな!……その時には、ちょっと俺の手伝いをして貰うぜ」
「手伝い?」
「ああ、俺にはやることがあるからな!」
きっと、チョロネコだ。私は尋ねこそしなかったが、ほぼ確信していた。
妹のチョロネコを奪われた日、自分は何もできなかったのだと悔し涙を零していた彼のことを、私は鮮明に覚えている。
何も、できなかった。それは彼の中で罪悪感と後悔という感情に変わり、彼に重くのしかかっていた。
きっと彼の旅の目的は、イッシュ中を自由に旅できるくらいに強くなり、妹のチョロネコを捜し出すことなのだろう。
「お前はセンスがありそうだからな、期待してるぜ」そう言った彼に私は苦笑する。
まだポケモンバトルをしたこともない、ロトムと出会って一日も経っていない私が、彼の求める「手伝い」に見合う程に強くなれる保証など、何処にもないのに。
「私は、ポケモンバトルのセンスがないかもしれないよ」
「そんなこと、ある訳ないだろ!」
彼は相変わらず、向こう見ずで力強い励ましが得意だ。
そして私も、そんな彼の言葉を上手く取り込むのが得意になっていた。
適度な刺激を与えてくれる彼との会話は忙しなく、落ち着かないけれど、決して嫌いではなかった。
そして、私に手助けを求めてくれる、そのことが純粋に嬉しかった。
「……あ」
高台でイッシュを眼下に据える後ろ姿には見覚えがあった。
私は思わず駆け出す。
「ベルさん!」
「あ、シアちゃんだ!久しぶりだね、元気にしていた?」
いきなり親しげに会話を始めた私に、知り合いだったのか、とヒュウは苦笑した。
ベルさんはカノコタウンに住む、トウコ先輩の幼馴染だ。トウコ先輩程ではないけれど、何度か会ったことがあった。
最後に会ったのは2年以上前で、その時にはなかった眼鏡が彼女のチャームポイントとなっていた。目が悪くなったのだろうか?
「シアちゃんのことをアララギ博士に話したら、是非ポケモン図鑑を持ってほしいって言うから、あたしが届けに来たの」
カノコに住む博士の研究を手伝っている、というトウコ先輩の話は本当だったらしい。
ヒオウギまで遠くて大変だったよ、と笑う彼女に私は頭を下げる。イッシュ地方において、カノコタウンとヒオウギシティはとても離れているのだ。
「さて、この中に、貴方のパートナーとなるポケモンがいるの。好きな子を選んでね」
差し出されたケースの中で、3つのボールが揺れている。
イッシュで初心者のポケモントレーナーが貰える、ツタージャ、ポカブ、ミジュマルの3匹が、それぞれ中に入っているのだろう。
私はボールの中身を確認することなく、目を閉じてから、ケースに手を伸ばす。最初に触れたそのボールを、掴んだ。
「この子にします!」
宙に投げたボールから飛び出して来たのは、貝殻を大事そうに抱えた小さな子。ミジュマルだった。
覚束ない足取りで歩み寄ってきた彼に、そっと手を伸ばす。
「こんにちは、ミジュマル。よろしくね」
小さな手は、私のそれを掴んで勢い良くぶんぶんと振った。
『アクロマさんへ
ヒオウギシティで私は、ベルさんという人からポケモンを受け取りました。
彼女はカノコタウンにあるポケモン研究所で、アララギ博士の助手をしているそうです。
彼女が連れてきてくれたポケモンは3匹居ましたが、私はその中のミジュマルを選びました。
彼はとても元気がいい、水タイプのポケモンで、貝を大事そうにずっと握り締めています。
それからポケモン図鑑も貰いました。
イッシュに生息するポケモンの分布は、2年前に比べて随分と変わってしまったようです。
こうして旅をする傍ら、ポケモンの生息地や情報を調べて図鑑に記録してくれるのはとても助かる、と言われました。
私と同時期に、ヒオウギを旅立ったポケモントレーナーがいます。
私よりも一つ年上の彼はきっと、5年前に奪われた妹のチョロネコを探すための旅に出たのでしょう。
私にも手伝ってほしいと、言われました。私は彼の力になれるのでしょうか?少しだけ不安です。
彼がタマゴから孵したというツタージャと、私のミジュマルは早速バトルをしました。
ポケモンバトルは本で見たり、その様子を見たりして感じたよりもずっと難しくて、緊張するもので、けれど同時に、その勝利はとても嬉しいものでした。
活躍させてくれなかったロトムが少々、拗ねているので、次回からは彼もバトルに参加させてあげたいです。
19番道路では、アデクさんという方に出会いました。
彼はイッシュ地方のチャンピオンを務めていたようですが、詳しいことはあまり知りません。
私の知り合いが、彼のことを酷く嫌っていたので、あまりいい印象はありませんでしたが、実際はとてもいい人でした。
旅立ったばかりのポケモントレーナーである私に、親切にもアドバイスをしてくれました。
「トレーナーはポケモンの為に何をすべきか。それを突き詰めれば自ずと見たいものも見えてくる」
彼のその言葉に、私は考え込んでしまいました。私はこの子達のために何ができるのでしょうか。
実践経験がない私は、本やテレビでしか見たことのないポケモンバトルに、少し、疲れていました。
先ず、飛び出して来るポケモンのタイプがよく分からないし、当然ながら、使って来る技のタイプを判別することなどできる筈もありません。
タイミングの指示と、注意喚起。私ができるのはそれくらいでした。
空っぽのポケモン図鑑では、ポケモンや技のタイプを勉強することもできません。旅に出る前にもう少し、ポケモンの本を読んでおけばよかったな、と後悔しています。
今はサンギタウンのポケモンセンターから手紙を書いています。ロトムやミジュマルが悉くペンを持つ私の邪魔をしてきます。
でも、それすら楽しいと思える私は、この子達のトレーナーになりつつあるのでしょうか?
お仕事、頑張ってください。応援しています。
シア』
2014.11.17
アレグロ 速く