「なんでオレが怒っているのか分かるか、ミヅキ」
いつもなら常夏の湿った風に吹かれてゆらゆらと陽炎のように揺れるその白波は、けれども彼の激情を表すかのように凍り付いていた。
早く元の柔らかな髪に戻ってほしいなあ、などとぼんやりと思いながら彼を見上げる。恐怖の一切を示さない私の表情に、彼は益々苛立ちを募らせている。
ひそめられた眉も、射るような三白眼も、私を威圧し恐れさせようとする類のものであることは分かっていた。
けれども私はこの恐ろしい人が怖くない。彼はある種の責務に従いそのようにしているだけだと知っているからだ。
彼は、怖がらせていなければならないのだ。彼は恐怖を植え付け威圧させる側でなければならないのだ。
何故ならそれが、スカル団というならず者の集団のトップに君臨する彼の矜持であるからだった。
加えて、相手を恐れさせることのできなくなった彼は、いよいよその本性を露わにして恐れる側に回るしかなくなってしまうからであった。
「分からないよグズマさん。貴方が怒っていることは伝わるけれど、その理由なんて私には分からない」
「……てめえ」
「だって私、今、バトルツリーから帰ってきたばかりなの。カミツルギやアシレーヌと一緒に頑張ってあの木を登ったんだよ。
彼等と一緒に戦っていたの。必死だったの。夢中だったの。とても楽しかったの。
その間、貴方のことを考える余裕なんてこれっぽっちもなかった。私は、いつもいつでも貴方のことを一番に想っている訳じゃないんだよ」
貴方だってそうでしょう、と細めた目のうちに告げる。彼の眉がより強く歪む。言葉を失う。私の胸ぐらを掴む手の力が、急速に弱まる。
この子供みたいな人の恐怖を引き出すことは驚くほどに容易い。彼の心理構造の一部は私のそれにとてもよく似ているからだ。
私が怖いこと、私が恐れていることを、そっくりそのまま彼へと示してしまえばいいだけの話であったからだ。
私達のおめでたく傲慢な望みなどこのままならない世界においては一生叶いやしないのだという、
その真実を、生きるってほとほと悲しいのだという真実を、改めて彼の眼前に突き付けるだけでよかったからだ。
「でも貴方は、貴方が怒っていることを私に分かってほしいんだよね。その理由も、その解決策も、私に見つけてほしくて堪らないって顔をしているもの。
ねえ、聞かせて。私が悪いのだとしても、貴方の言葉で伝えてくれなきゃ、私、謝罪の焦点を何処に当てればいいのか分からないよ」
「……お前、が」
「うん、私が?」
「お前がアクロマとかいう奴と一緒にツリーに挑んでいやがる間、お前に誘われるものと思っていたオレとグソクムシャはどうすればよかったんだよ」
私の右肩にがっくりと頭を押し付けた大きな子供、その白波に手を回してわしゃわしゃと掻き混ぜる。
眉間の緊張は解け、目は鋭さを失って溶けるように細められているのが分かる。分かってしまう。
分かることも分からないことも、貴方とのことであればいつだってこんなにも楽しく嬉しいのだ。
「心外だなあ、私はちゃんと、朝一番にポータウンに行って貴方を誘おうとしたんだよ?
それなのにグズマさん、部屋にいなかったから、急用ができたのかもしれないって思って、諦めてすぐに帰ったの」
「……大したことじゃねえよ、屋敷の水道管が割れたからプルメリと一緒に修復していただけだ」
「そうだったんだ。じゃあどのみち、ツリーへの挑戦は無理だったね。
でもこんなに貴方が不安になってしまうなら、もっとちゃんと探せばよかった。嫌な気持ちにさせてしまって、ごめんなさい」
よし、このまま外に出てしまおう。
そうすればこの白波だって私の手がなくともふわふわとたなびき、美しい様相で、それこそ「宝石のような」姿で私を迎えてくれるに違いないからだ。
私達が宝石だなんて、そんなことは万が一にも在り得ないと、知っているけれど!
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リハビリ一発目がこんなんで本当にええんですか