ジョインアベニューの通りの隅、人通りの少ない場所で子供達が楽しそうに歌っている。
あの子がほしい、あの子じゃ分からん、と、手を繋いで作られた二つの「陣」が互いに誰かを取り合っている。
指名された男の子と女の子が陣から切り離され、一歩前へ出てボールを構える。
幼い子供による1対1のポケモンバトルは、しかし通常のそれとは異なり「どちらかに1回でも技が当たれば終了」という、実に子供らしいささやかなものだった。
素早く回避を繰り返していたダルマッカに、ようやく相手のチラーミィの攻撃が当たる。わっと両方の陣から歓声が上がる。
労いの言葉をかけつつダルマッカを戻した女の子が、悔しそうに反対の陣へと駆けていく。チラーミィをボールに仕舞った男の子がその手を取り、自らの陣へと迎える。
陣に取り込まれた女の子は、けれども次の瞬間には「勝って嬉しい」と、彼等と共に声高らかに歌っている。数を減らした側の陣も「負けて悔しい」と大声で奏でている。
「花一匁、楽しそうですね」
隣で少女がそう告げて、首を小さく揺らしながら歌い出す。
あの子がほしい、あの子じゃ分からん、と、あの子供達による甲高いそれよりも少しばかり落ち着いた、けれどもまだ幼く少女を極めた旋律がそっと零れる。
相談しましょう、そうしましょう、と歌ったところで彼女は歌を止め、照れるように小さく笑った。
「誰がほしいか決まりましたか?」
「え? ……あ、そうですよね。えっと……その、困ったなあ」
本当に眉根を下げて困り果てる彼女に「わたしはもう決まりましたよ、シアさん」と追い打ちをかける。
それに反応したのは彼女ではなく、彼女の傍を泳ぐロトムだった。勝ってから奪っていけ、とでも言うように、その大きな青い目には挑発と高揚の炎が宿っている。
ポケモンバトルの気配を拾い上げたとき、彼女のポケモンは皆、こういう目をするのだ。そしてその目に背中を押される形で、少女も同じように笑うのだ。
「それじゃあ、一番強い子を出してください、アクロマさん。私が勝ったら貴方は私のものですからね」
「ええ構いませんよ。貴方も当然、覚悟は出来ているのですよね?」
最高に無駄なポケモンバトルが始まる。どちらが勝っても何の益も生まないじゃれ合いが、ジョインアベニューの往来で繰り広げられようとしている。
子供達が花一匁を休止して駆け寄ってくる。通りかかる人も足を止めて、二人の一騎打ちを見守るために輪を作り始めた。
男が投げたボールから現れたメタグロスに、人混みからわっと歓声が上がる。
少女は嬉しそうに微笑みながら、しかしその目の海だけはどうにも笑っていないのだ。まるで獲物を捕らえるフォーグルのような、獰猛な深みで彼を見ているのだった。
この輪を作る人達はきっと知らないのだろう、と男は思った。
少女が勝ったところで何も変わらないということ、男が勝ったところで何も変えられないということ。
少女が勝利せずとも男は既に少女のものであり、男が勝利したところで本当の意味で彼女を手に入れることなどできないということ。
「私は貴方のもの」「貴方は私のもの」という言葉の意味を、少女はまだ正しく理解できていないということ。それでも構わないと男が思っていること。
そうした最高に無益なポケモンバトルにおいても、相手が「貴方」であるならば負けるわけにはいかないと、互いが真にそう思っているということ。
ああ。
わたしがどうしようもない程に貴方を好きなことを、さて、いつ貴方に知らせてしまおうか。