好きな人、誰よりも尊敬し、誰よりも恋焦がれていた人。それ故に、私が関わることなど本来なら許されなかった人。
そんな人の好きな色を身に纏える幸福、それ以上のものが、この世界にあるはずがなかったのだ。
臓器が、私の心臓を覆うように移植されていた。
私の身体に息づくことなど在り得なかった筈のその臓器は、けれども拒絶反応を起こすことなく、私の最も深いところで脈打っている。
「勇気」という名の付いた臓器、くらくらとする程に私を安心させる臓器を提供してくれたその人は、
けれども自らの勇気を微塵も欠くことなく、私に切符を渡す前と寸分変わらない眼差しを向けてくれる。
誰もに何もかもを与えるために生まれてきたような人、与える存在、それが彼だ。
彼に与えられた臓器が私に前を向かせる。自分のことを、許させる。
ポケモンと共に旅をした。一人で知らない道を歩くことの恐ろしさに、嘘を吐いて歩き続けた。
大勢の人と出会い、話をした。異なる言葉でまくしたてる彼等を恐れながら、俯いて謝り続けた。
あんなに辛い時間、私の心を締め付けるだけの時間、そんな苦しい時を経ても手に入らなかった、勇気とかいう代物。
それを、ああ、貴方は! 貴方は! 傘を差すような自然さで私に与えてしまわれた!
あの時間は、あの苦しみは何だったのだろう? 遠い日の信託に縋って歩き続けた地獄の日々にどんな意味があったというのだろう?
構わない。意味などなかったとしても、ガラクタのような時であったとしても、そんなことはもうどうだっていい。
貴方に会えた。貴方が私にこの臓器をくれた。私は今、真に貴方と共に生きている。それで十分だ。これまでの苦痛も恐怖も孤独も「これ」で全て帳消しだ。
「どうして、君がそこにいるんだ。どうしてそんな服を着ているんだ。どうしてそんな色に髪を染めたんだ。どうして俺の前を塞ぐんだ」
何故、を投げ続ける男の子を横目に、彼を見上げる。柔らかい視線が降ってくる。
私の肩を抱いていない方の手が、私に「どうぞ」と促すように男の子へと伸ばされる。いいの、と確認を乞うように首を傾げれば、静かに笑って頷いてくれた。
私は男の子へと向き直り、その目を真っ直ぐに見つめて、小さく息を吸い込んで、口を開いてみた。
「私の居場所、私の一番好きな色、私がこの土地で生きる理由、全部、全部、此処に在ったの。やっと見つかったの。私はきっと、このために生まれてきたんだよ」
「……馬鹿なことを言うな。そいつから離れろよ、シェリー」
「そうするよ、君が私に勝てたなら」
ああ、なんて、なんて流暢な言葉だろう! 自らの口からすらすらと流れ出るカロスの言語に私はすっかり高揚していた。
これが勇気の力、私に前を向かせてくれる、私の息を楽にしてくれる、臓器の正体。
この臓器に殺されたって構わない。
誰かにこの力を否定されて、奪われて、昨日までの恐怖を思い出すくらいなら、誰にも取られないところへ一緒に行ってしまいたい。
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参考曲:vocaloid曲「ホワイトハッピー」