「同情であの子を迎え入れようとしているのなら、やめた方がいいわ」
日付が変わろうとしている頃、ヒビキとシルバーが寝静まった頃。
私だけを起こしてリビングへと招いた母さんは、夜中に起こしたことへの謝罪と共にホットミルクを差し出しつつ、そんなことを言った。
「可哀想、っていう気持ちを持つことはとても大事よ。けれどその気持ちのままに、誰もに手を伸べることはできないの。
貴方は……旅をして立派になったけれど、それでも貴方の手はまだとても小さなものよ。貴方が心を寄せる相手、全員を、救うことはどうしてもできないのよ」
「……私は、シルバーに同情したからこの家に招いたわけじゃないし、彼を救うつもりでこんなことを言っているのでもないの。上手く、言えないんだけど……」
「上手く言えないのなら、想いを言葉にできないのなら、貴方の想いはその程度だったということよ」
あまりにも厳しい言葉に私は息を飲んだ。声音は陽だまりのように静かなのに、その中身はまるで血に濡れた刃のように尖っているのだ。
彼女がひとつ、またひとつ、私の想いを切り捨てる度に、私の喉には傷が増えていった。私は徐々に、彼女へと反論することが難しくなっていた。
「貴方がしようとしていることは、とても大事なことなの。
他人を家に招待することは簡単よ。気心の知れた相手なら、一晩や二晩くらい、泊めることだってできるでしょう。
でも「一緒に暮らす」ということを、それらと一緒にしないでほしい。言っていること、分かるかしら?」
私は、必死に考えていた。どうにかして彼への、シルバーへの気持ちを、この人の納得できるような言葉の形にしなければと、必死になっていた。
今が深夜の0時半であることも、両手で包んだマグカップの中身が冷め始めていることも忘れて、私は考えていた。
旅をして、私は沢山の感情を知ったはずなのに、その感情を表す言葉だって知ったはずなのに、彼への言葉だけがどうにも見つからない。
言葉が、言葉が欲しい。私の気持ちを第三者に分かってもらえるように言語化する力が、もっとあればいいのに。
「貴方は彼を大切に思っている。きっと家族のように大事に。だからこの家に連れてきたのよね?
でも私やヒビキは違うわ。私達は彼のことを何も知らない。一緒に暮らすということは、私達に、他人である彼を「家族」のように認識することを強いるということなの。
その変化を周りに乞えるのは、長い人生のうちで1回だけ。貴方が誰かと結婚する、その1回だけ」
「!」
マグカップを乱暴に置いた。ホットミルクがぽちゃん、と大きく揺れてテーブルに少しだけ散らばった。無造作に砕いたパズルの欠片のように見えた。
「そうだよ、私、シルバーとずっと一緒に生き続けたかったんだ。そのために、二人の帰る場所がお揃いになることがあったなら、それはこれ以上ない幸せだって思ったんだ」
「……コトネ、貴方、」
「それって結婚しなければ叶わないこと? もしそうなら私、一生に一度のチャンスを今、使うよ」
*
コトネとシルバーの想い合いは障害のゆるいロミオとジュリエットみたいなところがあるかもしれない