地獄の紅色

最愛のパートナーを見限るための酷い言葉を、彼女は紡ぎ続けていた。
陰鬱な態度がずっと気に入らなかったのだとか、頑としてメガシンカしないその頑固な意思が癇に障るとか、
あんたみたいな最低なポケモンにはあの最低なトレーナーがお似合いだとか、二人でずっと地獄を這っていればいい、だとか。

随分と横暴な物言いだ、今まで散々、そのサーナイトに助けてもらっていたくせに。
などと思ってしまった人がもしいたならば、その人はきっと、この気高い少女の何をも分かっていない。
この、痛々しい程の激情は、傷付けるためだけに吐き出される悪意の刃は、けれども彼女のためのものではなく、地獄へ向かう二人のためのものだ。
二人が、正しく彼女を嫌い、二人で在ることを喜べるようにするためのものだ。
確かに愛したポケモンが、何の心残りもなく元の主のところへ帰れるようにするためのものだ。
そのためならこの少女は、悪魔の仮面を被ることだってできる。

……そうしてようやく「陰鬱」で「気に入らない」「二人」が「地獄」へと戻り、一人になってしまった彼女は、
憑き物が落ちたような晴れやかな顔で、お人形のように美しい所作で、青年に駆け寄り、笑いかけた。

「ふふ、変だわ。一体どうしてしまったというの、ダイゴさん。どうして貴方が泣きそうな顔をしていらっしゃるの」

トキちゃん、」

「私は、どうともないわ。もう平気なのよ。一人に戻るだけ。これまでずっとそうだったことを思い出せばいいだけ。
ホウエン地方でのあれとの旅は、大好きだったあの子との、どんな宝石よりも美しい思い出は、私の見た都合の良い夢だということにすればいいだけ」

造作もないわ、と彼女は笑う。本当に造作もないことであればいいのに、と青年は思う。
強く、強く握り締めている少女の手を取り、両手でゆっくりと開く。女性らしい丸く細長い形の爪、その先にはべっとりと赤い色が付いている。
掌には4つの爪痕と、そこから滲む新しい赤が見えて、暴かれたことを恥じるように少女は肩を竦めて笑ってみせる。
これ程までに悲しい紅色の涙を、彼は見たことがなかった。彼女はこうしていつだって、誰にも見えないように泣こうとするのだ。

「ボク等も地獄へ行ってみるかい?」

「……ふふ、あはは、ご冗談を! 私達はもっとずっといいところへ行くのよ。だってそうしないとあまりにも悔しすぎるわ。あまりにも、寂しすぎるわ」

彼は少女の血塗れの手を包むように、誰もの目から隠すように握って、歌うように笑う少女の隣を歩いた。
地獄の色は手の中に押し殺して、二人はずっと幸せな場所へ行くのだ。そうしなければ、いけなかったのだ。

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