枕元の電話が鳴る。寒いのに、眠いのに、と独り言ちて、毛布の下からもぞもぞと右手を出して、豆電球だけの明かりが揺蕩うやわらかな闇を探る。
受話器らしきものを掴むことに成功して、それを毛布の下へと引き込む。
もしもし、という音を、果たして私の寝ぼけた喉は正確に出すことができたのだろうか。
『トウコちゃん! ねえ! 眠れないの! もうずっと布団の中に入っているのに、全然、眠くなってくれないの! どうしてかな?』
「……」
『今ね、空がすっごく綺麗なんだよ! トウコちゃんに教えなきゃって思って、かけちゃった!』
親友の声、眠れない、布団、星、教え……。
そうした情報と声を私の耳は拾い上げて、そうした単語を送り込まれた頭は徐々に冴えていく。
むくりと体を起こして目をこする。豆電球の頼りない明かりが時計の針を僅かに照らす。
2時。
「ふ……ふざけんじゃないわよコトネ! 2時じゃないの!」
『そうだよ! 丑三つ時って星がくっきり見えるんだね、私、初めて知ったよ!』
「そうじゃないわよ、なんで、あんた、こんな……私は! 私は寝ていたのよ!?」
『でも私は起きていたんだよ!』
何を言っているんだこいつは!
『いいから窓を開けてよ! そうしたら目も覚めるし、イッシュの空だってきっとすごく綺麗だと思うの!』
「冗談じゃないわ、私は寝るのよ! 邪魔しないで! いいから寝かせろ!」
『嫌だよ、寝かさない! 私は起きているんだよ! いいから起きて窓を開けろー!』
深夜2時という時刻は親友を完全に酔わせていた。大人からすれば子供の世迷言にしか思われないだろうけれど、子供だってしっかりと酔うのだ。
アルコールなんかなくたって、人は酔っ払うことができる。お酒を飲まずとも、人はこのような暴挙を冒せる。
怒鳴り合って、罵り合って、喉が掠れてきた頃にようやく私は窓を開けた。
冬の星は目に染みる程に美しく、容赦なく吹き込んできた風は私を身震いさせて、ああこんなもののために、と笑いかけて、
……そこで、ようやく私は気付いたのだった。
「ええ、とても綺麗だと思うわ。それじゃあコトネがもっとこの空を喜べるようにしましょうか」
らしくない沈黙が耳元をくすぐる。
きっと彼女は期待していた。私なら窓を開けてくれると、この丑三つ時の暴挙の意図に気付いてくれると、確信していたのだ。
その、ともすれば傲慢な信頼を持っていたからこそ、彼女はこんな時間に私を呼んだのだ。
「あいつ」以外から寄せられた、強烈な濃度の信頼に気付いてしまっては、もう、怒鳴れそうになかった。
掠れた喉の僅かな痛みを心地良いとさえ感じ始めていた。私も随分と都合のいい奴だ。
「辛い気持ちの時に綺麗なものを見ても、寂しくなるだけだものね? 夜が明けて、星が消えてしまう前に、聞かせなさいよ。何かあったんでしょう」
毛布をぐいと引っ張って、肩の上から豪快に羽織った。折角だから窓は閉めないでおこう。