さあ、始めてください。

どうしましょうか、と少女が言った。どうしましょうかね、と男性が続けた。
同じ色の視線を交えて小さく笑えば、もうそれだけで十分であったものだから、何も始める必要などなかったのでは、と思えてしまう。
このままで満たされている二人にとって、今すぐに何かを始めなければならない理由など、きっとありはしなかった。
少なくとも男は、このまま「どうしよう」と困り果てた言葉を、全く困っていないような様子で、何分でも、何時間でも歌い続けることができるような気がした。

けれども彼女は席を立ち、小さなテーブルの向こう側から随分と大仰な仕草で歩み寄って、彼の手を取る。
貴方と一緒なら何を始めてもきっと楽しく、幸せなはずだと、確信した様子で「さあ」と促し微笑む。
仕方がないので彼は立ち上がる。溜め息に似せた息をわざとらしく吐いてみれば、それだけのことも楽しいらしくまた笑う。

「何をするのが私達らしいかしら。それとも私達らしくないことをする方が、わくわくするかしら」

「……ではカップとソーサーを用意してくれますか? わたしはコーヒーを淹れます。飲みながら、次に何をするか一緒に考えましょう」

「ふふ、そうね、素敵だと思うわ。和三盆があるともっと素敵」

頷いて、コーヒーの袋と和三盆の箱を取り出す。箱の重さは随分と頼りないものになっていて、あと2、3粒しか残っていないのだろうという察しは用意についた。
街の中央にある大きなテパートへ、和三盆を買いに行くのもいいかもしれない。今日はよく晴れているから、その足で街を散策するのも楽しそうだ。
彼女は図書館の近くを通ると必ずそちらへ足を向けるから、大量の本を詰め込むための丈夫な紙袋を持っていくべきだろう。

「一緒に考える」よりも先に、これだけの予定が彼の頭に浮かんでしまう。今日もどうやら、忙しくなりそうだ。

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