6/8、翠子さん

こんにちは、翠子さん。遊びに来てくださりありがとうございます。
Cold Caseを完結させ、そこそこ満たされた気持ちで眠りにつき、翌朝の5時55分。スマホを起動させて一番に飛び込んできた貴方の名前に、笑い出しそうになりました。

こんなことは、前にもあった。覚えがありすぎる光景でした。
Schedule of moonflowerも、マーキュリーロードも、やさしくありませんようにも、貴方からこうしてご感想を頂いていましたね。
文章力が書きたいものに追い付いていないような物語も少なくなかったとは思うのですが、いつでも真摯に読み解いてくださいました。
私以上に物語を知っている方であると言っても過言ではないはずです。
受験生でいらっしゃったときでさえ、お忙しい時間の合間をぬってこちらに来てくださっていましたね。
義務になってしまっていないかな、重荷にはなりたくないなあ、と思いながらも、それでも、嬉しくてうれしくて堪らなかった!

そうした具合に、まるで2年前に戻ったかのような感覚で、わくわくしながらメールを開きました。
書いた本人もびっくりするような、とんでもなく素晴らしいご考察を読めるという確信のもとに。
結果は……私の確信が恥ずかしくなるくらいのものでした。素晴らしい、などではなく、素晴らしすぎる、ものでした。
私はまだまだ翠子さんのことを分かっちゃいないのだな、と、恥ずかしいような悔しいような、そうした気持ちにさせられてしまいました。
ほらぁやっぱり翠子さんは私とは違うモットスゴイナニカじゃないですかぁ! ほらぁ!

改めましてCold Caseのお早いご読了、そして目の覚めるようなご考察、本当にありがとうございました。
「一緒にあとがき書いてください」などという我が儘な打診にもご快諾いただき、とても嬉しく思います。名探偵って貴方のことだったんやなって……。

さて、あとがきにも大体のことは書かせていただいたのですが、更に付け加えられることがあったため、こちらでも同様の記載をさせてくださいね。
ユウリの選択不能性について、イメージとしては「人間失格」の葉ちゃんが一番近いような気がしました。
頭がきれて、社交性も高く、世間に順応しているように見えるけれども、どこか「自分がおかしい」ことを自覚している……。
その「おかしさ」を隠すための装甲が「探偵かぶれの哲学少女」であり、彼女のあの男勝りな口調はこの装甲の表れです。

選択不能性について、「どうでもいい」「興味が持てない」といった理由で選べない訳ではないのだという話については、翠子さんがご言及くださったとおりです。
彼女は元来、好奇心旺盛な人間であり、全てのことに対して興味を持っています。
また、そうした好奇心旺盛な姿勢がいずれ自分の糧になると【確信】しているからこそ、彼女はそうした「追究」の姿勢を決して崩しません。
ただ、旅をして、いろんな経験を重ねて、世の中のことを旅に出る前よりもずっと多く知り尽くしてから、彼女はそうした好奇心云々では解消できない問題があることに気付きました。
それこそが、「老人と海か、シャーロットのおくりものか」といった、完全な「好み」で【何となく】選ぶべきところでの選択であり、
それについて、彼女が旅の中で確固たる答えを得ることはありませんでした。
(金平糖の例示、めちゃめちゃ分かりやすかったです! やはり天才であらせられたか)

「カレーの具にきのこを入れた」「老人と海を読んだ」「緑色のニットベレーを選んだ」「ウバの紅茶を飲んだ」
「どうしてそれを選んだの?」

……この「どうしてそれを選んだの?」という質問には、ヒヤリとさせられる部分が少なからずあるように思います。
自らが「査定」されているような感覚にさせられる、そうした居心地の悪さを私も幾度か感じたことがありました。
加えてこの「どうしてそれを選んだの?」に関しては、確固たる正解というものが存在しません。その選択を支えるのは、選び手の信念であり確信です。
そして、その確信をもってしても尚、自身の選択とその理由が聞き手に好ましく受け取られるかどうかは、分からないままです。

彼女が追究したかった「本質」というのは、その「どうしてそれを選んだの?」に凛とした姿勢で答えられるだけの基盤です。好きなものを好きだと言える強さのことです。
彼女なりの理由、正解のない理屈が、相手に受け入れられるだろうかと怯えなくてもよくなるような、そうした、絶対的な自信に似た何かのことです。
「誰がどう思おうと構わないよ、それでも私はこれが好きだ」と、そう宣言できるだけの強さ、自信を、彼女は求めていました。
けれども、手に入りませんでした。

愛着を持とうとしても不安になるばかりで、好きなものを好きということもできず、己の些末な選択でさえ査定の対象にさせられてしまうかもしれないことにひどく怯えて……。
そうした現状は、旅を終えても変わることはありませんでした。
だからこそ彼女は、一度は求めた「本質」を綺麗さっぱり諦めて、「何を好きになるつもりもない」とまで、言い切ったのです。
「確固たる愛着を持つことで得られるはずだった強さ」が手に入らなくなったから、彼女は「愛着を持たないことで得られる強さ」に自らのスタンスを切り替えたのです。
表向きは、彼女はそういう風な強さを振りかざして、チャンピオンとしての務めを果たそうとすることでしょう。

求められた通りに従順に尽くせば、正当な「評価」を得ます。正しいことを遂行すればよい「査定」を貰えます。
ユウリはその論理に則り、これまでずっと正しいことをしてきました。よい評価、よい査定を受け取ってきました。みるみるうちに力を付けて、チャンピオンにまでなりました。
けれども彼女の求めた「本質」というのは、そうした過程で得られるものではなかったようです。
また、強さを極めてしまい、それを手放すことを許されなくなった現状においては、愛着を下手に我が物として「弱くなってしまう」ことも許されません。
故に、焦がれてきた「愛着」のようなものを目の敵にして遠ざけることしかできなかったのです。
ずっと求めてきたそれを、酸っぱい葡萄であると認識することで彼女はなんとか平静を保っていられたのでしょう。

愛着を理解し己の強みとしようとしたにもかかわらず、強くなり過ぎた今となってはその愛着を「自分を弱くしかねない危険なもの」として遠ざけることしかできなくなった。
これは彼女が臆病であることに起因するものではありません。彼女が【誠実】であったことに起因したものです。【誠実】が故に生じた【アイロニー】です。

彼女は、そうするしかなかったのでしょうね。私も、彼女に、こうなっていただく以外の選択肢が思いつきませんでした。
だってガラルにはプラズマ団がないんだもの!
ガラルには「ではお揃いですねえ」と笑ってくださるザオボーさんがいないんだもの!(ミヅキよかったねザオボーさんがいて……汚れちまったうれしみに!)
彼女の隣にいたのは、勝手にこっちをライバル視してくるエリートトレーナーの息子でも綺麗な綺麗な宝石でもなく、【誠実の権化のような幼馴染】だったんだもの!
……こんなにも恵まれていてしまっては【悪役】になど、きっとなりようがなかったのですよね。
それでも彼女は駄々を捏ね、不満を破棄して、弱音を零し、不適正であると周りに印象付けようとしていました。これもまた、皮肉な話ですね。

好きなものを好きだと口にするだけのことに、ユウリはひどく、遠回りをしてしまいました。
これからも多くの相手に対しては「誰も何も好きになるつもりはない」とうそぶいて、飄々とした態度で生きていくことになるでしょう。
それでも彼女は「未解決な愛を諦めること」をやめました。死まで覚悟した彼女が踏み出す一歩としては、十分なものであったと私は考えています。

蛇足かもしれませんが、彼女、ユウリには何か幼少期のトラウマがあったとか、そういう特殊な設定は全くございません。
ただ田舎でのんびりと育ってきた平凡な女の子です。
ただ、ティーンエイジャーの多感な時期には、人であれものであれ立場であれ思想であれ「確固たるもの」を求めがちであること、
そして自らの期待や執着や愛着について、口にすれば「どうして?」と聞き返され、それを「査定されているようで恐ろしい」と感じるのは無理からぬことであろうということ、
更には「好きなものを好きだと言える強さ」にこそ「私らしさ」という本質めいたものを見たくなるであろうということ。
……これら三つの傾向を純化しまくった結果、今回のユウリが生まれました。

ありがちな思想であり共感できなくもない存在でありながら、ここまでその考えを突き抜けさせるのはなんだかやっぱり「歪」だぞ、と思っていただけるような子。
これまでの主人公たちの例に漏れず、今回もそのように組み立てさせていただきました。
分かりにくい主人公であったとは思いますが、一番に翠子さんに「謎解き」していただけたこと、光栄に思います。ありがとうございました!

ひょわ、「青の共有・夜」についてのご記載もありがとうございます。読んでくださったのですね……なんてこったにわかに恥ずかしくなってきてしまったぞフラダリ!
こちらとしても、青の共有・夜についてのお返事をパスなしでこちらに赤裸々に記載するのは躊躇われるところがございましたので、
通話で、とのご相談はこちらとしても非常にありがたく思います、私も、楽しみにしています!
翠子さんの「愛」に関するお考えなども拝聴して、沢山、議論めいたことができればと思っています。

では、ありがとうございました。またお会いしましょう、名探偵!

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