Afterword1:マーキュリーロード

「マーキュリーロード」これにて完結です。全74話、32万字の大長編となりました。
こいしの喜劇に最後までお付き合いくださった皆さんに、まずは心からの感謝を申し上げます。本当に、ありがとうございました。

さて、今回もいつものように長々と書かせていただきます。注意点は以下の通りです。
・当然のように本編のネタバレが含まれます。
・お話の決定的かつ致命的なところを書き手の視点から紐解いている箇所があります。
・24やお返事にて私がさせていただいた裏話に加筆したものを幾つか含みます。
・私の書きたいことを全て書いています、故にとても、とても長いです。

もしお付き合いいただける場合は、どうぞ、よろしくお願いいたします。


1、「マーキュリーロード」の意味
今回、このタイトルには4つの意味を入れました。……ちょっと多すぎましたね。
けれどこれだけの意味を詰め込むのは初めての試みでしたので、とても楽しかったです。

<1つ目:水星の主>
マーキュリー、となると、水銀よりも水星を思い浮かべる方が多いのではないかと思います。
実際、第一章更新時に頂いたご感想の中で、この「マーキュリー」が誰を指している言葉かを、見事に言い当ててくださった方がいらっしゃいました。

『太陽系の惑星の中で最も太陽に近く、最も小さい惑星は彼女に相応しい』

恥ずかしいことに、水星が太陽に最も近いことは知っていたのですが、太陽系の惑星の中で最も小さいことは知りませんでした。
なので水星が「最も小さい」というのは私の意図したところではなく完全なる偶然なのですが、そうした偶然に恵まれたことさえも、嬉しかったです。
翠子さん、ありがとうございます!

ミヅキが日記の中や自身の独白の中で繰り返していた「光の傍が最も暗い」という言葉はこの水星にかけています。
水星は太陽系の惑星であり、水星(Mercury)の主(Lord)は当然のように太陽です。すなわちこの意味での「マーキュリーロード」は、水星の主であるリーリエのことでした。
リーリエの傍にいると「焼き焦げてしまう」とまで書いたミヅキの日記、「光の傍が最も暗い」という文句、
水星はどれだけ努力したところで太陽にはなれない、自ら光を放つことなど在り得ない……。
こうしたところにタイトルの意味を含ませました。

<2つ目:水銀の主>
さて、Mercuryという単語には他にも「水銀」という意味があります。
ミヅキが眠る程に愛した人。-38℃にまで潜らなければ共鳴することを許されなかった、孤高で孤独な悲しい女性。
この意味での「マーキュリーロード」は、ルザミーネさんのことです。「水銀のかたちをした、彼女の主」とするべきかもしれませんね。
第一章の最終話に至る英文「She slept, for the Mercury Lord.」は、そのまま、15話目でミヅキが語った「貴方のために眠ります」という意味でした。

ちなみに第一章は「Side M」としていますが、この「M」は、主人公のデフォルト名「ミヅキ」のことではありません。「Mercury」のことです。
ミヅキは第一章にて水銀と同じ温度に溶けました。第二章では水星として太陽に焼き焦がされました。
どちらの意味でも彼女に相応しい単語とするために、第一章も第二章も、必要な物語だったように思います。

<3つ目:水銀に至る道>
「マーキュリーロード」を片仮名表記にしたのはこのためです。「ロード」は「主(Lord)」であると同時に「道(Road)」でもありました。
執筆途中、ずっと24やお返事などでマーキュリーロードのことを「ML」と略し続けてきたのは、こちらの意味を読ませないためのミスリードでした。
……という具合だと実にかっこよく決められたのですが、違います!ただ単に私が間違えていただけです。申し訳ありませんでした……。

第二章と第三章の間に敷いた閑話「Mercury Road」の意味がまさにこれです。
ミヅキの歩いた道、彼女が水銀(-38℃)に至るまでの道、彼女が水銀(宝石)の夢を見るための道、彼女が水銀(宝石)になるために足掻き続けた、喜劇の記録。
そうした意味をこの「Mercury Road」には込めました。

<4つ目:水星の道>
こちらも水星をミヅキだと当て嵌めて考えます。
水星の道、すなわちミヅキの旅路を追体験するようにアローラの島々を巡ったのは他の誰でもないグズマさんなのですから、
この「Mercury Road」は第三章におけるグズマさんの旅の記録のことを指しており、またそれによって変わった彼自身のことを示している……とも、言えるかと思います。


……以上を踏まえて4つの意味を並べてみます。
Mercury Lord
1、水星の主:リーリエ(第二章)
2、水銀の主:ルザミーネ(第一章)
Mercury Road
3、水銀に至る道:ミヅキの歩み、ミヅキ自身(閑話)
4、水星の道:グズマの歩み、グズマ自身(第三章)

……此処までお読みくださった方ならお分かりいただけるかと思うのですが、ザオボーさんがどこにもいませんね。
けれどザオボーさんの章、と呼べるものは何処にもありませんから、何の問題もありません。
彼は「マーキュリーロード」の前面に出てこなくてもいい……というより、寧ろ出てくるべきではないような、そうした人間ですから、これで大丈夫です。

ルザミーネさんも、リーリエも、グズマさんも、形は違えども誰もが真摯かつ懸命に彼女を想っていたこと、最後まで読んでくださった方は、察していただけていると思います。
この三人はミヅキのことを本当に想っていました。悪い言い方をするならば、距離を詰めすぎていました。
けれどザオボーさんは最後までミヅキとの距離を詰めていません。一定の距離を保ちながら、けれど確かに彼女を見ていました。見守っていました。
だからこそ、ザオボーさんが彼女の「最善」となることが叶ったのです。……というくだりは、第三章60話目で既にしているので、此処でもう一度詳しく書くことは控えますね。

故に彼の存在を「マーキュリーロード」に溶かすと、彼の取っていた「適切な距離」が詰まってしまいます。
ザオボーさんだけを仲間外れにしたのは、そうした意図があってのことでした。決してザオボーさんを嫌ってのことではないのですよ!


2、連載の変遷
今回、2か月半ほどかけてこの連載を書かせていただきましたが、……実はマーキュリーロードを書き始めたばかりの頃、この物語は第一章で終わるつもりでした。
彼女がルザミーネさんに愛されて、ルザミーネさんのために眠って、あの陽気でご機嫌な旅から切り離されて、彼女は彼女だけの輝きを手に入れて、めでたしめでたし。
という、まあ、某XY連載を彷彿とさせる終わり方にするつもりでした。

ミヅキにとって、あの氷の中で眠ることこそが至福でした。誰が何と言おうと、あれが彼女のハッピーエンドでした。私はハッピーエンドを書いていた筈でした。
けれど彼女の、眠るための物語を書き続けていく中で、「このままではいけない」と、強く思うようになりました。
この子はもっと苦しむべきなのではないか?世界を、人を、生きることを見限るには、彼女はまだあまりにも幼すぎやしないだろうか?
彼女の安息の地は、-38℃ではなく、アローラの熱された黄色い大地の上にこそあるのではないか?……と、そんな風に考えてしまいました。

「眠るための物語」であった筈のマーキュリーロードは、いつしか「生きるための物語」へと変わっていました。

けれどこの「駄目だこの子を眠らせたままにしちゃいけない、木犀みたいなのはもう御免だ!」などという衝動で第二章を書き始めたはいいものの、
本当に、本当に衝動的な追加だったものですから、第二章以降のプロットは、実は一枚もありません……。まともにプロットを立てていたのはあの16話だけです。
第二章は何も考えず、ただリーリエにずっといていただいただけのお話ですし、
第三章に至っては途中まで書いていたプロットを「あかん!!」の怒鳴り声と共に破き捨てたとかいうミヅキ顔負けの奇行をやらかしたので、
これだけの長さでありながら、どこに着地させればいいのかを私自身全く掴めておらず、
最後まで「この物語はどうやって終わらせるべきなのか……」などという致命的な不安を抱きながら、書いていました。

けれど、プロットを書く必要もないくらい、この2か月半の間、いつもいつでもマーキュリーロードのことを考えていました。
ミヅキ、ルザミーネさん、リーリエ、グズマさん、ザオボーさん。彼等がいつも、私の頭の中にいました。そういう意味でこの2か月半は、とても楽しい時間でした。

閑話「Mercury Road」までを更新した段階で、何名かの方から、
ミヅキにまっとうな幸せを手に入れる未来を想像することができない」「ミヅキちゃんが明確に救われはしなさそう」「ここからどうやって戻すのか」
……といった、ミヅキを案じながらも「きっとあまり幸福な展開にはならないのだろう」と、鋭く読んでくださっていると思しきコメントを、頂いておりました。

その通りです。戻れる筈がありませんでした。
あの閑話「Mercury Road」からどれだけ話数を重ねたところで、以前の明るく陽気な彼女に「戻す」ことはきっと不可能でした。
けれど私は寧ろ「戻さなくていい」と思っていました。「戻ってはいけない」とも考えていました。
彼女は歪んだ苦悩を重ねに重ねて、しなくてもいい苦労を繰り返して、頬が引きつるまで笑い続けて、それであんなことになってしまったのですから、
笑わなくても、苦労しなくても生きていける方法を、彼女は見つけるべきですし、そうした生き方で幸いになるべきだと、考えていました。

笑顔と博愛を貫き続けるだけでは決して見つけることの叶わなかった「Road」を、誰かと共に見つけてほしい。
マーキュリーロードの中で幸せになれずとも、そういう、未来を見せる終わり方にしなければいけない。

それを叶えることができたという点において、私は、満足しています。
生温い物語であったかもしれません。本当は第一章の16話で終わらせた方が、余程「マシ」な話であったのかもしれません。
けれど少なくとも、木犀を書いた時のような後味の悪さは、今の私にはあまり、ありません。


2017.2.12

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