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※10/16よりZ-Aのネタバレに一切容赦がございません。閲覧注意!

現況報告、趣味語り、お返事不要としてくださったコメントの受信報告など。


▽ うあぁ死の舞踏どちゃめちゃにかっこいい

2019.11.03 Sun * 9:23

久し振りに聞き直したのですがやっぱりものすごいかっこいいなあ、リスト様の曲ほんまかっこいいなあ。

ラ・カンパネラ、マゼッパ、死の舞踏、この3曲はピアノの走りがほんまに流麗。
ラ・カンパネラはイントロの「テンテンテン↓テンテンテン↑」からしてもうテンション上がるし、
マゼッパは「ジャーン! ドゥルルルル ジャーン! ドゥルルルル テテーン! ドゥルルルテーン!」で心臓持っていかれるし、
死の舞踏は「テーン、テーン、テーンテンテーン、テッ テテテッテ テテテッテ テンテンテンテンテンテン」でこころがむりになるし、
とにかく初っ端から撃ち抜いてくるんだよ……ものすごいんだよこの3曲……聴いて……是非聴いて……。

死の舞踏アルミナに弾いてほしい発作がまた起こりそうですね。いやでも既にSSで書いたからなあ。
そんでもって本編で既にラ・カンパネラも弾いているからなあ。
……ということはマゼッパか、アルミナはマゼッパを弾かねばならんのか、よっしゃ分かった(?)

▽ 「好きな色は?」「スマルトブルーです(どやぁ)」

2019.11.02 Sat * 22:36

花紺青(はなこんじょう)とも呼ぶらしいのですがガラル風に言うならスマルトブルーですかね。
いやでもスマルトブルーに限らず空色も藍色もコバルトブルーもターコイズブルーも青系であれば何の迷いもなく「あ、綺麗」となってしまうのですけれどもねフフフラダリ

もう本当に青が大好きで、大好きなので全てのものを青に揃えてしまいたいくらいなのですが、実際そのように考えて意識して青色のものばかり選んでいたはずなのですが、
どういう訳か同じくらい緑のものが多いとかいう妙な現象が起こっており、ファイルとかカーテンとか枕とかセーターとかいろんなところが目に優しくなりつつあります。
いやまぁ緑はいいよね、なんてったってゲーチスさんとザオボーさんの色ですものね。
ただ、これだけ緑のものが多いにもかかわらず、私は「緑が好き」という認識を自覚されるまで全くしていなかったという有様でした。

やんなっちゃうよなぁこういうさぁ自分のことを自分以上に分かってらっしゃる人間がいるっていうのはさぁ。
幸いなことで、恵まれたことで、有難いことで、喜ぶべきことで、けれどもたまに、極たまに、耐えられなくなるときがあるんだ。
そんなときって、ないですか。

ちげえよスマルトブルーの話をしてたんだよ!!(迷走が過ぎる)


▽ イッシュの比翼とジョウトの連理の食事会

2019.11.02 Sat * 22:28

自分が食事会に参加するのは大嫌いな癖してポケモンの彼等にはめっちゃお食事楽しんでほしいなとか思っているのだからいよいよ私も業が深い! AKAN案件!

ジョウトとイッシュでは料理がだいぶ違うので、互いの家に泊まりに行くと当然のように郷土料理を振舞うことになるのだけれども、
比翼はトウコが、連理はシルバーが主に台所に立ち、Nとコトネは食器の用意とか皿洗いくらいしかしない感じがいいと思う。
一般家庭の台所は複数人が立って主調理をするには適していないため、上手いこと役割分担をすることによって動線の絡まりを防ぎ効率の良い調理が
(お前は何を言っているんだ)


▽ 自宅には計量スプーンがない

2019.11.02 Sat * 22:21

洗うの面倒だから全部重量換算でやっちまうんだよなあ……2kgの電子計量計が毎日のように働いてくれているんだよなあ……ありがとう。

中学校の家庭科で習うかもしれないのですが、お醤油とみりんと塩とみその大さじ1杯(15cc)は全て18gであることを覚えておくと料理がたいへん楽です。
あとお砂糖と小麦粉と片栗粉とパン粉と鶏がらスープの素は9g、油類はおおむね12gも頭に入れておくともう計量スプーンは殆ど要らなくなる。
料理に使うことは滅多にないけれど、はちみつさんは大さじ1杯が21gとかいう超重量系甘味ですので覚えやすいね。
出てこなかったお酒やお酢や牛乳やケチャップは全て15gでOKです。
でもね、牛乳は水よりもほんのちょっとだけ重いらしく、計量カップ200ccに注ぐと210gになり若干の増量が確認され(長くなりそうなのでこの辺でおわる)


▽ 楽しい話をしよう!

2019.11.02 Sat * 20:58

ザオボーさんの色をしたフォトアルバムを購入したぞ!
しかしこいつはアルバムとして使うのではなく、レシピノートとして使うのだ。
普通のキャンパスノートだとお醤油とか付いてベトベトになるから、写真サイズに切ったコピー用紙に分量と簡単な手順を箇条書きにして、挟んでいくのだ。
これなら濡れないし汚れないし、不要になったレシピはその項目だけ抜き出せるし、いい感じなんですよフフフラダリ

……ただ、ザオボーさんの色というのは購入してこいつを眺めていた時に初めて気が付いたもので、
店頭では「やっと見つけたこのサイズ……でも海の色がないなあ悲しいなあ、でもこの緑も綺麗やからきっと使っていくうちに愛着が沸くだろうそうだろう」と、
第一希望の色がなかったことにがっかりしながらも自身を励ましつつ手に取ったのでありました。
そのうち愛着が沸く、などと暢気に考えていたのですがそのうちを待たずして購入当日にザオボーさんが君臨してきてくださったのでもう何も言うことはありません。
やっぱザオボーさんってすげえや!!(???)


▽ プライバシー保護のため内容は書きませんが

2019.11.02 Sat * 20:47

今日の仕事のお相手様がごっつおもろかったという事実だけ此処に報告させていただきます。
めっちゃおもろかった。なんかここ1週間くらいの鬱々とした気分が吹っ飛ぶくらい愉快な時間を過ごせた。ありがとうございました。

私には「他人と食事をするのが大嫌い」「大勢での会食、とりわけ私をそこそこ知っている複数人の前で食べる姿を晒すことに耐えられない」などという悪癖があり、
加えて「昨日何食べた?」とか「ちゃんと食事してる?」とかいう、要するに「私が食べる」ことを主体とした会話に強烈な嫌悪を抱く習性を併せ持っています。
そんな私が他者の健康状態管理のために「普段の夕食ではどのようなものを召し上がっていますか」とか尋ねる仕事に従事しているというのは、
……本当に皮肉というか不自然というかなんというかもうお笑い種でしかないのですが、
更に不自然なことに、私はこの仕事が「無理だ」と感じたことは未だかつてなく、むしろ積極的に取り組み続けたいと思っている節さえあります。

……なんかもうちょっと色々書きたかったはずなのですが、疲れてきたのでこの辺で。


▽ 7月くらいに某所で練っていたユウリの台詞

2019.11.02 Sat * 10:12

「何? 私が強いだって? あはは、そう見えているのなら幸いだ!
貴殿には打ち明けておいてもいいだろう。私は強さとは無縁のところにいる人間なんだよ。怖がりで、寂しがりで、何より打たれ弱い。
けれどもそうした弱みを外に明かして何になるというんだい? 泣けば誰かがハンカチを差し出してくれるのかい? 手を伸ばせば誰かが大きな力を授けてくれるのかい?
ああそうだろうとも、きっとそうしてくれるのだろうね。この世界は妙に優しいところがあるから。
けれどもそれじゃあ「私」は救われない。私はそんな一瞬の凌ぎが欲しいわけじゃない。結局のところ、私の救い方は私自身で見つけていくしかないんだ。
このみっともない孤独な足掻きに私はもっともらしく「哲学」なんて名前を付けて、得意気に胸を張っている、という訳なのさ。

……だから、私はたまに貴殿を妬んでしまいそうになるよ。
自らの弱さや脆さを赤裸々に明かしておきながら、それでも自身の中に揺らがないものを持っている貴殿のことが、どうしようもなく羨ましくなるときがあるんだ」

「貴殿」は当時シェリーを想定して書いていたのですが、泣き虫なメッソンに語り掛けているシーンでもいいような気がしてきました。


▽ 下のあれは要するに二次元と三次元の区別がつかなくなった残念な奴ですということで

2019.11.01 Fri * 22:49

それに賛成だ!


▽ 怪物

2019.11.01 Fri * 22:09

※だいぶ気持ち悪い話だし無駄に長いしやっぱりただただ気持ち悪い話なのでこれもAKAN案件入り

物心ついたときからずっと、ゲームや小説やアニメといった二次元にて繰り広げられる鮮やかなエンターテイメントと一緒に過ごしてきました。
それこそポケットモンスターとか、名探偵夢水清志郎事件ノートシリーズとか、数年単位で、あるいは人生の大半を共に過ごしてきたものに対する愛着は計り知れず、
こうした全年齢向けのゲームや小説を成人した今でも尚、がっつり楽しみどっぷりしている身である私は、
「これらの世界の中に私がいる」というような妙な錯覚を抱く、という、幼子が絵本に対してする楽しみ方を未だに手放せずにいます。

当然のことながらこれらは、このままならない世界に生きる人間様が生み出した創作物でありエンターテイメントでありフィクションであるため、
エーフィやブラッキーはこの世界にいないし、夢水清志郎みたいな名探偵も存在するはずがないのですが、そんなことはよくよく分かっているのですが、
今になってようやく、……いや違う、子供の頃から可愛いポケモンも素敵な名探偵もこの世界にはいないと知っていたにもかかわらず、
何故か私の心は今でも「その世界に私が存在する」ことを渇望していて、それだけならまだしも「この世界がその世界で在れ」と願っていたりさえするのです。

私が愛したエンターテイメントの人間達は、とても美しく、凛々しく、優しく、時に卑怯で怠惰で醜悪であることもあったけれどそれでもどこか、かなしい。
私は彼等を愛していました。私に夢を見せてくれた彼等のことをきっと今でも愛しています。人の形をした「概念」たちを愛しています。
けれども、なまじ彼等が「人」であるために、彼等が私と同じ人間の姿をしているために、
私は時折、……いや違う、頻繁に、かなり高い頻度で、このままならない世界に生きる私と、あの世界に生きる美しくかなしい彼等を混同してしまっています。

私が愛した世界の中で繰り広げる、食事、睡眠、性交。私が愛した世界の人達が織り成す、慈愛、憧憬、嫉妬、憎悪。
腐った料理や干からびた花でさえ、愛した世界に生きる人達はほとほと芸術的な感性でそれを愛でるのです。
汚く臭く生々しくグロテスクな生命、卑怯で怠惰で強欲で傲慢でエゴイスティックな意思。
これらを身に纏いながらも気高く美しく優しく生きてくれる、そんな彼等のことが大好きでした。

けれども彼等は人ではありません。人の形をしていますが人ではありません。彼等は概念であり、その美しさは幻想です。
そして、その幻想かつ虚構の彼等が稀に、本当に稀に、私達の姿と重なる。
肉の器も魂の重さも持たないはずの彼等が、本当に私達と同じ存在であるかのように思われる瞬間がある。
その奇跡に心を震わせるのがエンターテイメントの醍醐味であったはずです。そのようにしてあらゆるゲームやアニメや小説を楽しむべきであったはずです。

にもかかわらず、私は毎日のように誤解を重ねます。人の形をした「概念」と、私という「生命体」が同じ存在であるのだと思い上がります。
誤解を重ねすぎた私の「人間としての基準」は彼等の中……すなわち「概念」の中にこそあり、
私も彼等のように、概念のようにあるべきだと、あってほしいと(そのようなこと、叶うはずがないのに!)願ってしまっています。
私の愛した概念、人の形をした美しい概念たち、私にとっては彼等こそが「人間」であり、そこから逸脱した私は最早人間ではないのです。
怪物なのです。

私はゲームを楽しみ過ぎました。私は本を読み過ぎました。私はあれらの美しい世界を愛し過ぎました。
だから私は怪物です。
それは私の容姿が見るに堪えないほどに醜悪だとか救いようのないサイコパスだとかそういう話では勿論ありません。
私の認識、私の誤解に乗っ取るならば、私の愛した世界に即して考えるならば、「そこに私がいない」という、その時点で私は既に人間としての資格を失っているのです。
そういうことなのです。

……すぅごい長々と書いてしまいましたね、申し訳ありません。
数年前からずっと「概念大好き人間」だったのですが、今更ながら「此処まで頑なに概念へ固執するっておかしくないか?」などと疑問に思い、
その執着の理由および背景について色々と考えていたら、一つの可能性として上のようなことを思いついたのでまとめてみました。
フィクションの彼等こそが人間でない存在であり、私は紛うことなき人間であるはずなのですが、歪んだ認知によりそれが逆転しているという有様です。
ただ、この逆転説では食事とか性交への恐怖感というものが説明できないので再考の余地があるとは思うのですが、今回の思考はそれなりに……楽しかったかな。


▽ 30か月点検!?

2019.11.01 Fri * 13:54

え、わ、もうそんなになるんか私の愛車……! マジか……マジか……うわぁ。

思い起こせば君とはいろんなところへ行ったね。
初めはスーパーの駐車場でバック駐車の練習を父と共に何度もしていたのだ。慣れてくると今度は勤務先まで20㎞程度の道のりを何度か往復して、セルフ給油の練習もして……。
勤務終了後に寄り道できる余裕ができたのは6月頃だったかな。この辺りまではまだバックモニターがないとバック駐車ができなかったのだよ、いやお恥ずかしい。
そして11月には初めて高速道路へトライ。父と母と3人でコスモスを見に行ったのだ。淡路島の高速道路は真っすぐで平坦で走りやすいのでオススメ。
母はコスモスが好きだ。なんでかは知らんが昔からずっと好きだ。父はコスモスではなくコスモス畑をゆったゆったと歩く立派な茶色い馬に夢中だった。私は歌っていた。

新居を「住まい」の形に整えるためのメタルラックとか食器棚とか米びつレンジ台とかカーテンや電気の取り付けとか、とにかくいろんなひとを一人でやった。
こればっかりは両親に迷惑かけられないから一人でやれるところまでやった。車であっちこっちのホームセンターとか電気屋さんとかハシゴして掻き集めた。
そして6月あたりから本格的に始まった新しい仕事では、ナビをフル活用して県内のいろんなところへお仕事に行った。
とにかくいろんなところへ行った。山の中とか、海の近くとか、もうほんと色々。タンバシティってこんな広いんだねって改めて思ったりもしました。
県外へ行くことも増えました。うどん県は月一の頻度で行っている気がする。
コガネシティやOKAYAMAや砂丘が美しいあの県にも行った。勿論これらは流石に高速バスやJRを使ったのだけれどもね。

タンバシティは公共交通機関がほんっとうに少ないので、車がないと大袈裟でなく本当に「何処にも行けなく」なってしまいます。
そういう意味で私の愛車、空色のミライースはまさしく私の翼となりあちこち私を連れて行ってくれた。私はこの車を愛している。
でも乗用車の静かで揺れの少なくて足をゆったり置ける環境に慣れすぎている上流階級の某奴は私の車への愛を苦笑しながら聞いているという有様であった。私の車をなめるな!

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