+ 7年前の連載、現在非公開中、修正版、冒頭紹介
「この痴れ者が!!」
怒号。慣れたものである。放つ側のこの男にとっても、受ける側のこの、水門の間においても。
ポケモンリーグは激しいバトルを繰り広げる場であるという前提があるため、建物の造りとしては非常に強固である。耐震、耐火、耐水、全てに優れ、遮光防音も完璧だ。故にズミが幾らこのように怒鳴りつけようとも、その音はこの水門の間に閉じ込められ、水の中で轟くばかり。隣接する火炎の間にまで響くことなどありはしない。もっとも、このポケモンリーグが防音性に欠く構造をしていたとして、それでもズミは決してこの声量を改めはしないだろうが。
水タイプを専門とする四天王、ズミの心は、自らの信条を侮辱されたことへの怒りに燃えていた。相手に火傷を負わせんとする勢いであった。普段はカロスでも有名な高級レストランで働いている彼、その姿の方を良く知るものは、まさかズミが水タイプの使い手とは思うまい。だってこんなに、熱いのに。
他地方の事情はさておき、カロスに限って言えば、ポケモンリーグはとにかく平和なものである。よく言えば平穏、悪く言えば寂れている、とでも言おうか。チャンピオンも四天王も入れ替わりが起こらないまま、膠着状態で早数年。四天王四人抜きを果たす者の数もさることながら、最近では挑戦者自体も大幅に母数を減らしつつある。そうなれば当然、挑戦者を迎え撃つ者としての仕事も減る。とどのつまり、暇ということ。
故にニュースキャスターや俳優など、別の仕事とを掛け持ちすることは、一般のトレーナーが想像するより実はずっと容易い。ズミもまた、シェフと四天王、二足の草鞋を履く男であり、他の四天王やチャンピオンと同様に、どちらの仕事にも妥協を許さない……まあ、とにかく熱い男であったのだ。
チャンピオンに挑む前の高い水壁として君臨し、同時に芸術的かつ美味な料理を作り続ける。時期によっては忙殺されることも少なからずあるが、そういう時期に限って、彼はその全てに懸命に打ち込んだし、その全てへの誇りを決して手放さなかった。彼は熱い男であると同時に、追い込まれる程に集中力と気概を増す男でもあったからだ。
さて、そんな彼の前に現れたのがこの挑戦者である。背格好からしておそらくティーンの半ばほど、けれどその目元には不自然な程の……幼さとでも言えそうなものが実に色濃く残っていた。華奢な少女だった。長い髪で目尻までもを隠したその慎ましい小さな顔は可憐でもあった。ただ普段から俯くことが多いらしく、その体躯はやや猫背気味であった。
彼女は驚くべきことに、二人でやって来た。正確には一人と一匹、相棒であろうサーナイトに手を引かれる形で姿を現した。何とも頼りないことだと思ったが、ポケモンに全て頼り切りにしているような身では、四天王への挑戦はおろかバッジ八つを集めることさえ叶わないだろうと分かっていたから、ズミはそうした見た目の滑稽さだけで彼女を評価したりはしなかった。どのような有様であれ、実力はその鞄に収まっているであろう八つの輝きが示している。ならば彼女を舐めてかかるべき理由など、何処にもない。何処にもなかった、はずだった。
「ポケモン勝負は芸術足り得るでしょうか?」という、彼が放った挑戦者への常套句に、彼女が顔を歪めて馬鹿にしたように笑いながら首を振るようなことさえしなければ……間違いなく、彼は四天王としてのあるべき姿で、きちんと彼女を迎え撃てたはずなのだ。
文字の進みが桁違いだ。息をするようにすらすら動く。たのしいな、こいつは忙しくなってきたぞ。